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by kazuo_okawa

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羽生無冠!

いや、なんと言っていいのかわからない。
将棋ファンの多くは同じ気持ちだろう。

「100かゼロか」で羽生善治竜王は無冠となった。
27年ぶりだという。
新竜王は広瀬章人八段。

Abema解説は谷川浩司九段。
長年の将棋ファンとして、谷川対羽生の闘いは忘れられない。

そして絶対王者として、常に最後は勝ってきた羽生の姿を見てきたものとしては「細かいところで選択のミスがあった」(羽生竜王敗北の言葉)というところに、羽生の落日を見る。

敗勢の中「残り5分になったら秒を読んでください」と記録係に告げた場面をすかさず指摘して、羽生の諦めない姿を解説したところがさすがに谷川九段である。

しかし、その秒を読む5分が熱く胸を打つ。
この場面は観戦将棋ファンには忘れられないだろう。

羽生投了。

しかしそれでも終局後のインタビューは飄々といつもの通りであり、前向きな言葉もいつも通りに羽生である。まさしく王者である。

「今回のシリーズをしっかりと反省し、次につなげたい」
「(100タイトルは)力をつけて次にチャンスを待つ」

間違いなく、羽生九段はタイトル戦線に戻ってきて、いつか100タイトルを実現するだろう。

【追記】
25日、日本将棋連盟が発表した羽生前竜王の称号は、本人の希望もあり「九段」となったという。
羽生九段クラスになると過去の例を踏まえると、前竜王や「永世〇〇」と名乗ることも可能だったろう。
しかしそれは逆に一線を退いたともとられかねない。本人が「九段」と希望したところに、却ってタイトル戦線に戻ってくるとの強い思いを感ずるのである。
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by kazuo_okawa | 2018-12-21 19:33 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
『泣き虫しょったんの奇跡』は、将棋棋士・瀬川晶司の自伝ノンフィクションである。

その小説を今回映像化した。
サブタイトルは『サラリーマンから将棋のプロへ』。

将棋のプロは奨励会というプロ養成機関に入会し、そこを勝ち抜き四段になってプロとなる。瀬川氏は奨励会に入会したものの26歳までという年齢制限で奨励会を退会。

従来の制度なら、二度とプロ棋士にはなれない。

瀬川氏も退会後約9か月、魂を奪われたように引きこもり、その後サラリーマンへ。
再び将棋をはじめ、その後、アマチュアとしてプロに勝ちまくったことから、それまでにない異例のプロ編入試験を実現させ、そして実際にプロ入りした。
その意味で奇跡の物語であり、その瀬川氏自身の実話である。

映画冒頭は駒を大橋流で並べる場面から始まるが、手つきが様になっている。

そして70年代からのストーリーは、谷川浩司中学生棋士誕生のニュースや、羽生善治七冠誕生へ向けて「虹をかける」記事など、将棋史を思い起こさせ、そういう点からも将棋ファンとしては実に懐かしい。

また、瀬川氏のプロ編入は、当時、リアルタイムで楽しんだ。
そして瀬川氏の原作を読んでいるものからすれば、実に感動的である。
映画自体は、現在のプロ棋士も出演し、これも楽しい。

それやこれやで将棋ファンにとっては、そのデティールも含め、実に感動的で素晴らしい映画である。

ただ、『3月のライオン』のように、将棋を全く知らないものにも楽しめるかどうかは分からない。

知らない人へ、いかにその『奇跡』を伝えるか。
『伝える』難しさ、という別のテーマを同時に思い起こしてしまう。

とはいえ、将棋ファンたる私は感動しました。
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by kazuo_okawa | 2018-09-22 19:25 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
佐藤天彦名人に挑戦する名人戦7番勝負第6局。
名人の3勝2敗、羽生義治竜王からすればカド番である。

その重要な対局に羽生竜王は、名人の初手26歩に、なんと2手目62銀!

いやあ、古くからの観戦将棋ファン(見る将)ならこの2手目だけで体が震えるだろう。
20数年前の対谷川浩司戦をはじめ、羽生竜王が「不利」と言われながらも駆使した戦法である。

もっともこの時は初手76歩に対する2手目で、この場合の2手目62銀については羽生竜王自身数局連採したうえ、結局、「よくない」と結論付けたはずであったが…。
但し、プロ的には同じ2手目62銀でも、初手26か76かで違うのかもしれない。
とはいえ素人的には初手26に62なら、先手に飛車先交換されて余計よくないと思うのだが、近時ソフトの影響で飛車先交換はそれほど得はないとされてきたので、ヴァージョンアップされた2手目62銀なのかもしれない。

いずれにせよ意外な一手をこの重要な一局に用いた。
おそらく思うところがあっての採用だろう。

振り返れば、対局前に大橋流で駒を並べるとき、羽生竜王は通常は角行の前に歩を置くときには(頭の丸い)角行に当たらないように置き、飛車にはむしろ飛車のエネルギーをもらうように飛車に歩の駒を当ててその前に置くといわれるが、本日は(飛車は無論)角行の前の歩も、角行に当てて並べた。

本日の作戦を力戦型とあらかじめ考えており、それが力強い駒並べとなったのだろう!!
2手目62銀!
この後の展開が実に楽しみである。

【20日追記】
その後、見ごたえのある攻防が続き、佐藤天彦名人が防衛した。
内容及び柔軟な名人の差し回しは見事である。
羽生竜王の工夫した力戦を制したのであるから、名人の強さを物語っている。

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by kazuo_okawa | 2018-06-19 12:23 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

春は名人戦!2018!

佐藤天彦名人に挑戦するのは将棋界のスーパースター羽生善治竜王である。
昨年、永世七冠を達成し、国民栄誉賞にも輝いた。

羽生竜王を生き返らせたのは間違いなく若き天才藤井聡太である。
羽生竜王は、タイトルホルダーとして藤井聡太を迎え撃つつもりなのだろう。
まさしく最強挑戦者である。

一方、佐藤天彦名人は、谷川永世名人が、天才ルーキー藤井の活躍を褒めつつもそのときに、二〇代、三〇代棋士は何をしているのかと檄をを飛ばした、その中心が佐藤天彦である。
本来は天下を取っていなければならない。
しかし上に羽生世代、下に藤井聡太である。

この羽生と天彦の両者の名人戦である。

その第一局の一日目。
戦型は横歩取り!!
いやあ、戦型を知って体が震えました。

言うまでもなく、佐藤天彦の必殺戦法であり、名人奪取の最終兵器でもあった。
2年前の羽生名人とは文字通り「横歩取りシリーズ」であった。

羽生竜王は、そのリターンマッチの今回に再び横歩取りで挑んだのである。
無論、羽生竜王はオールラウンドプレイヤーであるが、横歩取りというのがいい。

全盛期の羽生は、相手の得意戦法を選ぶ事で知られていた。
まるで全盛期に戻ったのかのような戦型選択である。

加えて進行は、見ていて面白い激しい空中戦!

実に楽しみな名人戦が始まった。

【追記】
一日目から、見ていて華々しい、空中戦。
この激しい闘いを羽生竜王が制した。
凄い!
2年前も羽生が先勝したが、2局目で流れが変わった。
次回が極めて注目であり、実に楽しみである。

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by kazuo_okawa | 2018-04-12 00:34 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
いあや恐るべき勝利である。

将棋界の超新星藤井聡太新四段のためのAbemaテレビ時別企画である。
こういう特別企画をされること自体が天才藤井に対する将棋界の期待の大きさを感ずる。
何せ将棋界5人目の中学生棋士。
14歳である。
それまでの中学生棋士4人は羽生三冠や谷川浩司永世名人など大棋士ばかり。

そこでその藤井のために、羽生三冠を始めとした錚々たる7人の実力者と戦う企画が作られたのである。
題して炎の7番勝負。
藤井はその開幕戦を制した。

初戦の相手は新人王増田四段。
藤井デビューまでは最年少棋士である。
同時に藤井以外のただ一人の十代棋士でもある。

対局前インタビューで増田は「藤井に注目がいったので、注目を取り返す」とその意気込みを語っていた。
同じ十代棋士として負けられない。

しかし藤井はその若手実力者に対して完勝である。

何と言っても藤井の終盤の強さが凄まじい。
詰将棋日本一の実力を持つ脅威の終盤力である。

増田が藤井の玉頭を攻めてきたとき、藤井は単身で9筋に逃げる「97玉」!
司会が「鳥肌がたった!」と述べた場面である。

そして最終場面、自玉を安全にして勝ちに行くのではない。
一瞬にして相手を詰ます!
長手数の詰将棋であるが、読み切っているのが凄い。

いやあ実に魅力的な天才棋士である。

7週連続で毎週日曜日夜に放映されるというのであるから、第二局以降も実に楽しみである。



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by kazuo_okawa | 2017-03-13 07:32 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
将棋界のスーパースター谷川浩司は私の好きな棋士の一人である。
若き谷川が順位戦を駆け上がっていったときどれほどわくわくしたことか。
そして名人奪取のとき私は関西将棋会館で拍手を送ったものである。

その谷川が一連のスマフォ疑惑事件(本来は竜王戦挑戦者交代事件と呼ぶべきである)の責任をとって会長職を辞任した。
体調不良も理由の一つというのだから、その人柄からして、多いに悩まれたに違いない。
トップとして責任を取ったことは潔いだろう。
しかしファンとしてこれほど悲しいことはない。
…本当の意味の責任者は誰なのか。

渡辺竜王は、「メディアの取材に応じたこと」により迷惑をかけ、お騒がせをしたことを謝罪しているが、三浦に疑いをもち三浦に非常に辛い思いをさせたことへの謝罪はない。

私にはどうしても、冤罪判明後の警察の対応を想像してしまう。
最大の人権侵害、冤罪が判明しても警察が謝ることはほとんど無い。
「捜査は適切であったと考えている」
どれだけこのようなコメント聞いてきたことか。
そしてそれが冤罪被害者(元刑事被告人)にさらに追い打ちをかけて辛い目に遭わせている。

三浦九段の復帰戦は、最大の注目が集まるだろう。

マスコミが注目するのみならず、三浦九段に判官贔屓が生ずるかもしれない。
戦型はどうするのか。
三浦九段が疑われた戦型で闘うのか…。
対戦相手は色々な意味でやりにくいに違いない。
一体誰が相手するのかと思われるが、本日、その復帰戦も発表された。

何と、その相手は、羽生三冠!
言わずと知れた将棋界の「神」である。
そしてこの一連の事件の中で(限られた情報の中で)「疑わしきは処罰せず」との一番まともなコメントを出していたのが羽生である。

今の将棋界の混迷を救うのは羽生しかいないだろう。
ときあたかも、渡辺対千田の棋王戦が始まるが、考えようによっては、タイトル戦よりも重要な一局であることは違いない。

【2月4日追記】
ニュースによれば谷川元会長は入院したという。谷川ファンとしてはやるせない思いがする。
どうか一日も早く元気になってほしい。



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by kazuo_okawa | 2017-01-18 23:08 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
9月3日、将棋界の超新星の誕生である。
三段リーグを単独トップで勝ち抜き、プロになる登竜門として一番苦しいと言われる三段リーグを、何と一期で駆け抜けた。
14歳2ヶ月のプロ入りは将棋史上最年少である。

終盤力の無類の強さを武器としている。
藤井のこれからの上位陣との闘いはわくわくする。

絶対王者羽生が名人戦で、若き実力者佐藤天彦に敗れた。
佐藤天彦が新名人になったその年に藤井プロの誕生である。
将棋界にとって今年が歴史的な一年であることは間違いないだろう。

それにしてもスターは足踏みしない、とつくづく思う。

【追記】
主要5紙を読む。
無論、いずれも詳しく取り上げている。
朝日、毎日などは一面であるのが嬉しい。
主催棋戦との関係であまり他紙のタイトルは書きたくないのかも知れないが、「横綱を目指したい」とかでは、何を言っているのか、という記事もある。
しかし各紙読み比べるとおそらく次のように言ったのだろう。
「あこがれの棋士は谷川浩司、闘いたい棋士は羽生善治」そして「名人を目指したい」
終盤力を武器とする藤井新四段が、あこがれの棋士を「光速の寄せ」谷川とするのはよく分かる上、これまた谷川ファンとしても嬉しい。
渡辺竜王を筆頭に玉を硬く固める闘いが主流だが、薄い守りのまま闘いを仕掛け、スピード溢れる終盤力勝負が、見ている分には面白い。
そういう戦型のブームをリードしていく棋士になるか。
いやあ、色々な意味で楽しみが大きい。

【9月6日追記】
先に「歴史的な一年」と書いたが、たまたま「将棋世界」最新号を読むと、将棋界にとって20年ごとにビッグニュースが起きるとして、20年前の「羽生七冠誕生」など20年ごとの将棋界の出来事が書かれていた。
偶然だろうが、その法則に従えば今年は確かに歴史的な一年となった。

【2018年2月27日追記】
「スターは足踏みしない」と書いたが、足踏みしないどころか藤井聡太の駆け上がる速度はすでに「光速」である。




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by kazuo_okawa | 2016-09-04 10:01 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
谷川浩司第十七世永世名人の唯一の弟子である。

谷川と言えば、阪神淡路大震災のとき、一度は、羽生の七冠制覇を防いだ。
谷川自身、そのとき震災の被害者でもある。
その震災下で、羽生と王将戦を戦ったことは将棋史に残る名勝負であった。

都成竜馬は、1月17日生まれである。
誕生日が震災の日であるというあさからぬ因縁を感じ、谷川は都成を弟子にとったと言われている。

都成は若くして才能を発揮し期待された棋士であったが、三段リーグを長く抜け出せなかった。
それがようやく四段デビューとなった。

本日の公式戦は13局。
その内、将棋連盟アプリで3局が中継されたのだが、その3局の一つが、都成のデビュー戦であった。

注目度の高いことが分かる。
そして都成はそのデビュー戦を勝利した。
注目された中で勝つというのは、プロの世界では極めて重要である。

私は、豊島七段をはじめ、おおむね関西の棋士をひいきにしているのだが、また楽しみが増えた。

【2018年3月17日追記】
都成四段は3月15日C級2組順位戦に勝利し、五段昇段とC1への昇級を決めた。


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by kazuo_okawa | 2016-04-21 23:23 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
3月22日、第3回電王戦第2局で、佐藤紳哉六段がコンピューター・ソフトに敗れた。
着物姿で、「居飛車穴熊」という必勝型でのぞみ
気合い十分であったのに、敗北した。
残念でならない。

本人の局後の感想に寄れば
「歩の垂らしを見落とした」と言うのであり
(「ニコニコ動画」の調子が悪く、はっきりとは聞こえなかったので
言葉は正確ではないが)
一つのミスが敗着になるのだから、対コンピュータ戦は怖い。

かくなれば、次局、若手のエース豊島七段には是非とも勝ってほしい。

ところで、佐藤紳哉六段と豊島七段といえば、あまりにも有名な
2012年NHK杯戦の対戦前の佐藤六段のインタビューを思い出す。
「豊島?、強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど、おいら負けないよ。え~、コマた、駒達が躍動する俺の将棋を皆さんに見せたいね。」
(このセリフはその後、何度も、何度もネタにされる…)

と同時に私は、佐藤・豊島の両者の関係に、
何故か、田中寅彦九段と谷川浩司永世名人の関係を思い起こしてしまう。

佐藤紳哉と田中寅彦の関係は、佐藤が四段でありながら、
NHK杯テレビ将棋トーナメントの記録係を務めたときに、
解説役で出演の田中寅彦が、「今日は、強い人が記録係をやっていますね」と
佐藤紳哉を紹介している。
佐藤が今回用いた居飛車穴熊戦法は、田中寅彦を世に押し上げた戦法でもある。

そして、豊島が若手の頃、関西の将棋ファンは、その知的で静かな雰囲気に
若き谷川を思い出したに違いない。

その連想からか、佐藤・豊島の関係に、
私は、何故か、田中・谷川の関係を連想してしまう。

四段昇段は同じでありながら、先行する谷川を追いかけ、
必殺「居飛車穴熊」をひっさげて連勝を重ねた田中寅彦は
谷川浩司が名人のときに、
有名な(と言いながら正確な言い回しは忘れたのだが)セリフを言い放つ。
「(序盤が下手くそなのに)あれくらいで名人になるものもいる」と。

将棋ファン的には(プロレス的あおりで)結構、面白いのだが
実際は、田中が猛烈に批判され、そして、失墜した。
田中寅彦がもう少し、谷川のライバルとして頑張っていたなら
来るべき「羽生世代」の猛攻をもう少し防げたのではないかと思わないでもない。

佐藤紳哉は、電王戦敗北を引きずることなく
更に強くなってほしい。
そして、是非とも豊島将之の好ライバルとなり
ともに上位を目指してほしい。

まずは豊島の来週の勝利を期待する。

【2018年12月追記】
豊島七段はこの電王戦前に1000局に近いという「ソフト」と対局して研究し、そして電王戦に勝利した。豊島七段はこのソフトとの劇的な出会いからいち早くソフトを研究に使う。そして4年後、見事にタイトルを奪取し、2冠となった。
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by kazuo_okawa | 2014-03-23 19:57 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
日本将棋連盟会長で十七世名人の資格を持つ谷川浩司九段が順位戦のA級からB級1組へ降級することが1月11日未明に決まった、という。
 今朝の朝日新聞一面を見てしばし残念な思いに駆られた。

 今期、陥落の最有力候補であったが、現実に陥落を目の当たりにすると実に寂しい。
 残り2戦を残して陥落が決まるというのも残念だが、逆に言えば、あきらめのつく見事な「陥落ぶり」とも言えよう。

 谷川浩司の魅力は、なんと言っても、(「番外戦」など一切行わないのは無論のこと)「一手差」で無難に勝つなどの戦術はとらず、美しく、最短距離で勝つところにある。
 「光速の寄せ」と言われる所以である。

 1977年頃から、私は弁護士を目指して司法試験の勉強を始め、勉学第一の生活を始めたが、谷川浩司の将棋は大変気になった。
 私は、78年に初めて司法試験を受けて短答試験不合格、79年には短答試験に合格するも論文試験に不合格、そして80年に3回目で短答・論文・面接の全てをクリアして司法試験に合格し、その後、2年間の修習生活を送ることになる。
 言わば、一段、一段階段を上がる感じであったが、合わせるように(と言っても、実際はこちらが「一ファン」として谷川浩司に注目していただけなのだが)谷川浩司は78年から82年へとかけて、毎年、C2,C1,B2,B1そしてA級と疾風のごとく駆け上がっていった。ファンとしては頼もしく心躍らせたものである。
 同時にそれは、同時期に法曹を目指す身にどれだけ励みになったことか。

 スポーツであれ何であれ、人々は、ひいきのスターに自らを重ね合わせ、応援するとともに、それを自らの励みにすることは少なくないだろう。
 私の場合、法曹を目指して進んでいく時期と重なったこともあり、間違いなく「頭脳格闘技」(将棋)の若きスター谷川はその一人だったのである。

 80年は、私が司法試験に合格した年であるが、谷川浩司はB2。かの有名な、芹沢九段との一局が行われた年でもある。
 82年は、私は修習2年目で、谷川浩司はA級になっていた。
 この年、中原誠対加藤一二三の歴史に残る名人戦10番勝負が行われ加藤が奪取した。
 私は、関西将棋会館の解説会でその歴史的場面を見た。

 続く83年は、私は新人弁護士一年目。
 A級谷川浩司は前年度当然のように挑戦権をつかんで、名人加藤一二三に挑み、この83年、「あたかも目の前のミカンを手につかむように」(芹沢九段の言葉)名人位を奪取した。
 このときも、私は、関西将棋会館にいた。
 解説は、「だるま流」森安秀光九段。私は、「谷川新名人」が決まった瞬間、大盤をにらんだまま、しばらく声を発することが出来なかった森安の様子が今なお目に焼きついている。

 以後、谷川は名人も併せてA級に32期連続で在籍したのである。
 見事としか言いようがない棋界のビッグスターである。
 その彼が、今回は、自己の対局でないところで、しかも未明の時間に陥落が決まったという。
 これでこのまま終わるのでは、ビッグスターに似つかわしくない。
 今は、会長職に忙しい谷川であるが、落ち着いたとき、きっとA級に戻って来るに違いない。
 それが、楽しみである。



【追補】

朝日の1月11日付け夕刊にも谷川陥落の記事が出ており、
文中、「ちょっと早いけど僕の自叙伝です」(毎日新聞社)が引用されていた。
そこで書棚から同書を探してぱらぱらと読み直したところ
先のブログの「勘違い」に気付いた。

谷川が、芹沢九段と一局交えたのは、谷川が七段のとき、
つまり「鬼の住み家」と言われたB1のときで、一年ずれていた。
どうやら、谷川がB2で初めて対戦した中原一六世名人の時と混同していたようである。

ちなみに芹沢九段の書物も書棚から引き出して数冊パラぱらっと再読した。

酒好きの芹沢が、三日前から酒を断ち、全ての仕事をキャンセルして、
対谷川戦にのぞみ、元天才芹沢は見事に谷川を負かすのである。

負けた谷川は前著「自叙伝」でその対局を振り返り
「そのときの芹沢先生は、さすがに強かった」
「芹沢先生との対局は、それが最後になった。一戦して一敗。忘れられない対局である」と記している。

一方、芹沢は勝ったものの、谷川を絶賛している。
芹沢が谷川を絶賛している文章は幾つもあるが、例えば「どんと失敗、どんと成功」では
たった一局であるが、一番だけでもさせたことに
「将棋指しになってよかった」と述べている。

尚、前述ブログの芹沢の引用部分も正確には以下の通りであるので修正する。
芹沢は、中原以上に才能のある米長、内藤が未だ名人になれない、その思いを綴った後
谷川は「目の前にある好きな果物を手に取るように、いとも易く名人位を獲ってしまったのである」と
記している(「王より飛車が好き」(サンケイ出版)より)。
(1月12日追記)
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by kazuo_okawa | 2014-01-11 23:40 | 将棋 | Trackback | Comments(0)