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by kazuo_okawa
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タグ:裁判と人権 ( 9 ) タグの人気記事

伊藤真弁護士の主催する「伊藤塾」の司法試験合格祝賀会に、2019年の今年も来賓として招かれる。

塾長伊藤真氏は護憲派で名高く、憲法の価値をいかす法律家を作るというその理念のもとに伊藤塾を主宰している。
尊敬する弁護士の一人でもある。

いわゆる安倍「一強」政権のもと、違憲事象は数限りあり、今日ほど憲法訴訟、人権訴訟が要請される時代はないだろう。

私は、来賓の挨拶として、弁護士のやりがいを水俣病訴訟判決を例にして説明し、またおそらく合格直後の皆さんが抱いている「希望」と「不安」を待つ、その今の気持ちを大事にすること、何故なら「希望」は目標に向かって人を前進させ、「不安」は人を努力させる、と訴えた。

懇親の場では合格者が挨拶に来てくれるのが嬉しい。

かつて報道機関に勤めていて面識ある方が、一転法曹を目指し、そして合格された方が挨拶に来て頂いたのは非常に嬉しい。
是非その経験を生かして大成してほしい。

しかし例年挨拶に来てくれる龍谷大学法学部卒業生が、今年は一人も来られなかった。
こんなことは初めてであり、残念である。

合格者が居なかったのだろうか…。
龍大生というか、私が「裁判と人権」という講義で教えてきた教え子の皆さん。
ぜひ頑張ってほしい。
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by kazuo_okawa | 2019-09-23 20:59 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
2018年「木村真とともに豊中を変える会」の夏の交流会に参加する。

午前は10時からであり、今回は、その午前の部に、「大川弁護士、大いに語る」」と題して、最初30分の講演のほか、その後は木村真さんとの対談という形で進めていただいた。

基本的なテーマは「憲法・森友・選挙権」であり、まあ、2時間でも喋れるレジュメを用意したが、最初の30分は「憲法」と、選挙権のうち、戸別訪問のおかしさを述べて、その後、対談。

木村さんとは、これまで長年にわたって色々な形で集会に共に参加してきたが、実は「対談」は初めてであった。

しかし初めてとはいえ、そして事前の打ち合わせが全くない中で、なかなか、面白く、掛け合い(漫才)が出来た。

前記の難いテーマだけではなく、木村氏は巧みに、マジック、将棋の話題も降ってくれる。
なかなか楽しい集会でした。

用意した拙著、
『訴因 安倍晋三』は何と完売!
『裁判と人権』と『ホームズ!まだ謎はあるのか?』も売れました。
いやあ、嬉しいですね。
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by kazuo_okawa | 2018-09-02 19:20 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

死刑の抑止力!

龍谷大学で『裁判と人権』という講座を長年もっている。

若い大学生相手に講義するのは私にとっても学ぶべきところがある。

今年、前期の試験に『死刑』の問題を出した。
我が日弁連が『死刑廃止』に決定したこともあり、改めて死刑問題を考えてほしいからである。
無論、授業でも十分に説明した。

そして試験問題。
死刑制度についての賛否も問うた。

別に、賛否どちらの結論でもよいのだが、それなりに「論理的」なことが評価の対象となる。

この3日間、採点に追われていたのであるが、その答案を見ていると…。
『私は死刑制度に賛成である。その理由は死刑に抑止力があり、何故なら…』
と続き…。

私は、講義で死刑廃止説の立場から講義している。

抑止力については『証明されておらず、抑止力はない』と講義で説明している。

無論、個々の犯罪者は色んなことを言う。
たとえば、
①未成年で死刑にならないから決行した
②死刑にしてほしくて(無差別殺人を)行った
など色々と述べていても、大きく総体的にみれば、抑止力はない。

ところが、一部の答案者は、前記①だけをあげて、抑止力あり、そして賛成、とつなげるのである。

講義を聞いていないのかとも思うが、むしろ、問題は(講義に勝る)この国の空気(死刑賛成)が蔓延していると言うことだろう。

死刑廃止に向けて消極的な政府の責任は大きい。

by kazuo_okawa | 2018-08-05 16:40 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
龍谷大学で「裁判と人権」という講座を持たせてもらっている。
<司法を取り巻く状況を、学生に刺激的に教えてほしい>というのが大学の依頼であり<人権>の観点から若い学生に幅広く講義している。

そして龍大の場合、一年に一回特別ゲストを呼ぶことを許されている。
冤罪被害者や周防監督に来てもらったこともある。

今年どうするか!
「沖縄問題」を取り上げることにした。

沖縄問題は、 日米関係・防衛の在り方・民主主義・地方自治・人権・メディアの在り方など、言わばこの国の様々な諸問題を凝縮しているといえる。
にもかかわらず本土の人間には、どこか「他人事」である。
そこで今年は「沖縄問題」とした。
ゲストは、沖縄在住の弁護士で、沖縄問題に取り組み、数々の訴訟の代理人となってきた専門家である。

ときあたかも、6月23日は沖縄「慰霊の日」。

ニュースによれば、翁長雄志知事は平和宣言で、戦後73年を経ても全国の米軍専用施設の70・3%が沖縄に集中し、基地から派生する事件・事故や環境問題に悩まされ続けている理不尽さを訴え、「20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのか」と日米両政府に現行計画の見直しを求め、さらには、民意を顧みない辺野古新基地建設は沖縄の基地負担軽減だけでなく、アジアの緊張緩和にも逆行していると指摘し、「『辺野古に新基地を造らせない』との私の決意は県民と共にあり、これからもみじんも揺らぐことはない」と強調した、という。

きわめて共感を覚える。

ところが 安倍首相は来賓あいさつで、沖縄の過重な基地負担の現状を「何としても変えていかなければならない。政府として一つ一つ確実に結果を出していく」「引き続き、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と一見決意を述べながら、辺野古移設については触れなかったという。

相変わらずである。
言葉だけそれらしく言いながら、実際は何もしない。

メディアの報道量が減ってきたのも気になる。

こういう時期だからこそ、沖縄問題を改めてじっくりと勉強したい。

そう思って次回の龍大講義は、ゲストを招いての沖縄問題である。

尚、龍大の講義に使っている拙著「裁判と人権」(一葉社)はこの4月に大きく改訂しました。
お読みいただければ幸いです。
【6月28日追記】
高木弁護士にはわかりやすい講義をして頂いた。
高木弁護士は冒頭「『沖縄問題』というのは正しくない。何故ならこれは、『日本の問題』であり、従って『沖縄の米軍基地問題』というべきだ」と述べられた。なるほどと思わせられる指摘である。

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by kazuo_okawa | 2018-06-24 14:21 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

心地よい講演行脚!

6月15日夜から17日まで、関東五ケ所の講演巡りをしてきたところ、帰阪早々の18日朝の地震!

いささか疲労気味であるが被災者のことを思えば贅沢は言えない。

関東の講演内容は、現在の人権状況や、司法の基本的な事柄(憲法・人権・立憲主義など)である。
ちょうどこの4月に一葉社から『裁判と人権・改訂第五版』を、また6月には『訴因 安倍晋三「森友事件」すべてはここから始まった』を発刊したこともあり、対象は、一葉社のつながりのあるところである。

初日などは「一葉社トーク」と銘打って頂いた。

関東と言っても、都内から、海老名、藤沢、横須賀、川崎であるからかなり広い。
関西人として(というか私の場合ですが)距離感が分からなかったが本当に広い。

しかしいずれも熱心に聞いていただいたのが嬉しい。
そして若い人が少なからず来ていただいているのも頼もしい。

弁護士たる私の役割として、司法に絡む現状を分かりやすく伝える。
これは弁護士の役割でもあるだろう。
こういうことはこれからも続けたい。

拙著『訴因 安倍晋三「森友事件」すべてはここから始まった』をかなりお買い上げ頂きました。
感激です。
ありがとうございました。

これからもご依頼あれば遠くでも講演に応じます。
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by kazuo_okawa | 2018-06-20 00:17 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

琉球館~東京での初講演

一葉社社長和田さんのお陰で、2005年に出版頂いた「裁判と人権」をこの4月に大幅に改訂しました。(改訂5販です)
その出版記念を兼ねて、東京琉球館で講演することになりました。

実は、関東で講演するのは(日弁連主催の企画を別にすれば)全く初めてであり、ありがたい限りです。

主催は東京駒込の琉球館。
6月15日に下記の通り行います。
私がかかわった人権事件を題材に「裁判と人権」を語るというものですが、琉球館の性格上、沖縄の事件とちょうその30年後に発覚した森友事件を報告し、合わせて日本の人権状況を語るという内容です。

本日、昔の記録などをみて、ほぼ構成を固めました。

関東在住の友人の皆さん。
お時間があれば、ぜひ、東京琉球館にお越しください。


6月15日(金)午後7時~9時
参加費1800円(1ドリンク付き)
一葉社トーク「裁判と人権 改訂5版 平和に、幸福に生きる法律ばなし」出版記念
「裁判と人権~沖縄日の丸焼き捨て事件と森友事件
お話 大川一夫(森友学園のトリックを暴く弁護士」
要予約

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by kazuo_okawa | 2018-05-27 15:55 | Trackback | Comments(0)

年末年始ずっと、拙著「裁判と人権」(一葉社)の改訂作業をしている。

「死刑」に関する記載の箇所で古いデータがあったので差し替えることにした。

内閣府が5年に一度、死刑に関する世論調査をしており、前の版では2010年の世論調査を掲載していたところ、改訂時に最新(つまり2015年)の世論調査を載せることにした。

驚いたことに死刑容認派が、何と約六%も減少している。
無論、職業柄、ニュース自体は読んでいる。
しかし新聞でこのニュースに接したときに「ほほう、減少か」というくらいにしか意識に残らなかったが、今回の改訂作業のため、原典(つまり内閣府の調査そのもの)にあたって驚いた!
実は、質問自体が5年前と変わっている!!

5年前の調査における質問は(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである(イ)場合によっては死刑もやむをえない(ウ)わからない、一概に言えない、という選択肢である。

今回それが(ア)死刑は廃止すべきである(イ)死刑もやむをえない(ウ)わからない、一概に言えない、という選択肢に変わっている。

これおかしいですよね。

前回の質問は、露骨に(イ)に誘導するものでしょう。
(拙著他で10数年前から、私は批判している。その影響もあったのか、ようやく、少しだけ修正したようだが…)

さて今回、容認派が約六%も減少したのは、まさに設問の仕方を変更した事によるものとしか思えないじゃないですか。

つまりこれ、質問の仕方で、どうにでもなる事を示している。
要するに世論調査はいい加減であることの典型例ではないの?

かし新聞記事にそんなことは出ていない。

そもそもこの世論調査の回答数は3000人中1826人(60・9%)で、回答しなかった人は一時不在445人(約14・8%)、拒否455人(約15・2%)であり、この分布を見れば回答者が「世論」と言えるか自体が疑問である。

こんないい加減な世論調査も、内閣府の言うがままに言わば垂れ流しで、あたかも客観的な世論調査のように報道している。

ひどいもんです。

とはいえ、私も、原典にあたって初めて気付いたのですが…。


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by kazuo_okawa | 2018-01-04 22:29 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
朝日新聞11月5日付け朝刊によれば、
東京・渋谷の「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」が、「自由と民主主義」をテーマに開催していたブックフェアを、ネット上の「偏っている」といった批判を受けて一時中止した波紋が広がっている、という。
安全保障関連法制の国会審議を受けて「民主主義本」の売れ行きは好調だが、類似のフェアを開く書店は客の受け止め方に神経をとがらせる、と報じている。

ネトウヨらの攻撃は、本当にひどいものである。
気に入らないからといって、「表現すること」自体を攻撃するのは全く間違っている。

逆の立場で、書店に「嫌韓本」「嫌中本」の類が並んでいるとき、おそらく良識ある人達は眉をひそめつつも書店に抗議することはなかっただろう。

「私はあなたの言うことには反対だ。しかし、あなたがそのように発言することは守る」
という民主主義、表現の自由、を尊重する立場からすれば、当然のことである。

書店の「中立」問題はどう考えるべきだろうか。

書店は、公立図書館とは違う。
民間の一書店に過ぎない。
従って、基本的には「自由」である。
「右翼」本を並べる書店があってもいいし、「憲法」本、を並べる書店があってもいい、と私は思う。
あの書店はこういう性格だ、という方が、読者にとってはむしろ有り難いかも知れない。

無論、書店は、「知る権利」や「表現の自由」と密接に関係するゆえ、「流通機構」の維持は前提である。
それさえ保持されていれば、A書店は右翼書店、B書店は左翼書店とあっても、それ自体は批判し得ない。

とすれば、私たちのなすべきことは、現行憲法を遵守する立場の書店や、その種の書物を売り出す、例えば「民主主義」フェアを応援すべきことであろう。

私は、この間、ずっと述べているのだが、今、一番簡単に行える「護憲運動」は
小林節、長谷部恭雄、木村草太ら憲法学者の書物を大ベストセラーにすることである。
ついでに私の著作「裁判と人権」(一葉社)も買って頂ければうれしいのだが…。

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by kazuo_okawa | 2015-11-06 23:14 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「被告」と「被告人」

23日朝、出勤準備をしながら何気なく「とくダネ」というテレビ番組をつけていた。

番組は、ASKA被告人の覚せい剤取締法違反事件で、同法違反罪に問われた知人の栩内香澄美被告人の初公判が22日に東京地裁で行われ、同被告人は、「覚醒剤を使ったことはない」と無罪主張したというニュースを報道していたのだが、面白かったのは司会の小倉智昭さんや番組のスタッフは終始「栩内被告」と呼び、解説役に出演していた若狭勝弁護士は逆に「栩内被告人」と呼んでいたことである。

互いに言葉のやりとりをしながらも、それぞれが片や「被告」、片や「被告人」と
まるで自分の呼称が正しいといわんばかりに使い分けていた。

しかしこれは、無論、若狭弁護士の話す「被告人」が正しい。

「被告」というのは、民事事件における、訴えられた側の呼称であり、訴えた側の呼称である「原告」と対比をなす言葉である。

しかもこれはあくまで民事訴訟における用語であり、刑事訴訟とは異なる。
民事訴訟と刑事訴訟を混同してはいけない。

それを混同して、民事で「被告にされた」と憤慨する人がいるが
民事における「被告」は、刑事の「被告人」とは違う。

これらのことは拙著「裁判と人権」でも解説しているところである。

もっとも何故に、マスコミでこういう呼称が出来たのか不思議であり、
拙著を作ろうと考えた10年前に調べたことがあるが、どうも定説は無いようであった。
正しくは「被疑者」であるのに「容疑者」というように、一種の慣習のようである。

しかし、民事の「被告」と紛らわしい上、
憤慨する人がいるように、明らかに、誤解を生んでいる。

そうであれば、いくら専門用語とはいえ、
言葉は正しく使うべきであろう。

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by kazuo_okawa | 2014-07-23 23:49 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)