人気ブログランキング |

私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

タグ:表現の自由 ( 4 ) タグの人気記事

国会軽視の安倍政権だがようやく臨時国会が始まった。

10月7日、衆院代表質問に立憲民主党の枝野幸男代表が立ち、冒頭に台風15号への政府対応が結果的に遅れたことを率直に詫びるべきだとの質問から、政府による「あいちトリエンナーレ」への補助金全額不交付問題や、「表現の自由」の問題など広範囲に質問したが、答弁に立った安倍晋三首相はいつもの通り、原稿を読み上げ、単に美辞麗句を述べるだけであった。

冒頭の答弁は、「東日本大震災で(略)大変なご苦労をされた枝野代表には申し上げるまでもありませんが」と枝野氏を揶揄しながら、答弁する。

「あいちトリエンナーレ」への補助金全額不交付に至っては「法令や予算の趣旨にのとって適正に実施されるべき」と総論を述べ(ならば、モリかけはどうなんだ!と突っ込みを入れたくなるが)、そして文化庁が適正と判断したとだけ述べて、まったく答弁になっていない。

しかもこの答弁、わずか15秒である。
15秒ですよ。

こんなありさまだから、他も推して知るべし。

最後は、表現の自由、報道の自由について、「委縮している報道機関など存在しない」と強弁したが、本日朝のニュースショーではどのチャンネルも、安倍首相の「人を食った」答弁を全く報道しない、ということ自体が「萎縮」だろう。

そもそも国会中継などの「政治ニュースは極力避ける」というのは、理由はあれこれ言うも結局は委縮しているからとしか思えない。

そもそも政権のNHKへの圧力とNHKの委縮はこれまでも報じられ余りにも明らかだろう。
安倍首相には、謙虚な姿勢はどこにもない。

そして枝野氏への揶揄に始まった答弁の、締めくくりも「立憲を党名に掲げる枝野議員であればご理解いただけるものと考えている」と枝野氏を揶揄して終わるのである。

この党名問題は、先の参議院選において、安倍首相は何度も何度も(本当に各地で)「立憲民主党」の党名をわざと間違えるという小細工を弄したが、その揶揄を思い出す。

国会中継を見て、一国のリーダーがあまりに情けないと思ってしまうのである。
.

by kazuo_okawa | 2019-10-08 21:59 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「ひげ禁止」は違法

私が高校時代のころである。
学校の定めた制服規定に対して廃止運動をしたことがある。

ときあたかも長髪もブームでもあった。
それゆえ、服装・髪型は「表現」の一つであり、表現の自由として、服装・髪型は自由たるべきだと主張してきた。

その後大学へ行き、自己決定権やアメリカの判例など学ぶ中で、今日、髪形などは本来自由であると確信したものである。
これを規制しうるのは、例えば接客業などで、誰が見ても不快感を与えるような場合でないとおそらく規制の合理的理由はないだろう。

1月16日に、「地下鉄運転士「ひげ禁止」は違法 大阪市に賠償命じる」とのニュースが流れた。

内容は、大阪市営地下鉄の運転士だった男性2人が内規に基づきひげをそるよう強制され、拒否したため不当な人事考課を受けたとして、市に慰謝料など計440万円やひげをそって勤務する義務がないことの確認を求めた訴訟の判決で、大阪地裁(内藤裕之裁判長)は16日、計44万円の支払いを命じたというものである。
 
このニュースに接したとき、労働者勝訴は当然であると共に、今だにこんな事件が起こっているのかと感じたものである。

と同時に、当たり前の判決であっても、とかく、労働の場における「表現の自由」や「自己決定権」は制限されがちであることから、この勝訴判決は他にも使えないか、ということもとっさに思ったことである。

ところがである。

内藤裁判長は判決理由で、まず身だしなみ基準について、ひげは「社会に広く肯定的に受け入れられているとはいえない」とし、基準自体は違法とまではいえないとした。
しかし、ひげを生やすかどうかは「服装や髪形と同じように個人の自由」である上、服と違って付けたり外したりができるわけではないので私生活にも影響を及ぼす、と指摘してひげを職務命令として禁止したり、人事上の不利益処分の理由としたりすることができない、としたのである。

とりわけ「服と違って付けたり外したりができるわけではないので」の部分が妙に印象に残る。

例えば、使用者による労働者へのワッペン・腕章着用禁止は今日許されるとされているが、取り外しの利くワッペン・腕章などとは違うんですよ、そういっているかのように思えてしまうのである。

いや、実際、裁判所はそういうことを考えていただろう。

この判決を他に波及させることはしない!
その点が大変残念である。
.

by kazuo_okawa | 2019-01-17 18:00 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
朝日新聞11月5日付け朝刊によれば、
東京・渋谷の「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」が、「自由と民主主義」をテーマに開催していたブックフェアを、ネット上の「偏っている」といった批判を受けて一時中止した波紋が広がっている、という。
安全保障関連法制の国会審議を受けて「民主主義本」の売れ行きは好調だが、類似のフェアを開く書店は客の受け止め方に神経をとがらせる、と報じている。

ネトウヨらの攻撃は、本当にひどいものである。
気に入らないからといって、「表現すること」自体を攻撃するのは全く間違っている。

逆の立場で、書店に「嫌韓本」「嫌中本」の類が並んでいるとき、おそらく良識ある人達は眉をひそめつつも書店に抗議することはなかっただろう。

「私はあなたの言うことには反対だ。しかし、あなたがそのように発言することは守る」
という民主主義、表現の自由、を尊重する立場からすれば、当然のことである。

書店の「中立」問題はどう考えるべきだろうか。

書店は、公立図書館とは違う。
民間の一書店に過ぎない。
従って、基本的には「自由」である。
「右翼」本を並べる書店があってもいいし、「憲法」本、を並べる書店があってもいい、と私は思う。
あの書店はこういう性格だ、という方が、読者にとってはむしろ有り難いかも知れない。

無論、書店は、「知る権利」や「表現の自由」と密接に関係するゆえ、「流通機構」の維持は前提である。
それさえ保持されていれば、A書店は右翼書店、B書店は左翼書店とあっても、それ自体は批判し得ない。

とすれば、私たちのなすべきことは、現行憲法を遵守する立場の書店や、その種の書物を売り出す、例えば「民主主義」フェアを応援すべきことであろう。

私は、この間、ずっと述べているのだが、今、一番簡単に行える「護憲運動」は
小林節、長谷部恭雄、木村草太ら憲法学者の書物を大ベストセラーにすることである。
ついでに私の著作「裁判と人権」(一葉社)も買って頂ければうれしいのだが…。

.

by kazuo_okawa | 2015-11-06 23:14 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
本日の朝日新聞朝刊によれば
国連人種差別撤廃委員会は8月29日、日本政府に対して、ヘイトスピーチ(憎悪表現)問題に「毅然(きぜん)と対処」し、法律で規制するよう勧告する「最終見解」を公表した、という。

当然であろう。
ヘイトスピーチなど許されるはずはなく
それに対して規制しない「日本」が、世界の人権水準から大きく後れを取っているのは明らかである。

ところが記事に寄れば、日本の外務省は、
「表現の自由などを不当に制約することにならないかを検討する必要がある」と説明して法規制には慎重であるという。

お笑いぐさである。
なぜお笑いぐさかといえば、外務省のこの発言だけを聞けば、誰しも「ほう、外務省は、表現の自由という人権に配慮しているんだ」と理解されかねないからである。
日本政府・外務省が、これまでに常に、真に市民の「表現の自由」に配慮しているなら、その理解は正しい。。
しかし、現実の日本政府はそうではない。
国策に反対する表現(例えば、イラク派兵反対ビラなど)に弾圧を加えてきたことは明らかである。
そもそも「表現の自由」は、政府・権力に対して批判する自由がなければ、「表現の自由」とは言えない。

そういった「表現の自由」は規制しながら、一方で、世界基準たる「ヘイトスピーチ規制」には、「表現の自由」の名の下に慎重にとりくむと述べて、規制しようとしない。

一体全体、日本政府・外務省は、誰の「表現の自由」を守ろうとしているのか。

ここでもまた、憲法で規制される側の政府が、憲法の「表現の自由」を勝手に解釈してるのである。

こんな「お笑いぐさ」を決して許してはいけない。

.

by kazuo_okawa | 2014-08-30 21:06 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)