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by kazuo_okawa

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ちょうど10年前、私は、2008年に大阪弁護士会の副会長を担当した。

先週末、同時期の2008年に弁護士会の役員をした東京、名古屋、大阪の各弁護士が集まって交流した。
まあ、言ってみれば「同窓会」のようなものである。

そこで最近の弁護士会の動きとして、死刑制度存置派の人たちの「巻き返し」の動きが話題になった。

これはどういうことかというと、日本弁護士連合会(日弁連)は、2016年10月7日に開催された第59回人権擁護大会(福井市)において、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択した。
私はこの採択は正しいと思っており、そのことは、私のブログにも述べた。

ところが、死刑制度存置派の人たちは、人権養護大会に来るのは日弁連会員の一部に過ぎないから、会員全員に対して死刑制度賛成か反対かのアンケート調査をすべきだと言っているらしい。

何ということか!

根本的に間違っている。
人権は「多数決」で制限されるものではないからである。

思えば、2008年に国連の人権規約委員会議長(まさに国連の人権のトップである)が来日され、集会を重ね、その後、人権規約委員会は日本政府に勧告した。
平たく言えば、自由権規約6条は「生命に対する権利」を保障し,死刑制度については廃止が望ましいことを示すとしている。
すでに世界の約70%の国々が,死刑を廃止している(10 年以上死刑を執行していない事実上の廃止国を含む。)ように、死刑廃止は国際的潮流である。
重要なのは、日本政府は人権規約委員会から,世論調査の結果にかかわらず, 死刑の廃止を前向きに検討し,必要に応じて,国民に対 し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきであると勧告している。
これは政府内閣府が5年に1度行う世論調査の結果によるな、と言ってるのである。

人権は、多数決でも制限し得ないのであるから当然である。

思えば2008年に委員会議長が来られた。

我々と意見交換し、そしてそれが少なからず国連勧告につながっている。
しかしその国連の勧告から10年であるが、この間どれだけ人権が前進したのだろうか。

少なくとも「死刑制度」は廃止されていない。
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by kazuo_okawa | 2018-11-18 21:19 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

死刑の抑止力!

龍谷大学で『裁判と人権』という講座を長年もっている。

若い大学生相手に講義するのは私にとっても学ぶべきところがある。

今年、前期の試験に『死刑』の問題を出した。
我が日弁連が『死刑廃止』に決定したこともあり、改めて死刑問題を考えてほしいからである。
無論、授業でも十分に説明した。

そして試験問題。
死刑制度についての賛否も問うた。

別に、賛否どちらの結論でもよいのだが、それなりに「論理的」なことが評価の対象となる。

この3日間、採点に追われていたのであるが、その答案を見ていると…。
『私は死刑制度に賛成である。その理由は死刑に抑止力があり、何故なら…』
と続き…。

私は、講義で死刑廃止説の立場から講義している。

抑止力については『証明されておらず、抑止力はない』と講義で説明している。

無論、個々の犯罪者は色んなことを言う。
たとえば、
①未成年で死刑にならないから決行した
②死刑にしてほしくて(無差別殺人を)行った
など色々と述べていても、大きく総体的にみれば、抑止力はない。

ところが、一部の答案者は、前記①だけをあげて、抑止力あり、そして賛成、とつなげるのである。

講義を聞いていないのかとも思うが、むしろ、問題は(講義に勝る)この国の空気(死刑賛成)が蔓延していると言うことだろう。

死刑廃止に向けて消極的な政府の責任は大きい。

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by kazuo_okawa | 2018-08-05 16:40 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

野蛮な国、ニッポン!

29日(日曜日)、MBS系テレビ『サンデーモーニング』が死刑制度について取り上げていた。

死刑制度存置国は、今や、中国、北朝鮮、イラン、サウジ、アメリカくらいであるという。
これを見ただけで、地球上で野蛮な国しか死刑制度を残していないことがわかる。

制度として『死刑制度』があっても、事実上、行使していない国もある。
お隣の韓国がそうである。

韓国は我が国同様に、国際条約として自由人権規約を交わしているが、1998年、国連の人権委員会は死刑廃止に向けて政府として努力するように勧告した。
それを受けて、同年から、韓国は死刑を執行せず、事実上の廃止国となっている。
国際社会の動向に沿った素晴らしい対応である。

実は同年、我が国も、人権委員会から同様の勧告を受けている。

しかし我が国は、国際社会の動向も、国連の勧告も無視して、その後も死刑を維持し続けている。

そういえば、この、死刑存置国は、いずれも、国際社会の動向など関係なしの国である。

こんな野蛮な制度は安倍政権もろとも葬り去らねばならない。

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by kazuo_okawa | 2018-07-29 16:19 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
6日に続く、26日の死刑執行!
なんという恐ろしいことか。

そもそも死刑などという野蛮な制度は直ちにやめるべきである。

マスコミも「国際的潮流に反する」などという持って回った言い回しではなくて、端的に強く批判すべきである。

「何故エリートがオウムに入信したのか解明がなされないままである」というにコメントに至っては、何が言いたいのかわからない。

そんな解明を安倍政権がするはずはない。
何故なら、オウムは国家に反逆したから死刑にされた。
しかし、<トップの言うままに忠実に動く人間>これこそ戦争国家にふさわしいだろう。

むしろ、安倍政権は<考えない若者>を育てようとしている。
そのことは、第一次安倍政権の教育基本法改正や、今年始まった道徳教育を見ても明らかである。

あまりにも恥ずかしい。

「国際的潮流に反し、国際社会からの批判にどう考えるか」と聞かれた上川法務大臣は「世論は死刑を支持している」と答え、まさしく安倍流の、問いをそらす回答をしている。

その点はおいても、都合のよい時だけ「世論」である。

戦争法その他、どれだけ世論を無視して強行採決してきたことか。

二重にも三重にも恥ずかしい!
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by kazuo_okawa | 2018-07-28 00:24 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

闘う<人権擁護>!

変な表題だと思われたかもしれないが、死刑制度についてさらに述べる。

死刑は、国家による「殺人」である。
そして、人の生命は、人にとって何もにも代えがたい一番重要で貴重な価値があり、それは国家であっても決して奪ってはならない。

このように言うと必ず反論されるのが、そういう重要で貴重な価値である(他人の)「生命」を奪ったのだからこそ「死をもって償うべし」という意見である。

要するに「目には目を!」である。
「ある価値」を奪ったものには「その価値」を与えない(奪う)。

これは冷静に考えれば、いきなり結論を言っているに等しく、(なぜ「目には目を!」を採用するのかという)根拠が述べられていないことがわかる。
<そういう制度>を選択したというにすぎない。

私は常に思うのだが、ではその「目には目を!」論者が、他の分野においてもそういう世界観をもっているなら(賛否は別として)一貫しているといえる。
つまり
「ある価値」を奪ったものには「その価値」を与えない(奪う)。
「自由の敵」には「自由」を与えない。
「民主主義の敵」には、「民主主義の価値」を与えない。

ここまでくれば表題の意味は分かりであろう。

世界一先進的といわれたワイマール憲法から「ナチス」を生んだ反省から、戦後のドイツは、「ナチス」のような、民主主義の敵には「自由」を与えないことにした。
これが「闘う民主主義」である。

しかしわが国の憲法は「自由の敵」にも自由を与えた。
「民主主義の敵」にも民主主義の価値を共有させている。

「人権の敵」にも「人権」は認めているのがわが国憲法の理念である。
論者が「戦う民主主義」の価値観をもって、教育勅語を敬う戦前回帰型のウルトラ右翼には自由を与えるべきではない、との価値観なら一貫している。

「目には目を!」論者が、果たして他の分野においてもそういう世界観をもっているのだろうか。
つくづくと考えてしまう。

もっともドイツは、闘う民主主義をとりながら、死刑は廃止している!
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by kazuo_okawa | 2018-07-09 22:17 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

安倍首相は今国会を「働き方改革国会」だと公言して、「モリかけスパ隠し」のネーミングをしたことは記憶に新しい。


裁量労働制は働き方改革法案の一つである。


今国会の改革とは裁量労働制を拡大しようとするものだが、そもそも裁量労働制とは、実際に働いた労働時間と関係なしに「8時間」働いたとするものであり、つまり何時間働いても残業代は出ない。

私たちは、労働者は際限なく残業が増えていわば「過労死推進」と批判している。

ところが安倍首相は、裁量労働制で働くと、一般の労働者より労働時間が短いと述べていた。

しかし、その根拠がデタラメであったことが明らかになり、安倍首相は撤回して詫びた。もともと法案推進のためのデーターねつ造ではないか、と疑われているのであり、撤回すればよいというものではないだろう。


詳細は省くが、裁量労働制の労働者が一般労働者の労働時間より21分短いという調査結果は、実は、そもそもの質問がデタラメであった。

つまり、一般労働者には、「実際に働いた最長の労働時間」を聞き、裁量労働制の労働者には「平均労働時間」を聞いていたのである。

これでは裁量労働の方が短くなることは誰でもわかる。


ではデタラメ質問の調査結果による、世論の誘導は他にないのか!


そんなことはない。


著名なのが、死刑制度に関する世論調査の誘導である。

日本の世論は死刑制度容認だ、と日本国民自体が思わされている。

では内閣府が5年に一度行っている、死刑に関する世論調査の質問はどのようなものか。

「ア、どんな場合でも死刑は廃止すべきである」

「イ、場合によっては死刑もやむを得ない」

「ウ、わからない、一概に言えない」

この3択から選べという内容である。


明らかに死刑制度容認に導く、不当な質問だろう。


私は拙著「裁判と人権」(一葉社)において、2013年以来その指摘をしている。

メディア・マスコミが今回のデーターねつ造を批判するのは正しい。

しかし、ならば同じように、他の不当な調査についても批判すべきだろう。



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by kazuo_okawa | 2018-02-20 14:40 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

年末年始ずっと、拙著「裁判と人権」(一葉社)の改訂作業をしている。

「死刑」に関する記載の箇所で古いデータがあったので差し替えることにした。

内閣府が5年に一度、死刑に関する世論調査をしており、前の版では2010年の世論調査を掲載していたところ、改訂時に最新(つまり2015年)の世論調査を載せることにした。

驚いたことに死刑容認派が、何と約六%も減少している。
無論、職業柄、ニュース自体は読んでいる。
しかし新聞でこのニュースに接したときに「ほほう、減少か」というくらいにしか意識に残らなかったが、今回の改訂作業のため、原典(つまり内閣府の調査そのもの)にあたって驚いた!
実は、質問自体が5年前と変わっている!!

5年前の調査における質問は(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである(イ)場合によっては死刑もやむをえない(ウ)わからない、一概に言えない、という選択肢である。

今回それが(ア)死刑は廃止すべきである(イ)死刑もやむをえない(ウ)わからない、一概に言えない、という選択肢に変わっている。

これおかしいですよね。

前回の質問は、露骨に(イ)に誘導するものでしょう。
(拙著他で10数年前から、私は批判している。その影響もあったのか、ようやく、少しだけ修正したようだが…)

さて今回、容認派が約六%も減少したのは、まさに設問の仕方を変更した事によるものとしか思えないじゃないですか。

つまりこれ、質問の仕方で、どうにでもなる事を示している。
要するに世論調査はいい加減であることの典型例ではないの?

かし新聞記事にそんなことは出ていない。

そもそもこの世論調査の回答数は3000人中1826人(60・9%)で、回答しなかった人は一時不在445人(約14・8%)、拒否455人(約15・2%)であり、この分布を見れば回答者が「世論」と言えるか自体が疑問である。

こんないい加減な世論調査も、内閣府の言うがままに言わば垂れ流しで、あたかも客観的な世論調査のように報道している。

ひどいもんです。

とはいえ、私も、原典にあたって初めて気付いたのですが…。


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by kazuo_okawa | 2018-01-04 22:29 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)