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by kazuo_okawa

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ガラパゴスからの脱却

第一分科会「取調べ立ち合いが刑事司法を変える」に駆け付ける。
とはいえ時間的には終盤に参加したので、パネルディスカッションが始まったところであった。

前半は取調べの立会が当たり前である各国の報告や、日本の弁護士の取調べ立会実践報告があったらしい。

さてパネルディスカッションの参加者は弁護士のほか、葛野尋之一橋大教授やジャーナリストの青木理氏。
寸劇の後の、そこで出た弁護手法について意見が交換される。さらには
「立会権の理論的根拠」
「立会への疑問」(実際に時間的に立ち会えるのか)
「黙秘を進めるアドバイス」の是非
「立会権の制度設計」
など専門的には興味深い。

まるで聞き手を弁護士と絞っているかのような実践的な議論である。

とはいえ、ジャーナリストの青木氏の意見が分かりよいので紹介する。

<民主党政権時の検察の在り方検討会議に始まる。
本来は、取調べの可視化を含めた検察の在り方を検討すべきものだった。
ところが検察は議論を変えていく。
ここがなんというか検察は巧みである。
つまり、その時に、何故検事が証拠改ざんまで起こしたのか、それは、証拠がない中で、検事が熱心なあまり起こした。(!?)
だから「武器をくれ」となった。
それが盗聴法の拡大などで本来はおかしいんだけどそうなった。
ヨーロッパなどの実情報告がなされたが、お互いに合理化できるところはそうしていこうとならければならない。>

(弁護士はぎっしり予定のある中、弁護士の本音として、立ち合いは、実際にはできないとの意見に対して)
<そのようなことをおっしゃらないでいただきたい。
実際に、ヨーロッパや韓国でもできていることを何故日本では出来ないのか。
弁護士(会)が硬直化しているのではないか。
ガラパゴス化している。
無論私は、グローバルスタンダードを無批判に受け入れているのではない。
国を渡り歩いて巨額の報酬をえるカルロスゴーンのようなあんなスタンダードなどは嫌いである。
しかし、人権のグローバルスタンダードは別である。
そこが硬直化しているような弁護士(会)ならいらない。>

実に痛快である。

<ここでの話しを広げることが重要。
検察はしたたか、しぶとい。検察官僚はしたたかですよ。
先ほど弁護士法1条は基本的人権の擁護が使命と述べた。
80年代冤罪は続いた。死刑冤罪まおる。戦後の混乱時ではない。
足利、志布志、…。氷山の一角でないか。
彼らは冤罪が証明されたが、一件でも冤罪を少なくすることが重要。
弁護士会には是非頑張ってほしい>

そして最後には
<政治の力は大きい。韓国の報告が物語る。
進歩派が政権を握って刑事司法を民主化した。
今、嫌韓とか親北とか薄っぺらい話があるが、韓国では法務大臣の妻を逮捕している。
日本ではどうか。森友事件など捜査すらない。
こんな例を見れば韓国の方が立派だと私は思う。
真に民主化のためには弁護士の立会は必要で意義がある。
こういう企画をされた日弁連には敬意を表するとともに、ここだけに終わらせないようにして頂きたい>

最後は日弁連へのエールで締めくくられた。
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by kazuo_okawa | 2019-10-04 01:46 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
年に一度の日弁連人権大会(徳島)に参加する。

分科会は3つあり、並行して行われるため、ある程度選択せざるを得ない。

まずは第2分科会
「今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!」に参加する。

そもそも我が国の人権水準自体が国際水準に比して遠く及ばず、そのこと自体がひどいが、加えて、救済システムが全くなっていない。
そもそも我が国には政府から独立した、国内人権救済機関がない。

また人権条約を交わしていながら、国連の人権委員会に人権侵害を受けた個人が直接訴える個人通報制度も実現していない。
いくら立派な「人権」規定を作っても、それを実際に救済する人権保障システム(それも国際水準のもの)が無ければ、人権は絵に描いた餅である。

元最高裁裁判官の泉徳治氏が、いかに日本の裁判所が人権条約を無視しているかを具体的に述べられる。
いくら人権条約を主張しても無視である。
最高法規である憲法は条約尊重をうたっているのに無視しているのである。

その報告には絶望を覚える。

そして実情報告。

その一人は、約20年間、代理人として共に闘った昭和シェル石油労組の元委員長柚木康子氏である。

労働組合として、初の女性委員長であるが、本報告での立場は女性差別撤廃条約実現アクションである。
日本のジェンダー平等度は先進国最低、「首相が女性の輝く社会を」と言っている間にも地位は下がっているという皮肉を述べる。
そして仕事における男女差別の実情、男女差別裁判を闘ってきてもはや裁判には期待できない。
だからこそ、個人通報制度を、と見事に締めくくる。

他の方の報告も素晴らしいが、私は第1分科会会場へ向かった。
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by kazuo_okawa | 2019-10-03 00:34 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
ちょうど10年前、私は、2008年に大阪弁護士会の副会長を担当した。

先週末、同時期の2008年に弁護士会の役員をした東京、名古屋、大阪の各弁護士が集まって交流した。
まあ、言ってみれば「同窓会」のようなものである。

そこで最近の弁護士会の動きとして、死刑制度存置派の人たちの「巻き返し」の動きが話題になった。

これはどういうことかというと、日本弁護士連合会(日弁連)は、2016年10月7日に開催された第59回人権擁護大会(福井市)において、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択した。
私はこの採択は正しいと思っており、そのことは、私のブログにも述べた。

ところが、死刑制度存置派の人たちは、人権養護大会に来るのは日弁連会員の一部に過ぎないから、会員全員に対して死刑制度賛成か反対かのアンケート調査をすべきだと言っているらしい。

何ということか!

根本的に間違っている。
人権は「多数決」で制限されるものではないからである。

思えば、2008年に国連の人権規約委員会議長(まさに国連の人権のトップである)が来日され、集会を重ね、その後、人権規約委員会は日本政府に勧告した。
平たく言えば、自由権規約6条は「生命に対する権利」を保障し,死刑制度については廃止が望ましいことを示すとしている。
すでに世界の約70%の国々が,死刑を廃止している(10 年以上死刑を執行していない事実上の廃止国を含む。)ように、死刑廃止は国際的潮流である。
重要なのは、日本政府は人権規約委員会から,世論調査の結果にかかわらず, 死刑の廃止を前向きに検討し,必要に応じて,国民に対 し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきであると勧告している。
これは政府内閣府が5年に1度行う世論調査の結果によるな、と言ってるのである。

人権は、多数決でも制限し得ないのであるから当然である。

思えば2008年に委員会議長が来られた。

我々と意見交換し、そしてそれが少なからず国連勧告につながっている。
しかしその国連の勧告から10年であるが、この間どれだけ人権が前進したのだろうか。

少なくとも「死刑制度」は廃止されていない。
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by kazuo_okawa | 2018-11-18 21:19 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
19日のサンケイ新聞の一面は「弁護士自治はいらない」である。

サブ見出しは「困窮する若手 左傾的闘争に反発」とある。

安倍御用新聞サンケイが、日弁連攻撃の一環として「弁護士自治」をなくすキャンペーンを始めたことがわかる。

弁護士は、刑事弁護もさることながら、時に「権力」と闘うことがあり、そのためにも(闘う相手に規制されない)「自治」が必要なのである。
自治無くして(つまり監督官庁がいれば)人権のために十分に闘えない。
当然の理屈である。

本来は、こういう原理的な意義を、社会の木鐸である新聞は書かねばならない。

「困窮する若手」の存在はその通りだろう。
しかしこれは、自民規制緩和路線の結果としての弁護士過剰時代の帰結に過ぎない。
しかも、サンケイは「自民規制緩和路線」を支持してきたのである。

「左傾的闘争に反発」にいたっては、意図的なキャンペインとしか言いようがない。

無論、若手弁護士の中にも、日弁連を「左傾」と誤解した弁護士もいるだろう。

しかしそれはあくまで「誤解」であり、そのような前提をもとに論ずべきではない。
日弁連は、「左傾的闘争」をしているわけではない。
集団的自衛権を認めるにせよ、認めないにせよ、そういう議論の前に、今ある憲法は守れ(立憲主義)と言っているに過ぎない。

これは「左傾」でもなんでもなく、むしろ近代国家なら当然のことである。

サンケイはその近代国家以前の時代から論じているのである。

およそ、近代のまともな議論ではない。


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by kazuo_okawa | 2018-01-19 23:57 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)