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私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
統一地方選および、沖縄、大阪の二つの補選の結果を受けて、安倍首相が、参議院選挙に合わせて衆議院を解散するダブル選挙も視野に入れて、解散加速の流れだとマスコミは報じている。

まるで解散権は安倍首相が自由にできるとの前提で述べており、ここには安倍首相に対する批判精神がないどころか、とりわけ解散権の濫用の指摘が全くない。

憲法69条は、国会が内閣不信任を突きつけたとき「その国会の不信任は民意なの」と聞く意味で解散が認められている。
そして、象徴天皇が形式的な国事行為として7条の解散をすることになっている。
無論、この7条はあくまで形式的なもので、実質的には助言と承認を要する内閣が行う。
問題は、この7条は必ずしも69条をだけをうけているのではないとの解釈で、69条以外の他の解散も「7条解散」として、現実にこの69条以外の解散が行われてきたことだ。

しかし、憲法がわざわざ69条を設けたのである。
とすれば、仮に7条解散を認めるとしても、それは決して無制限ではなく69条(内閣と国会の対立)に匹敵するような国民に信を問う事態が生じたという場合でなければならないはずだ。
だからこそ歴代自民党首相も「解散の大義」と述べていたのである。

にもかかわらず安倍首相は「解散の大義」などどこ吹く風で、全く自己の保身のために解散権を濫用する。
例えば、1年半前の解散を思い出してほしい。
真実は「モリかけ隠し」でありながら、一人戦争危機を煽って「国難突破解散」と名付けたことは記憶に新しいだろう。

あのGアラートは一体何だったのか!

安倍首相のこのような勝手な解散は憲法違反である。

そもそも我が国がモデルとした議院内閣制の母国イギリスでは解散権は縛られている。

安倍首相のような勝手な解散制度は世界の何処にもないのである。

マスコミは、安倍首相の解散権の濫用を防ぐように批判的に論ずべきである。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-23 07:54 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「民主主義」が負けた!

統一地方選が終わった。

応援していた候補者が上位当選したケースもあり、落選したケースもある。

落選しても「民主主義の結果」ならそうれは十分に納得しうる。

しかしわが国では、候補者同士の政策が相互批判のもとに吟味されそれを選挙民が選ぶという構造ではない。
連呼型で縁故型、さらには利益誘導型組織選挙で帰趨が決まる。
これではおよそ、民主主義とは言えないだろう。

現に投票率は50%を割っている。

多くの国民が、絶望・諦め・無関心になっている。

これを何とかしなければならない。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-23 00:03 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
4月19日に東京・池袋で乗用車が暴走して31歳と3歳の母子の命を奪ったという事件があった。
この事故で、車を運転していたのは、87歳の元通産官僚の男性だったという。

この加害者自身も怪我をおって入院されているため、逮捕はされていない。

21日の「サンデーモーニング」でこのニュースが報じられ、コメンテーターが「(被疑者を)逮捕しないのは特別扱いしているのではないか」という疑問の声が上がっていることを紹介していた。
そのような疑問に対して的確なコメントがなかったのは残念であるが、この疑問は考えさせる。

無論、基本は、逮捕は抑制的なもので、逃亡の恐れや罪証湮滅のおそれがない場合には逮捕する必要はない。
従って、この事件で、87歳の被疑者を逮捕しないのは、むしろ原則通りであり当然と言える。

もっとも、我が国の捜査機関は、逮捕を濫用しているという問題はあるが、この事件に関して逮捕しなくて何らおかしくない。

にもかかわらず今回の事件で、逮捕しないことに、特別扱いの疑問が出ているのは、「元通産官僚」ということも影響しているのではないだろうか。

何せ、安倍政権になって、伊藤詩織さん事件で「アベ氏お友達」の山口敬之氏は逮捕されないことや、同じ罪種の「背任」でも、カルロス・ゴーン氏は逮捕しながら、森友事件では誰一人の官僚を逮捕しない。

安倍政権下におけるこういったおかしな取り扱いを市民は敏感に感じているのだろう。

【追記】
知人から、マスコミの報道の仕方も基準が無いとの指摘を受けた。〇〇容疑者とするのか別の呼称かなどと悩まずにスウェーデンのように匿名報道に徹したら問題ない、いやむしろ匿名主義は無罪推定を受ける以上当然の話である。

【5月20日追記】
本日の羽鳥慎一モーニングショーを見ていると、「逮捕しないのか」の疑問自体がおかしく、逮捕しないこのケースが原則だと玉川徹氏が指摘していた。玉川氏の指摘は正しい。しかしいつも思うのだが、本日も弁護士コメンテーターがいるのだから、何故に弁護士が進んで強く話さないのかと不満が残る。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-22 00:35 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

NHKの露骨な忖度!

選挙後半戦の最大の注目となっている衆院大阪12区補選は、維新、自民、無所属、野党統一候補の4人が争う激戦区である。
安倍晋三首相は、維新と蜜月ゆえ立場が難しいが維新優勢(自民不利)のなか請われて大阪入りを決めたと言われている。

そして20日のメジャー紙(朝日、毎日など)には紙面の約半分を使って「安倍晋三演説会」と銘打った広告が載せられた。
それは、自民候補の応援演説なのであるが、紙面には、安倍首相と小泉進次郎の顔写真が候補者よりも4倍はあるだろう巨大に出ていたのである。
実際には小泉氏は来阪しなかったようで、あたかも小泉氏も来阪するのかと思わせかねない詐欺的広告なのであるが…。

さてネットのニュースやYOUTUBEなどによれば、20日午後2時すぎ、安倍首相が演説のため寝屋川市駅ロータリーにやってきた。
しかし、そこに待ち構えていたのは森友学園元理事長、籠池泰典・諄子両名である。
演説がはじまる前から、2人を自民党の関係者が立ちはだかるように取り囲み、「あんた方、それでは演説がみれないよ。よけたらどう」と籠池氏は抗議し、安倍首相の演説がはじまると、諄子氏が大声で「ウソつき!」「なにを調子いいことばかり言ってるの」と声を張り上げたという。
すると、自民党を応援するグループが籠池夫妻を取り囲み、安倍首相の視線から2人が見えないようにプラカードを掲げると、「こうやって守ってもらわないと演説できないのか。聞いていても、演説は下手やね。数字ばかり並べて自分の手柄と自慢するばかりや」と批判したところ、周囲からは籠池氏の声に呼応するように「安倍帰れ、安倍帰れ」と大きなコールが上がったという。

YOUTUBEを見ても、明らかに安倍擁護派が、護衛するように前に多数いる。

そのような注目すべき事態でありながら、NHKの20日午後8時45分のニュースでは、何と、安倍首相が吉本新喜劇に舞台登場して「四角い仁鶴が丸くして…」などと述べ観客を沸かせている様子を映している。

これはひどいだろう!
12区補選の応援演説については全く触れられていない。

本来の安倍首相来阪の目的からしても吉本新喜劇報道は異なる故、公正な報道という観点からもひどすぎる。

東京都知事選で「安倍帰れ!」に反応して「こんな人たち」発言したことは記憶に新しいが、それを思い出させることは(つまり安倍首相に不利なことは)一切触れないと考えているようである。

NHK報道が余りにもひどい!

【追記】
他のメディアでも籠池氏については封印しているところがある。これは被告人だからと説明するものがいるが、これでは無罪推定原則に反する。スポーツ紙には普通に籠池氏をの行動を報じているところもある。

【さらに追記】
4月27日付毎日新聞夕刊松尾貴史氏の「ちょっと違和感」に<風刺の場に権力者とはおぞましい>というタイトルのもと痛快なエッセイが掲載されている。「庶民の感じている圧迫感、閉塞感を、少しでも解消する場であるはずの喜劇の場が、その原因を作り出している一人でもある人物によって汚されてしまった」「すこぶる屈辱的な出来事だ」松尾氏に全面的に共感する。是非全文お読みいただきたい。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-21 00:54 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
統一地方選挙最終日、支持している候補者の応援演説に行く。

この間、何人かの候補者の応援に出向き、時には演説し、そして、また他の候補者の演説など聞いたが、一般に多くの演説は「名前連呼型」である。

「名前連呼」型とは、文字通りの候補者の名前ばかりをもっぱら連呼する場合もあるが、それなりの演説の時も、何かにつけて「私甲野太郎は…」と挟み込んで話すのである。
そんな会話、普段せんでしょう。

ああ、恥ずかし!

無論、民主主義に反する規制だらけの公選法がそのようにしているとも言える。
即ち、候補者同士の論戦や立会演説会などさせないから真の意味での政策の比較が出来ない。

みんな他の候補者の批判を受けず、言いっぱなしで、且つ、名前連呼なのである。

さて最後の日。

私たち応援者も、候補者本人も「名前連呼型」ではない。
それどころか、市政の政策を訴えのみならず、国政批判もするという実にスケールの大きい演説である。

支持者であろう「名前連呼しないんですね」と言われた人がいた。

そう、実に上品なのである。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-20 21:09 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
益田ミリ氏の本日の朝日新聞エッセイ「オトナになった女子たちへ」
のイラストに、同氏は「人は考えるときどうやら上を見るようです」と書いている。

無論これは間違いであり、人の考えるポーズは千差万別である。

私は頭脳プレイヤーである棋士の対局姿は数え切れないほど見てきたが棋士のその対局ポーズからも言える。
棋士は頭に中に将棋盤を描いているから、実際の盤面を見なくても考えられる。
では棋士はどんなポーズで考えているのか。

その考えるポーズは実にいろいろなのである。

上を向いて考える代表は三浦弘行九段だろう。
天井を向く独特のポーズはファンにはよく知られている。

一方、下を見て考えるのは佐藤天彦名人であり、体が前に倒れていって、ついには倒れこんだように考えている。
羽生善治九段は動きが多く絵になるスターであり、時にはカメラの方を向いて(つまり首を横に向けて)考える。

「あっ、こっち見ている」というファンのつぶやきがネット画面上広がるのも定番である。

席をたって、何と、歩いて考えるのが「哲学者」糸谷哲郎八段!
当然、上を向いてはいない(ぶつかってしまう)。

逆に、ほとんど動かないのが、豊島将之二冠である。
…こう見ると、思考のスタイルは色々であることがわかる。

おそらくいえるのは、「視覚」はエネルギーを使うから、視線を外して(特に動くものをとらえないようにして)思考するというのは、それなりに理由があるのだろう。
しかしその視覚をはすず方法(顔の向く方向)は千差万別なのである。

益田ミリ氏が表題のように言うのは、
<人は、数少ない自己の経験例を一般化してしまう>
という陥りやすいバイアスを明らかにしている。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-19 20:51 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
「論理国語」という言葉を知ったのがいつだったか忘れたが、中身はさっぱり分からない。しかし「論理」は好きなので、「論理国語」とはなにか、いつか調べようと思っていた。

要するに2022年からの学習指導要領で高等学校の国語の選択科目として「論理国語」、「文学国語」、「国語表現」、「古典探求」が新設されるとういうものであるが、これだけでは何のことか分からないでしょう。
結局調べる時間はなかったのだが…。
そう思っていた矢先に、アエラ4/8号に内田樹氏の連載コラムで、「論理的な思考を知るのはコナン・ドイルを読めばいい」という表題の一文が書かれたのである。

内田氏もこの「論理国語」の意味は分からないとし、氏は指導要領には立派な事が書かれているが、それを「文学国語」と切り分ける意味は分からないし、実際の「論理国語」のモデル問題を示されそれがおよそ論理的思考を導くとは思えず、むしろ、論理的な思考を知るにはシャーロック・ホームズを読めば良いと喝破して、表題となるのである。

シャーロキアンとしては大変嬉しい記事であるが、しかしまた、はて?と考えさせる。

何故なら、ホームズの推理はいわゆる、論理学的な意味では「論理」で導かれるものではない。
(無論、世界最高峰のエンターテナー文学としては見事に美しい「論理」であるが…)

ホームズの推理なるものは「観察力」に頼っているところもあるし、「当てずっぽう」もある。
(拙著「ホームズ!まだ謎はあるのか?」(一葉社)参照)

無論、そういう観点も含めてのホームズの推理法の分析自体が、論理的な思考を知ることになるということなら、それはその通りである。

まあ、しかし内田氏は、論理国語を否定するために、シャーロック・ホームズを持ってきたのだろう。

それにしても内田氏同様、論理国語の内容も必要性も分からない。
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# by kazuo_okawa | 2019-04-18 21:52 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)