私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
日弁連人権大会での「決議」の意義については
先のブログで述べた。

人権大会の最大の山場であるその決議案の審議で
2013年度大会で、議論になったひとつは
「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案」
である。
この決議案には左右両派から反対意見があった。

私が、感心したのは、日弁連執行部の説明員として壇上に登場した、
伊藤真氏の弁舌である。

伊藤真弁護士は「伊藤塾」の主催者として知られる著名人である。
非常に多忙と推察されるが、一方で彼は、護憲運動には
並々ならぬ力をいれており、その熱き姿勢には心を打たれる。

その伊藤真氏は、前日のシンポジウムでも
パネリストとして見事な役割を果たしたが
私が感心したのは、大会において執行部の答弁役として
壇上に上がり、そして見事な答弁をしたことにある。

会員弁護士の質問の中には、いささか意地悪ではないか
と思うような質問もある。

しかしどのような難しい質問にも弁舌さわやかに
答えた伊藤氏に感心したのである。

声の質、声の通り、流れるような話しぶり、そして間の置き方。
要するに、話す内容以前の「話し方」の部分で、圧倒されるのである。

無論、話す回答も素晴らしい。
さすがに名をなしただけのことはある。

若手弁護士は、この伊藤弁護士の、弁論技術を是非学ぶべきであろう。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-09 00:08 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
2013年日弁連人権大会において
「立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議」が
反対2名、棄権2名以外の圧倒的多数で可決された。

いわゆる憲法96条改正論について
法律専門家集団はノーと突きつけたわけである。

私はこの決議に賛成した。
賛成が圧倒的多数を占めたのも当然である。

無論、自民党的な考えから、決議案に反対するのは
(私と立場は反対だが)それはそれで
わからないではない。

しかし、不可思議な反対意見があった。

「日弁連の決議案は反対である。
96条改正には現時点で反対ではあるものの、
自民党の憲法改正案には、プライバシー、環境権、
犯罪被害者の人権など新しい人権を認めたり
他にも、改正を検討すべき良い点もあるので、
これらを検討すべきである」ことから反対するというものである。

時々こういう事を言う人がいる。

自民党改正草案は、国民主権、基本的人権、平和主義を
骨抜きにしかねないような内容で
現行憲法の価値観を大切にしようと思っているものからすれば
大変ひどい内容である。

にもかかわらず、先の論者は、
99の悪いことがあっても、1つ良いことがあるから
反対することなく検討せよ、というに等しいもので
全く話にならない。

しかも実を言えば
「プライバシー、環境権、犯罪被害者の人権など新しい人権」
のあることを評価するというのであるから
この点も間違っている。

現行憲法に、プライバシー権の文字はないが
プライバシー権が現行憲法上保障されていることは
今日の通説である。

環境権はそれが認められると素晴らしいが
実は、自民党改正草案で環境権をうたっているわけではない。

草案の内容は、
国が、国民と協力して、良好な環境の享受を保全するように努める
というものでしかない。

「環境権」でないことは草案の条文を読めばわかることである。
にもかかわらず、環境権であるとして評価するのは
草案を読まずして、自民党の宣伝にのせられているわけである。

被害者の人権もそれ自体は重要であろうが
だからといって、そのことをことさらに評価するに至ってはどうかと思われる。

要するに、自民党の、甘い宣伝、甘い言葉に
決してのせられてはいけないのである。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-09 00:04 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

広島マジックバー巡り

10月3日、日弁連人権大会のシンポジウムに参加した後
夜は、広島のマジックバーをハシゴした。

遠方に出張すると、地元のマジックバーを回るのが
私の楽しみである。

インターネットで調べると広島には3店舗あった。
「Hiviki」「ミステリー」「手品家」

このうち、Hivikiは、ヒロサカイ師の著
「バーマジック」(2001年)にも紹介されており
私が行きたかった店である。

順番は時間帯を考えて、ここを二番目とした。

まず「手品家」である。
チェーン店である。
同じ手品家の、高知店と三宮店には行ったことがある。
手品家のマジシャンは若者が多く、
大学奇術部の学生マジックを思わせる。

カウンター席で見せられるクロースアップマジックでは
演者は変わるがトライアンフやアンビシャスカードなど
繰り返し見せられた。

トライアンフとは、選ばれたカードが戻され、裏表にシャッフルされても
選ばれた一枚だけ表向きになっているというマジックである。

アンビシャスカードとは、客がサインしたカードを
トランプの真ん中にいれても一番上に上がってくる(アンビシャス)ことから
そう名付けられている。

居合わせたアベック客の男性が丁度、この日誕生日であり、
「お誕生日マジック」に出くわした。
女性がお膳立てしたものでその男性にはまさしくサプライズである。

いささか、というか全く、私の好みではないが
その場の全員での手拍子のときに、私も合わせて手拍子した。

<良きマジシャンは、良き観客である>

とまあ、この手拍子のごとく手品家は、若くて元気がある。
ステージマジックはなかなか面白かった。

次いで、「Hiviki」。
マジシャンの名前を店名にしている。

前述の通り、行きたかった店である。

パフォーマーは、40代後半くらいであろうか。
私が店に入ったときは、まさしく「フォーク曲げ」の最中であった。
実にうまい。
ほれぼれした。

10円硬貨曲げも自然である。

ここでもアンビシャスカードを見せられるが
最後が驚いた。
ひとしきり定番の手順を見せたあと客のカードを
真ん中に入れ、そしてトランプ全体に輪ゴムを掛ける。

そのトランプ全体に客が手のひらで覆い被せるのだが
パケットと輪ゴムの中に手を通してもらって覆う。
次の瞬間、トランプがはずれ、客の手の甲には(輪ゴムの力で)
突然客のカードが表向きに現れる。

不思議としか言いようがない。
「逆算」すれば直前はこうなっていたであろう、と考えることが出来るが
そんなこと出来るの?と、ますます不可思議である。

カードやコイン裁きも素晴らしく、
マッスルパスでは15センチメートルくらい飛ばしていただろうか。

リンキングリング。
クライマックスにコップにリングを通した(ように見える)。
面白いエンディングである。

客から借りた一万円札が中に浮く。
マイケル・アマーのトリックだと思うのだが
それにしてもうまい。

一通りマジックを見せたあと
一旦休憩し、再び、マジックが始まる。
フォーク曲げのところで(丁度、私が見始めたところで)辞する。

…とまあ、私がこの日見た数人のマジシャンの中で、
一番インパクトのあるマジシャンでした。

最後は、「ミステリー」。
店に入ると、客が二人。
医者だという。
しかしマスターがマジックを見せているわけでなく、
(その医者らも)会話を楽しんでいる。

マスターは50代後半。
にこやかで、おしゃべりをする。
釣られて、こちらマジックファンでバー巡りをしていることなどを話す。

マジック談義は楽しい。

熟練のマスターは言う。
「そうするとアンビシャスカード、一杯見たでしょう」
「ははは」
「私のはこういうカードでします」と
ダブルブランクカードのパケットを出してくる。

一枚にマジックペンで、カードのような絵を描き
そこに私がサインをする。
それでアンビシャスカードを行う。
そのあとこの一枚はこちらに伏せときます、と裏向け(白い面)に置き
もう一枚、カード作りましょう、といって同じようなカードを作る。

私のサインした2枚のカードを使うのだが
クライマックスは一枚(その裏表に私がサインしていた)だったというものである。

リンキングリングは「見立て」(リングで形を作ること)。
昔、よくあったなあ。
最後はやっぱりコップに通す。
…これは今の「はやり」なんでしょうか。

何となくほっとさせるのがこのマスターのポイントですね。

いずれにせよ3店舗、どこも面白い。
(しかも3店舗すぐ近くにある)

値段も、いずれも3500円とリーズナブルでした。
3件回って約4時間半、広島のマジック(とビール)に酔いしれました。



.
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-06 19:24 | マジック | Trackback | Comments(2)

苦悩する日弁連

日本弁護士連合会(日弁連)の最大の行事である
人権大会が、10月3日~4日の両日
広島で開かれた。

日弁連の人権大会が司法に影響を及ぼしたことは
少なくない。
刑事関係では、1989年の松江の人権大会が有名であり
このときの議論・決議が契機となり
その後、当番弁護士制度を生み、そして、さらに
被疑者国選制度などにつながっていった。

しかるに今、日弁連の影響力が低下していると危惧される。

現職検事の証拠捏造というとんでもない事件に端を発し
検察の抜本的改革が迫られた。
にもかかわらず、それを議論する法制審特別部会では
取調の全面可視化は例外を設けて後退しようとしている。
それどころか、盗聴捜査の拡大や司法取引など
捜査権力を拡大する新たな捜査手法が織り込まれようとしており
検察の「焼け太り」とすら言われている。

特別部会のメンバーには、村木厚子元厚生事務次官、周防映画監督などの
有識者も含まれている。
無論、日弁連推薦委員もいる。

しかしことは思うように進まず、日弁連(委員)は
何故もっと闘わないのか、何故法務省のいいなりなのか。
このような批判が人権大会の場でも指摘された。

無論、日弁連推薦委員は決して意見をいってないわけでは
ないだろう。
しかし、現状は大きく後退している。
とはいえ日弁連意見が通らないからといって
推薦委員が、椅子を蹴飛ばし会議室を立ち去る
というわけにも行くまい。
そのような行動に対して、国民が、拍手喝采を送ってくれるなら別だが
まずありえない。

批判はもっともだが、だからといってどうすべきか、難しい。

人権大会の最大の山場は決議案の審議である。

議論になったひとつは
「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案」
である。
決議に反対する意見もあれば、「生ぬるい」という逆の立場からの批判もある。

元日弁連の役員で従来なら執行部案に賛成してきたK氏が反対したり、
或いは、常に執行部案に批判的な立場を貫いてきたT氏が賛成意見を述べたり
(といってもやはり執行部には辛口であったが)
錯綜した議論も興味深い。

私は、決議案に賛成した。

もう一つ議論を呼んだのは
「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議案」である。
反対意見が相次ぐ。

要するに「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す」ことは
いいとしても、その手法が違うでしょう、というわけである。
確かに、執行部の決議案は、税・社会保障にあまりに主眼を起きすぎている。

税・社会保障制度の論及自体は間違いでないにしてもそれだけでは無いだろう。
反対派の言うとおり、新自由主義批判、労働法制の抜本的改革の指摘が不可欠である。
その意味で反対派は正しい。

とはいえ決議案がマイナスになるという
反対派の理屈にも今ひとつ与しがたい。

私は考えて、かくて、棄権した。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-05 02:06 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
数学を小説に織り込む手法に
コリン・ブルース「まただまされたな、ワトスン君!」
(角川書店発行)がある。

ホームズ・ファンに嬉しいパスティーシュであるが
数学をトリックに使っているところが味噌で
言わば、数学の勉強にもなるというわけである。

その第8話に「ベイズの定理」を利用した一作がある。
ホームズが、直感と数学(統計学)の違いを指摘する
面白い話である。

しかし私が興味をもったのは、著者の後書きで
「現在イギリスの弁護士は、ベイズの統計学を
陪審に説明していけないことになっている。
混乱させてしまうからだ」という一文であった。
一体これは何なのか!?

この書が日本で発行されたのは2002年だが
職業側、この下りが妙に印象に残った。

時が経過し、2009年、日本で裁判員裁判が実施されることになった。

実施前に、少し調べてみると、アメリカの陪審員裁判で
陪審員が統計学を誤って理解し、誤審した例がある。

それがコリンズ裁判である。

大変面白い上、あまり知られていないようなので
このコリンズ裁判を裁判員裁判とからめて
一遍の論考とした。

これは「コリンズ裁判と訴追者の誤謬」という題で
私のホームページ・主張欄にも掲載しましたので
是非お読みください。

なお、拙著「『裁判員制度』の本義」(一葉社・2009年発行)には
その論考も含めて、裁判員裁判に関する話題を入れていますので、
そちらもお読み頂ければ幸いです。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-03 00:00 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
モンティ・ホール問題とは何か。

それは、モンティ・ホールというアメリカの人気司会者の
1990年代の人気ゲーム番組で紹介され、激論を生んだ問題である。

モンティ・ホール氏という人は、日本で言えば
みのもんた氏のような人気者で、番組は、
みの氏の、あの「ラスト・アンサー」のようなものでしょうか。

激論を生んだ問題は次の通りである。

3つのドアの内、1つに「当たり」の新車が隠れている。
残り2つは、はずれの山羊がいる。

その状態で、プレイヤーは3つの中から、1つのドアを選ぶ。

そして、その選ばれたドアを開ける前に、司会者モンティ・ホールは
(彼は正解を知っている立場から)プレイヤーが選んだドア以外の
(2つのドアから1つを選んで)、山羊(つまりはずれ)のドアを開ける。

残っているのは、もともとプレイヤーが選んだドアと、そしてもう一つのドアである。

この状態で、モンティ・ホールは尋ねる。

「最初に選んだドアを変えてもいいですし、無論そのままでもいいです。
どうしますか?」

…どちらを選んでも、所詮、確率は二分の一。
ならば、最初に選んだ通りで行くか。

こう考えたあなたはまさしくカモである。

実は、ドアを変えた方が、当たる確率は2倍になる。
これが、ベイズの定理からの帰結である。

しかしこれが大議論を呼んだ。
2倍になるのはおかしい、という反論である。
実際はこの反論自体が間違っているのであるが
人々の感覚とは合わず激論になったのである。

大議論を呼んだことから、ベイズの定理という言葉よりも
モンティ・ホール問題という言葉の方がよく知られている。

現に、統計本やパズル本ではよく出ている。
私もモンティ・ホール問題を取り上げた書物は、何冊も持っている。

これくらい有名であるのは、人々の直感に反するからだろう。
何故、2倍になるのか、どうしても理解出来ない。
その感覚との齟齬がますますこの問題を有名にする。

垣根涼介氏は、そのモンティ・ホール問題を、歴史小説にしたのであるから
その大胆且つ新鮮な発想に大拍手を送らざるを得ない。

帯の文句がまた凄い!

「かつて、これほどまでに美しいい『ベイズの定理』の
応用例が存在したであろうか」

皆さんに本書を是非お勧めする。

(…と言いながら、実は私自身はまだ5分の1くらいしか読んでいないのであるが…
ここまででも面白い。)

【追記】
その後、読了したが、最後まで面白い作品であった。
お勧め本である。




.
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-02 00:22 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
仕事上、遠方に行くときに、書店によって本を買うことが少なくない。
移動中や待ち時間に結構読めるからである。

本日も移動前に、書店に寄る。

すると平積みの「光秀の定理」が目に入った。

サントリーミステリー大賞でデビューした垣根涼介氏の
最新作であるが、正直なところ氏の作品はあまり読んでいない。
しかし、目に付いたのは、題名と、帯に「ベイズの定理」という言葉、
そして、表紙カバー裏の次の下りである。

光秀の闘い長光寺城攻めをして
「その山城に至る山道は四本。うち三本には伏兵が潜む。
光秀は二つの道は見極めた。残る二つにひとつ。
だがその確率は、本当に五〇パーセントか!?」

何と、これはモンティ・ホール問題でないか!

著名な数学(統計学)問題であり、
論理パズルマニアにはお馴染みの問題である。
俄然、興味をもってノータイムで買うことにした。

電車の中で読み始めたが、正直感心した。

冒頭に、このモンティ・ホール問題を利用した
インチキの賭け事をする場面から入る。
なかなか興味深い。

思えば、数学の知識を小説に生かすという手法自体は
これまでもある(私の好きな、シャーロック・ホームズものでは
「まただまされたな、ワトスン君!」や
「数学者シャーロック・ホームズ」などがある。)。

「光秀の定理」が素晴らしいのは、時代設定である。

世界に誇る「和算」の江戸時代ならそういう知識人、
というか数学者がいてもあまり珍しくない
(と言っても実際はこの問題は現代人も勘違いする名問題であるが)。

それを、光秀の時代に、持っていったところに
感心したのである。
光秀の時代なら、定理を操るは天才であり
多くの人物には、定理は理解できないであろう。

大変興味深い設定である。

実際は、本日、車中で、あまり読めなかったが楽しみである。


.
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-01 01:48 | ミステリ | Trackback | Comments(0)