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私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa

野球離れ?

昨年のことであるが2025年6月26日「一般財団法人 球心会」が設立された。
同法人の代表は王貞治氏、副代表は栗山英樹氏である。

これに関して、つい先ごろの2026年4月4日付朝日新聞に王貞治氏のインタビューが出ていた。
「野球を楽しむ子供たちが少なくなっている」
「野球離れが進んだ」
「最初からプロになろうと思っていない」
「自分たちで自由に野球をした」
といったことが語られている。

何かこのインタビューを読みながら、似たような話を聞いたな、と思い浮かべた。

将棋である。
将棋も将来を憂う話を目にした。

加藤桃子女流四段らも嘆いていたな。
将棋教室に通う子の少なさや、
将棋を楽しむ子供たちが少なくなっている、ことなどである。
将棋の場合、ルールを教えるのが大変、などとも。

しかし我々の少年時代とは違う。
子どもが関心をもつスポーツやゲームは今や色々とある。
昔と違って対象が増えた分だけ
相対的に、野球や将棋を楽しむ子供たちが少なくなる。
これはいわば当たり前である。

無論、その現状を知って対策を打つのは極めて正しいが…。

とはいえ、将棋のルールを教える難しさ、というのは確かにその通りかもしれない。

とはいえ、父親ら大人が楽しんでいた「縁台将棋」を見ていて自然にルールを覚えた少年としては、<みんなが楽しんでいる>場面を自然に触れ合える機会が増えるのがいいのだろうと思うのだが…。
理屈としてはね。


# by kazuo_okawa | 2026-04-17 08:36 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

時は来た

何という言葉か。

12日に開かれた自民党の党大会は会場には、高市総理のパネルが設置され、
高市早苗首相は「憲法改正」に強い意欲を示したという。
高市早苗を全面に押し出しまるで「漫画」である。

そして憲法改正に意欲示す高市氏の、その時の発言は「時は来た」

何なのか、この時代錯誤の発言は。

戦国時代に、殿が、独断で決めることを彷彿させる。

表現そのものは、かつてプロレスラーも使った。
観客を沸き立たせるには勇ましい言葉である。

しかし政治は「プロレス」ではない。
勇ましい言葉は不要である。

今、NHK大河ドラマで「豊臣兄弟」が流されている。
戦国時代を扱ったものだ。

明智光秀が出ているが
彼が「本能寺の変」を前に語った言葉「時は今」をも彷彿させる。

いずれにせよ、高市氏の言葉は、時代遅れで民主主義国家に似合わない。

いい加減に、退却してほしい。

# by kazuo_okawa | 2026-04-16 09:18 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

マジック見破り対決

プロのマジックを見ていると
別にタネを見破ろうとしていなくても
<ああ、あそこにあるように見えるが実際はあそこだな>
と感ずくことがある。

これはそのマジシャンの腕が悪いのではなくて
トリックを仕掛けるテクニックを知っているからだ。

先日テレビで『サンドの際どい一騎打ち
~マジック見破り対決』という番組があった。

これはプロマジシャン自身が、別のプロの技を見抜けるかというもので
まずマジシャンIbuki対JONIOが対決する。

3つのカップの内、どのカップにボールが入っているかをあてるもので
これを交互にマジックを披露し、相手方がそれを見抜く、という対決である。

マジックを知らない観客がみたら、あそこにあるのだろう、というところには勿論ない。
しかし二人ともテクニックがうますぎて、どちらもありうる。
「裏の裏」をかけば、観客が思っているところにやはりあるかも知れない。

かくてこの対決はJONIOが勝利。

ついでこのJONIOとベテランKiLaが対決する。
この二人は、カードの下のコインを当てさせる。
これも、二人とも抜群にうまいのである。

しかしこの勝負は結局JONIOが勝利した。
いや、二人ともうますぎる。
うますぎで、どこでもありうるから、本当は「見破り対決」ではない。

結局は、観客にプロの技術の素晴らしさを見せている番組だ。

それにしても、ベテランが敗れるというのは、世の習いとはいえ残念である。


# by kazuo_okawa | 2026-04-15 08:53 | マジック | Trackback | Comments(0)
私の同期法曹で心から尊敬する友人樋口英明裁判官の著書を再度お勧めする。
『私が原発を止めた理由』(旬報社・増補改訂)である。

もともとは2021年3月発行の著書を、この度、増補改訂された。
当初版は、彼が、福井地裁で原発を止めた判決理由をもとに書かれたものだ。

その後の状況も踏まえて増補されている。

旧版と比べれば第3章がそのまま増えている。
この3章の見出しは「原発の本質」「老朽原発」「原発とコスト」「原発は国防問題である」。
これは旧版以降の新たな論点についての樋口氏の指摘である。
とりわけ国防問題が秀逸である。

そもそも、世界各国が再エネを拡大しているのに、高市早苗政権下の日本だけが再エネを妨げられ、原発回帰している。

とりわけ高市首相のお好きな「安全保障」の上からも原発回帰には大いに問題がある。
樋口氏の「原発は国防問題である」は端的にそのことを示したものだ。

世界各地で戦争が起きる中、原発や核施設は攻撃のターゲットになる。
このことは現実を見ればわかる。

エネルギー自給率を高めるには再エネに注力する必要があるが、原発の燃料となるウランは100%輸入に頼っている。

危険な高市軍拡政権は、口を開けば勇ましく、
それゆえ「安全保障」を重視するはずであるが、やっていることは、真逆のことをしているのである。

無為無策、真に国民の安心。安全は考えていない。
暴走政権である。

樋口英明著『私が原発を止めた理由』増補改訂版も是非購入して、
そして広めてほしい。

# by kazuo_okawa | 2026-04-14 08:00 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)

憲法改正の前に…

ニュースによれば、
高市早苗首相(自民党総裁)は12日、東京都内で開かれた自民党大会で憲法改正について、「立党から70年、時は来た。改正の発議について何とか目処が立ったと言える状態で来年の党大会を迎えたい」と語ったという。

さらに首相は「どのような国を作り上げたいか、理想の姿を物語るものが憲法だ」と強調し、「国民に堂々と問おうではないか」と訴えたともいう。

相も変わらず、「十七条憲法」時代の「憲法」観を示している。
権力者が、自分の思い至す「理想の姿」を語るのは古い時代の憲法観だ。

立憲主義国家にあっては違う。
故安倍晋三氏や、高市首相などのように、一時的に「多数決」で権力を握った者たちが、「なんでも出来る」と勘違いして「暴走」しないように、権力者を縛るのが「憲法」である。

つまり、三権分立その他国政の仕組みであり、国民の人権である。
そういったものは奪えない。
何よりもまず高市首相は、現行憲法を守らなければならない。
「戦争準備」などしてはいけないのである。

「存立危機事態」と中国を刺激してはいけないのである。
そういった憲法の意義こそ語るべきである。

高市首相は、「国民に堂々と問おうではないか」と語ったという。
よく言うよ。

先のインチキ、憲法違反、奇襲解散は何なのか。
どこに「国民に堂々と問」うたのか。
卑怯この上ない。

憲法改正を言う前に、高市首相はまず現行憲法を守ってほしい。


# by kazuo_okawa | 2026-04-13 09:12 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)