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by kazuo_okawa

<   2014年 07月 ( 30 )   > この月の画像一覧

大阪府堺市に住む野村孜子さんは、古くから、地方議員の政治活動を、
その政治資金に着目して監視してきた市民運動家の一人である。

私自身、何度か野村さんの代理人として訴訟を担当し、
そしてその成果は、私のブログ・ホームページにも紹介させて頂いている。

そのときは、議員の濫用は「政務調査費」であった。
「政務調査」という名目で、どう見ても、私的な利用としか思えない出費をして
税金である「政務調査費」から使っていたのである。

全く恥ずかしいとしか言いようのない税金の無駄遣いである。

ところが2012年の地方自治法の「改正」によって、
税金の支出は、「政務調査費」から「政務活動費」と拡大された。

これは改悪としかいいようがない。
なぜなら、何でもかんでも、議員の「活動」とされる可能性があるからである。

従来の「政務調査費」でも濫用がなされており、それを十分にチェック出来ないにもかかわえらず、「政務活動費」とその対象範囲が広がれば、さらに濫用され、とうてい的確なチェックが出来ないだろう。
このことは、2012年「改正」時にも十分に分かっていたことである。

野村さんは、この改悪で、議員のチェックがしにくくなると述べていた。

今回の「号泣」議員、野々村竜太郎氏のケースは
実際の出費が疑わしい、という点では、「活動費」の「濫用」というケースではなく
それ以前の話であるが、「活動費」については
それなりの領収書をつけて、「活動」はしているように見えるケースなら
真に十分にチェックが出来るのかどうか疑問が残る。

現実には、私は、良心的な地方議員が政務のため活動すればするほど
経済的にも大変な事は知っている。
しかし、市民が十分にチェック出来ないような「システム」は
それ自体がおかしいと言えるだろう。
何故なら、市民が(地方自治の)主権者だからである。
その市民が、税金のチェックが出来ないようでは
全く本末転倒としかいいようがない。

「号泣」議員の問題は、決して、彼だけの問題ではない。

民主主義の問題である。
by kazuo_okawa | 2014-07-20 21:35 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
7月18日付け朝日新聞朝刊に、元自民党幹事長野中広務氏のインタビューが出ている。
ハト派の実力者に、今だからこそ聞いてみたいとインタビューしたという。

見出しだけを見ても
「老兵は闘う」
「集団的自衛権 公明はなぜ折れた ブレーキ役を担え」
「右向け右のこの国 たまには左向け 戦争の傷跡を見よ」
とあるように、良心的保守派からみて、今の安倍政権がいかに危険なものであるかを
的確に批判している。

そのインタビューは、是非、朝日新聞で全文をお読み頂きたいが、
野中広務氏といえば、私には非常に懐かしい思い出がある。

70年代のことである。
私の母校、京都府立桃山高校で学園紛争が起こり、それが原因で、
友人が退学処分となった。
それは私達にとっては到底納得しがたいことであり
私達はその友人の処分撤回を求める運動を始めた。

その運動の課程で、私達は、京都府議会にも働きかけた。
そのとき私達の問題を真摯に受けとめて、議会で、質問までして頂いたのが
何と、若き日の、野中広務府議会議員(当時)だったのである。

結果的に処分撤回にはならず、
また当時の京都府政が社共政権であるという背景があったとしても、
自民党の、そして、野中議員が、私の友人の退学処分を議会で
取り上げて頂いたこと自体は、紛れもなく、
彼のヒューマニズムの表れであったと私は思っている。

そのエピソードは40数年経っても忘れられない。
by kazuo_okawa | 2014-07-19 22:52 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
創刊以来、定期購読している「週刊金曜日」が、最新号で1000号を迎えたという。
大変素晴らしい。
良心的な週刊誌がほとんどない中、数少ない貴重なリベラル誌である。

私が関係した事件も幾つも報じて頂いた。
その意味でも有り難い。

1000号の表紙は、集団的自衛権の閣議決定に反対して国会前に集まる人々を写し
そして中央に「主権在民」と掲げている。
「主権在民」がまさに踏みにじられたわけである。

「国民主権」と言う言葉を使わないところが良い。

戦争国家へと突き進む安倍政権のその象徴的な閣議決定の時期に、
「週刊金曜日」は無事1000号を迎えたが、
次の1000号はどうなのだろうか。

誰しもが書いているように
「週刊金曜日」がもっと売れ、そして類似の良心的なリベラル誌が
増えないとこの国は危うい。

「週刊金曜日」を心から応援する次第である。
by kazuo_okawa | 2014-07-18 23:00 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

「徴兵制」はありうる!

ニュースによれば、7月15日の国会審議において
安倍首相は、徴兵制が敷かれるのではないとの質問に答えて
「徴兵制は憲法上あり得ない」と答えたという。

確かに、徴兵制は憲法上あり得ない。

しかし普通に憲法を文言解釈すれはありえない集団的自衛権を
(そしてこれは、歴代自民党内閣も「あり得ない」と否定してきた集団的自衛権を)
安倍首相はいとも簡単に閣議決定で認めるに至った。
恐ろしい話である。

一体全体このような安倍首相が、「徴兵制は憲法上あり得ない」と言ったところで誰が信用出来よう。
いつか憲法解釈として、徴兵制は憲法上も認められるとまで行きかねない危険性を、どうしても否定し得ない。

更に安倍首相は同国会論戦にて
「憲法を正しく解釈するのが内閣の役目」とも
答えたという。

阿呆らしくて話にならない。

憲法に規制される側(本件では安倍首相)が、憲法解釈することのおかしさは
これまでも何度も指摘してきた。

またそもそも、先の安倍発言は、我が国の三権分立の理念からしても間違っている。

何とも危うい安倍内閣であるが、安倍発言を聞く限り、徴兵制の危険は常にある。

他国間の紛争に、第三者が介入するのが「集団的自衛権」であるが
そのようなことをすれば容易に戦争に巻き込まれる。
そのようなときに、自衛隊員は自ら命の危険性に巻き込まれる。
そのような背景事情から、自衛隊員が減少すれば、
次にあがってくるのは、徴兵制である。

果たして「徴兵制」のある国にして良いのか。
いやそもそも戦争国家にして良いのか。
若い人には是非とも考えてほしい。
by kazuo_okawa | 2014-07-18 01:44 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
7月15日付け朝日新聞朝刊に
名人戦初となる3度目の復位をした羽生名人のインタビューが
掲載されている。
そこで羽生名人は「最近は経験をどう生かすかを考えることが多くなった」と
述べている。

文藝春秋8月号でも羽生はインタビューに答えているが
そこでも「経験」について述べている。
「経験とともに覚えることにこだわらなくていいと思えるようになる」
「経験を積んで自分で向上したと思うのは、見切るということに関してでしょう」
「(もともとの大前提を全てひっくり返すような指し方が出てきたときは)自分の経験則はむしろじゃまになってしまう」

記憶力と練習量は、若手実力者の方が勝っているだろう。
だからこそ、羽生は、若手よりも優位な「経験」について
真剣に考えているに違いない。

それは単に経験を利用するという意味でなく
じゃまになる経験は切り捨てる、という発想も含めての
「経験の生かし方」である。

しかし、その見極めは難しい。

いや、むしろ、普通は、そんな見極め(経験をどう生かすか)など
考えずに、ただただ、経験に乗っかかっていることが多いのではないだろうか。
これは、私の自戒でもある。

羽生が「経験」について述べるところは色々と考えさせる。
by kazuo_okawa | 2014-07-16 23:16 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
「意外な結末」や「驚くべき真相」とあれば
本格ミステリファンとしては、それだけで惹かれてしまう。

一週遅れで大ヒット作映画「マレフィセント」を見た。

デズニィーの「眠れる森の美女」を、魔女の視点からみると大宣伝されている作品である。

原典は、王国のオーロラ妃の誕生会に呼ばれなかった魔女マレフィセントが、オーロラ妃に呪いをかけ、その呪いを解くには「真実の愛のキス」しかない。
それをフィリップ王子がキスをして呪いが解けて、目出度しめでたし。
まあ色々ありますが大雑把に言えばこういうストーリーですね。

【以下、ネタバレしていますのでご注意】

本作は、それを別の視点で見るという作品であり
ミステリで言えば、シャーロック・ホームズものをはじめとする
いわゆる「パスティーシュ」ものですね。
これは原典をふまえつつ、更なる面白さを提供しなければならないという制約のある
本格ミステリの一分野ですね。

結論から言えば本作は、良くできている。
魔女を主役にしなければならないのに、原典の魔女の「怖さ」をいかさねばならず
そこのバランスなど原典を生かすことが良くできている。

本作の意外な結末は
オーロラ妃を眠りから覚めさせる「真実の愛のキス」をするのが
フィリップ王子でなく、マレフィセントであるというところにあり
この結末がネット上、広がっている。
(フィリップ王子の存在感のなさから結末が読めた、とかね…)

まあ、それはそれで、本作の意外性(真実)であることは間違いないが
本格ミステリの「意外性」は出来る限り
後ろに、後ろに、持っていくというのが作者の「定番」である。
ならば本作はどうか。

本作のフィニッシィング・ストロークは
実は、最後にやってくる。

それは<私が「スリーピング・ビューティ」だ>というところである。

本格ミステリファンとしては、この場面が一番ぞくっとした場面である。
by kazuo_okawa | 2014-07-16 00:15 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
7月13日のNHK杯将棋トーナメントは見ていて大変面白い将棋であった。

後手北浜健介八段が対局前インタビューで振り飛車を宣言し
7六,3四,2六の出だしから、
その通りゴキゲン中飛車となった。
ゴキゲン赤飛車は超急戦となると激しい将棋になるので
観戦将棋派には非常に面白い。

ゴキゲンを受けて立つ豊島七段は一番激しい手を選択し、
自らゴキゲンを選んだ北浜八段も激しい応手を選択し
一気に面白くなった。

解説の始まるのが後手22手目5四銀という場面であり
いかに手番が早く進んだか分かる。

畠山鎮七段の解説がいい。
これは研究が生きる将棋であり、ミスをすれば力を発揮出来ないまま
終わることがあるので、大一番で避けられることもあるが
若手は真理を追究するためにむしろ実戦に挑んでいく、試していく、という。
無論、この若手が、豊島七段を念頭においた言葉であることは間違いない。

さてこの解説の場面である。
今は亡き米長邦雄永世棋聖なら、この解説の始まった場面でおそらく、
次のように言ったであろう。
米長は解説をしていてよく述べた、将棋ファンなら、お馴染みの「名セリフ」である。
「これはもうどちらかが勝ってますね」
「ええ、この場面でですか」
「私には分かりませんよ。しかし、この場面はすでにどちらかが勝ってます」

畠山解説の通り、北浜八段は詰め将棋作家であり、
接近戦(互いの玉が、詰むや詰まざるやの場面になること)が得意である。
しかし、豊島は、避けることなく接近戦に持ち込んだ。
これも素晴らしい。

結局、豊島は、73手で勝利した。

豊島は順位戦も好スタートであり、
「若手ナンバーワン決定戦」とも言われたつい先日の王座戦挑戦者決定準決勝では
中村大地六段も下した。

この勢いで更に活躍してほしい。
大いに楽しみである。
by kazuo_okawa | 2014-07-14 22:46 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

声を広げよう

集団的自衛権の閣議決定がなされたからといって
あきらるわけにはいかない。

「民主主義」「表現の自由」を信じて
我々の主張を拡散することが重要である。
「声」を広げることによって、集団的自衛権の行使を防ぎましょう。

知人から、下記のブログの拡散メールがきました。
私のブログをお読み方なら、既にご存じかもしれませんが
拡散をのぞみます。

>あるブログの紹介です。

http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/40768d2be233f251b6ff75903613f0db

【付記】
私のブログも、共感して頂いた方が広めて頂き感謝しています。

7/6大阪弁護士会集会を報じた記事で私が印象に残ったのは
「隣にいる人が誰なのか分からないくらい(多くの人が集まった)」という
くだりでした。
互いに名を知らなくとも、同じ思いを共有する。
これぞ民主主義だと思います。
同じ思いをする人と気持ちを共有するために
今後も発信していきますので宜しくお願い致します。
by kazuo_okawa | 2014-07-13 16:20 | Trackback | Comments(0)
7月12日の朝日新聞朝刊によれば
「乗降客の映像 無断流用」という見出しと共に
オムロンが,JR東日本の依頼で行った流動調査のための映像を
不審行動を割り出すセンサー技術の開発研究に用いて
更にそれを情報通信研究機構に報告していたという。
オムロンは同機構から約2億5千万円を受け取っていた。

そしてオムロンはこの研究で、改札の不正通過や混雑、
放置物、滞留、けんか、うろつき・徘徊(はいかい)、
しゃがみ込み、ごみ箱あさりの8種類の行動を
「不審行動」と位置づけ、不審行動をとった人を追跡するシステムを開発した、という。

撮影された人は実験目的であることを知らされないまま映像を利用され、
オムロンの研究材料にされたわけである。

オムロンによると、「撮影中」などと告知していたというが、
情報通信研究機構やオムロンの研究とは知らせていないし、
無論、撮影される者の同意もとっていない。

プライバシーの配慮に欠けることはなはだしい。

この事態に、JR東日本は、あってはならないこと、とオムロンを批判している。
しかし、JR東日本の映像自体、後の、追跡システム研究を可能にしたと言うことは
顔その他の個人識別事項をそのまま撮っていることになる。
しかし、流動力調査に、何故、顔その他個人識別がいるのか。

JR東日本自身も、とうていプライバシーに配慮しているとは
私には思えない。

どうも研究者には、研究目的なら少々のことは許されると思っているのではないだろうか。
勝手に、他人を撮影する、そのこと自体が、プライバシー権侵害であることを
繰り返し指摘する必要があるだろう。

オムロンには、会社見学をさせてもらい、好感を持っていただけに残念でならない。
by kazuo_okawa | 2014-07-13 00:01 | 情報・プライバシー | Trackback | Comments(0)
7月4日付け日経新聞朝刊のコラム「春秋」に、
米フェイスブックが謝罪に追い込まれたという大変興味深い記事が紹介されていた。

それは69万人の会員を対象に、彼らの頁に表示される友人の投稿の一部を勝手に握りつぶしたという実験である。一部グループには暗い内容を削り、明るい話題を目立たせると、その会員自身の発言も前向きになり、別のグループには暗い話題ばかり読まされると、後ろ向きになったという。

その実験結果が科学専門誌に発表され、利用者がそれを見つけて批判が集まったという。

登録時に、利用者が「同意」した規約にこうした利用法が盛り込まれている、というのが会社側の言い分だったが、結局は、会社は謝罪に追い込まれた。

そりゃあそうですよね。
幾ら規約があろうとこんなことまで想定してませんよね。
要するに、幾ら「科学専門誌」に発表する学問的実験だからといって、勝手にこういう実験をすることは許されない、ということである。

この記事は、大阪駅前顔認証実験を進めようとしている「映像センサー使用大規模実証実験検討委員会」というところの議論を想起させる。

同委員会は、「学問の自由」の名の下に、実験しようとしているようだが、同意無くして他人の人権は侵害しえない。
米フェイスブック社実験はそれを明らかにしている。

また、大阪駅前顔認証実験において、かつて「顔認証実験中」と表示しておけばよい、という議論もあったようだが、そこを通らざるをえない(利用せざるを得ない)ものにとって、表示をみて、カメラの前を通ったからといってそれは「真の同意」ではない。
米フェイスブック社実験はこのことも明らかにしている。
by kazuo_okawa | 2014-07-10 22:06 | 情報・プライバシー | Trackback | Comments(0)