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by kazuo_okawa

<   2014年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

日本将棋連盟会長で十七世名人の資格を持つ谷川浩司九段が順位戦のA級からB級1組へ降級することが1月11日未明に決まった、という。
 今朝の朝日新聞一面を見てしばし残念な思いに駆られた。

 今期、陥落の最有力候補であったが、現実に陥落を目の当たりにすると実に寂しい。
 残り2戦を残して陥落が決まるというのも残念だが、逆に言えば、あきらめのつく見事な「陥落ぶり」とも言えよう。

 谷川浩司の魅力は、なんと言っても、(「番外戦」など一切行わないのは無論のこと)「一手差」で無難に勝つなどの戦術はとらず、美しく、最短距離で勝つところにある。
 「光速の寄せ」と言われる所以である。

 1977年頃から、私は弁護士を目指して司法試験の勉強を始め、勉学第一の生活を始めたが、谷川浩司の将棋は大変気になった。
 私は、78年に初めて司法試験を受けて短答試験不合格、79年には短答試験に合格するも論文試験に不合格、そして80年に3回目で短答・論文・面接の全てをクリアして司法試験に合格し、その後、2年間の修習生活を送ることになる。
 言わば、一段、一段階段を上がる感じであったが、合わせるように(と言っても、実際はこちらが「一ファン」として谷川浩司に注目していただけなのだが)谷川浩司は78年から82年へとかけて、毎年、C2,C1,B2,B1そしてA級と疾風のごとく駆け上がっていった。ファンとしては頼もしく心躍らせたものである。
 同時にそれは、同時期に法曹を目指す身にどれだけ励みになったことか。

 スポーツであれ何であれ、人々は、ひいきのスターに自らを重ね合わせ、応援するとともに、それを自らの励みにすることは少なくないだろう。
 私の場合、法曹を目指して進んでいく時期と重なったこともあり、間違いなく「頭脳格闘技」(将棋)の若きスター谷川はその一人だったのである。

 80年は、私が司法試験に合格した年であるが、谷川浩司はB2。かの有名な、芹沢九段との一局が行われた年でもある。
 82年は、私は修習2年目で、谷川浩司はA級になっていた。
 この年、中原誠対加藤一二三の歴史に残る名人戦10番勝負が行われ加藤が奪取した。
 私は、関西将棋会館の解説会でその歴史的場面を見た。

 続く83年は、私は新人弁護士一年目。
 A級谷川浩司は前年度当然のように挑戦権をつかんで、名人加藤一二三に挑み、この83年、「あたかも目の前のミカンを手につかむように」(芹沢九段の言葉)名人位を奪取した。
 このときも、私は、関西将棋会館にいた。
 解説は、「だるま流」森安秀光九段。私は、「谷川新名人」が決まった瞬間、大盤をにらんだまま、しばらく声を発することが出来なかった森安の様子が今なお目に焼きついている。

 以後、谷川は名人も併せてA級に32期連続で在籍したのである。
 見事としか言いようがない棋界のビッグスターである。
 その彼が、今回は、自己の対局でないところで、しかも未明の時間に陥落が決まったという。
 これでこのまま終わるのでは、ビッグスターに似つかわしくない。
 今は、会長職に忙しい谷川であるが、落ち着いたとき、きっとA級に戻って来るに違いない。
 それが、楽しみである。



【追補】

朝日の1月11日付け夕刊にも谷川陥落の記事が出ており、
文中、「ちょっと早いけど僕の自叙伝です」(毎日新聞社)が引用されていた。
そこで書棚から同書を探してぱらぱらと読み直したところ
先のブログの「勘違い」に気付いた。

谷川が、芹沢九段と一局交えたのは、谷川が七段のとき、
つまり「鬼の住み家」と言われたB1のときで、一年ずれていた。
どうやら、谷川がB2で初めて対戦した中原一六世名人の時と混同していたようである。

ちなみに芹沢九段の書物も書棚から引き出して数冊パラぱらっと再読した。

酒好きの芹沢が、三日前から酒を断ち、全ての仕事をキャンセルして、
対谷川戦にのぞみ、元天才芹沢は見事に谷川を負かすのである。

負けた谷川は前著「自叙伝」でその対局を振り返り
「そのときの芹沢先生は、さすがに強かった」
「芹沢先生との対局は、それが最後になった。一戦して一敗。忘れられない対局である」と記している。

一方、芹沢は勝ったものの、谷川を絶賛している。
芹沢が谷川を絶賛している文章は幾つもあるが、例えば「どんと失敗、どんと成功」では
たった一局であるが、一番だけでもさせたことに
「将棋指しになってよかった」と述べている。

尚、前述ブログの芹沢の引用部分も正確には以下の通りであるので修正する。
芹沢は、中原以上に才能のある米長、内藤が未だ名人になれない、その思いを綴った後
谷川は「目の前にある好きな果物を手に取るように、いとも易く名人位を獲ってしまったのである」と
記している(「王より飛車が好き」(サンケイ出版)より)。
(1月12日追記)
.

by kazuo_okawa | 2014-01-11 23:40 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

「労働法」の最終講義

本日は、私が講義に赴いている大阪府立大学経済学部における「労働法」の最終講義であった。

一年間の締め括りゆえ若干の思いを込めて終える。
とはいえ、正確には、あと一回、試験の為に出講するのだが。

若い人を相手に話をするのは結構楽しく
現在、龍谷大学と合わせて2校に講座をもたせて頂いている。

つい先日、学者の刑事立法研究会に呼ばれて
私が関わった最近の判例を報告するという機会があった。
その報告の後、若い学者が近寄ってくれて名刺交換をした。
その彼は、関東の大学に勤める研究者なのであるが
「龍谷大学で、大川先生の講義を聞きました」と聞かされ
驚くと共に大変嬉しく思ったものである。

私の講義を聞いて頂いた方が成功され、そして、思わぬ形で
受講生だったと明かされるのは、大変心地よい驚きである。

龍谷大学の場合は法学部であるため、その卒業生と
司法界で出会う可能性は少なからずある。

しかし、大阪府立大学では講義の対象者は経済学部生であり、
司法関係に来られる方は、おそらくほとんどないであろう。

それゆえに、大阪府立大学経済学部の卒業生の方と
思いもかけぬ意外な場所で出会ったときに
「講義を聞きました」と言って頂けると、嬉しい。

「労働法が役に立ちました」と言って頂けると、もっと嬉しい。

【2015年8月7日追記】
留年生がいたため、引き続き府大で労働法の講義をしている。
とはいえ、実際に、今年度で終了する。
尚、本文記載の通り教え子から挨拶を受けるのは嬉しいものだが、昨日(2015年8月6日)ある集まりで、とある司法修習生(68期)が「龍谷大学法学部出身です。学生時代、先生の講義を聞きました」と挨拶に来てくれたのも嬉しいものでした。
by kazuo_okawa | 2014-01-10 20:57 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
今期A級順位戦で、谷川が渡辺に負けた。
渡辺5勝2敗、谷川1勝6敗である。

谷川の降級の可能性が一段と高まった。

渡辺は、かつて、谷川の棋譜を並べて勉強したそうだが
この二人には共通項がある。
二人とも、「中学生棋士」である。
中学生で将棋のプロ棋士になったのは
他には、加藤一二三九段と羽生善治3冠のわずか4人のみであり
まさしく「天才中の天才」である。

そして、この4人中、谷川と渡辺にはいわゆる同世代のライバルがいない。

羽生などは、森内竜王・名人をはじめとする「羽生世代」のライバルだらけであり
特に、羽生・森内が、小学生時代から約30年の時を経た今日でも
ライバル同士というのは驚異的ですらある。

ライバルの存在は互いに力を高め合い、
ある意味では大変心強い「戦友」であるとも言えよう。

ところが、谷川と渡辺には際だった同世代のライバルがいない。
谷川などは、「序盤のエジソン」田中寅彦九段がライバルと期待されたが
結局は長続きしなかった。

その谷川は、29歳の4冠王をピークにして、その第一人者の座を
羽生に譲り渡している。

渡辺は、今年30歳になる。
渡辺が、谷川同様に、29歳の3冠王の時が一番ピークだった、となりかねない。
無論、そのようなことがあってはならない。

ただ谷川の場合、地位を追いやった強敵は、下の世代(羽生世代)であったが
渡辺の場合は、森内名人に「竜王」を奪取された通り、相手は
上の世代(ここも羽生世代)であることだ。

1月12日から始まる渡辺対羽生の王将戦。

七大タイトルの中で王将戦は、歴史的には意義のあるタイトルであるが
現在では、主催社、賞金額などから、もっとも存在感の薄いタイトルである。
しかし、今期の渡辺対羽生の王将戦は別である。

渡辺は上の世代にこれ以上負けるわけにはいかないだろう。
一方、羽生は来たるべき「名人戦」へつなげるためにも負けられない。

この一局は、将来の将棋界に影響する実に大きな一局である。

この対局、どうなるのか。
実に楽しみである。
by kazuo_okawa | 2014-01-09 23:40 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
「殺意の構図 探偵の依頼人」を読む。
作者の深木章子は元弁護士であり、
弁護士を廃業して作家に専念し書かれたミステリである。

ミステリとしては三転四転する作品である。
「どんでん返し」ミステリの好きな方には大変面白い作品であろう。
また作者は弁護士経験があるため、司法実務など
非常にリアルでその点も興味深い。

しかし、私自身が弁護士であるためか、些細な点ではあるが
どうしても気になる部分がある。
そこでこのブログでは、ミステリとしての作品の評価は別として
私が弁護士であることから気になった部分について触れる。

<以下、ネタバレしています>

それは、「接見交通権」に関することと、最後の事件の動機である。
とりわけ「接見交通権」に関する部分は、実は、読みながら
妙に気になっていた部分である。

接見交通権とは、憲法上認められた人権であり
平たく言えば、勾留されている被疑者・被告人が
立会人無しに、弁護人と会える権利である。
これが弁護人以外の者(例えば、家族)との面会なら、必ず、立会人がつく上
そもそも、面会自体が制限されることもある。
しかし、全ての人との面会が禁止されているときでも
被疑者・被告人は、資格を有する弁護人と立会い無くして会えるのである。
これは、被疑者・被告人の防御権を全うするために、専門家のアドバイスを
言わば「秘密」の状態で受けることを意味する。

以上を前提にして、私が気になった一つ目は、この弁護人接見を
当局が「20分」と制限する場面である。
物語の最初の方で出てくるので、これがいきなり引っ掛かる。

この制限は、作者が作中で詳しく解説しているとおり
いわゆる「接見指定」と呼ばれるもので
はっきり言って、「接見妨害」以外の何物でも無い。
20分では、とうてい、事情聴取、打ち合わせ、適切なアドバイスができないことは
誰しも想像がつくであろう。

私自身も、過去何回かこういう「接見指定」をうけたことはある。
こういう「接見指定」のあり方については、弁護士会あげて激しく問題にし
また数々の国家賠償請求訴訟などを起こして闘ってきた。

その経過は省くが、結論から言えば、裁判員裁判施行前の
2008年5月には、警察庁、最高検察庁が通達を出して、
接見の運用は大きく改善されたのである。

以降、最近では、検察庁特捜部事件などの特別な例外を除き
接見時間の制限という事例はほとんど報告されていない。

つまり、「殺意の構図 探偵の依頼人」に出てくる「接見時間20分」の運用は、
現時点では、よほどの例外の場合しかありえず、従って、本作のような運用が
されているのは、実は2008年5月以前のことなのである。

私は、ここを読んだとき、本作は、事件発生日時にトリックがあり
その伏線か、と思ったくらいである。
(無論よく考えれば、そんな専門的なことが伏線になるはずはないし
またそもそも作品を読み進んでいけば、裁判員裁判であることがわかり
つまり、運用改善後であることがわかるのである。
どうやら作者は2007年に弁護士を辞めておられるようなので
そのため最近の運用は経験しておられなかったものと思われる)

その点はさておき、私は、どうにもこの点が引っ掛かったのである。

しかしこの部分は、ミステリとしての作品に影響しない。
従って、ある意味では、どうでもいいことだとは言えるだろう。
しかし、元弁護士の作品ゆえ、読者が、現在もそうだと誤解される危険はある。

もう一つは、「朱実殺し」の真相に関係する。

ミステリの手法の一つに「間接正犯」トリックがある。
間接正犯とは,Aが,Bを利用して,Cを殺そうとするとき
Aは直接,Cに手を下してはおらず、
間接的であるため、このAを間接正犯と呼ぶ。
例を挙げれば,AがBに「この薬をCに飲ませてちょうだい」と頼み
Bが,Cに薬を飲ませたところ、実は、その薬は毒薬であったためCが死んだ、
というような例である。
Bは、全く「人形」として利用されただけであり、法的には責任は問われない。

ミステリの世界に話を戻せば、このBが意表を突く人物であればあるほど
Aが真犯人と見抜くのは難しく、そして、一方、謎解き場面の意外性は
一挙に増すのである。
(ここまで書けば、とある有名作家の名作を思い浮かべる方もいるだろう)

さて本作である。
実は本作では、そのBは、何と!主役級の弁護士なのである。
これは非常に面白い発想である。
おそらく多くの方の意表を突いたことであろう。

しかし、この点も、私が弁護士であるが故に
どうにも気になるのである。
前述の通り、接見交通権は、誰の立会いも無くして
弁護人と会える権利である。

ではそのときに、被疑者・被告人は、弁護人に違法なことを頼んだりしないのか。
立会いの無いのをよいことに違法な相談はしないのか。
無論そういうこともあるかもしれない。
しかし、弁護人は、被疑者・被告人の正当な権利の擁護者であって
違法なことには決して荷担しない。
弁護士倫理として、厳しく戒められているのである。
それは、「証拠の包丁を隠蔽してくれ」などという直接的な要望に応えられないのみならず、「女房に『天井裏の紙袋を、社長に渡してほしい』と伝えてください」というような
怪しい伝言も伝えられない。

弁護人はそこで「スクリーニング」する訳である。

こういうスクリーニングは弁護人として、当然、行うべきであるが
本作では、弁護人がスクリーニングしている様子が全く見えない。
弁護士倫理の規制を受ける弁護士としてはこれはどうなのか、と
読みながらどうしても気になるのである。

そして、ラスト。
実はこの弁護士が殺人を犯す。
あっと驚く場面である。
しかし、その動機はどうなのか。
依頼者に騙される弁護士は少なくない。
どの弁護士でも多かれ少なかれそういう経験はしているであろう。
そうであれば、弁護士たる者がこのような動機で殺人を起こすか、というのが
最後の疑問である。

もっとも以上の点は、私が弁護士だから感じたところであろう。
どうぞ気にせずに読んでいただきたい。
冒頭に述べたとおり、ミステリとしては三転四転して大変面白い。

とはいえ、実務に詳しく、実務と違う記載のあるミステリに対して
よく批判されていた今は亡き佐野洋氏が存命なら
どのように語られたか聞いてみたい気もする。
by kazuo_okawa | 2014-01-09 02:19 | ミステリ | Trackback | Comments(3)
1月6日付け朝日新聞によれば
JR大阪駅の駅ビル「大阪ステーションシティ」で
通行人の顔をカメラ約90台で撮影し、その顔の特徴を登録して
同一人物を自動的に追跡する実験がこの4月から始まる、という。
顔認証技術の精度を確かめるのが狙いで、データは
個人が識別できない処理をしたうえで、JR西日本に提供される。

これは総務省所管の独立行政法人「情報通信研究機構」が
JR西日本とステーションシティを運営する「大阪ターミナルビル」の協力を得て、
2年間実施する、という。

実験では、各カメラで3メートル四方にいる数十人の顔を撮影する。
両目間の幅など100カ所程度の各人の顔の特徴を抽出して
特定のIDを与えて登録し、別のカメラが同じ特徴を持つ顔を識別すると、
同一人物と判断して追跡する仕組みだという。

以上が、朝日の記事の内容であり、監視カメラ技術の進歩など色々な事を考えさせるが、
一番思うのは、道行く人の了解を取っているのか、
(あるいは少なくとも知らせているのか)
ということであろう。

勝手に、人の顔を撮影するのは肖像権の侵害である。
ところが、この実験は単に、顔の撮影だけでなく
その人の行動を追跡するのである。

普通に考えて、単に「肖像権」以上の権利侵害だと通常考えられるのではないだろうか。

これで思い出すのが、約20年前に、
釜ヶ崎合同労組委員長稲垣浩氏の依頼で
後藤貞人弁護士と私が受任した(後に大弁護団に拡大)釜ヶ崎監視カメラ撤去訴訟である。

この裁判は、地裁、高裁、最高裁といずれの判決も
釜ヶ崎内の監視カメラ15台中、合同労組の建物を狙ったカメラについて
それは犯罪予防の目的を超えるとしてその1台の撤去を認めたのである。

この裁判で、私達は、肖像権以上の権利侵害があるとして
それは「監視されない権利」だと構築した。
判決は、私達が主張したこの「監視されない権利」を
プライバシー権と同じだとして
結局、前述のカメラ1台の撤去を認めたのである。

この判決は,初めて、公道でも(顔をさらして歩いていても)
プライバシー権が認められるとした、画期的な判決である。

冒頭の朝日新聞の記事は、この監視カメラ撤去訴訟を想起させる。

無論、公的エリアか私的エリアか、
或いは目的は何か、目的外使用はないのか、など
細かい議論はある。

しかし、重要なのは、道行く人の行動を
勝手に撮影するのは、何よりもまず、プライバシー権侵害である、
ということを誰しもが自覚するべきということであろう。
規制や利用の議論はその次である。

そうでないと「人権を尊重する社会」とは到底いえない。
by kazuo_okawa | 2014-01-08 00:35 | 情報・プライバシー | Trackback | Comments(0)
「将棋世界」の最新号(2014年2月号)を読む。
森内名人が「竜王位」も奪取した後の
インタビューが良い。

森内名人は謙虚である。
年下の渡辺竜王から、竜王位を奪取し
名人・竜王とまさしく棋界の第一人者に成ったにもかかわらず
実に謙虚である。

技術解説も興味深い。
例えば第一局、後手4四金の後の変化について
渡辺は、7七銀引きと読み
森内は、7七金直と読んだという。
王の回りに金銀が集まるか
或いは離れるか、真逆の発想である。

素人目にいつも驚くのは
バラバラであった金銀がいつの間にか
王の回りに固まってしまう渡辺のプロの技である。
一方、森内は、金銀が王から離れ
これでいいのかと思うのだが
不思議にゆったりと王を守っているという、これまた至芸である。

いずれもアマチュアにはとうてい真似の出来ない技術であるが
この二人の将棋観の違いが先の通り
読みを異ならせたのである。

こういう技術解説もよかったが、一番面白かったのは、
森内の語る渡辺の将棋観である。

将棋という勝負は、かつては、番外戦も交えた極めて「人間臭い闘い」であった。
大山康晴第一五世永世名人の、タイトル戦前日からの心理戦も含めた番外戦は有名である。
例えば、大一番の前日にもかかわらず、何事もないように、前夜祭の夕食を
皆の前で、目一杯たいらげる。
このことによって、対戦相手を圧倒するのである。

しかしてそのトリックは、大山は、その日の昼食を抜いて
夕食に備えていたのである。

こういった大山の番外戦は今では「伝説」とも成っている。

しかしそれは、時代と共に、将棋は「番外」で闘うのではなく
真理を追究するような勝負に変わっていった。
例えば谷川浩司第一七世永世名人は、番外戦は行わず
加えて「美しく勝つ」ということにこだわった。
これは「盤上この一手」という最上の一手を追求する美学である。

そして、「谷川以後」に登場した渡辺は、
「運」も「ゲン担ぎ」も「調子」も信じず、
合理主義の極致に達したような棋士である。

ところが、森内の語る渡辺の合理性が興味深い。
森内曰く、
渡辺は、相手を見て、無理な仕掛けでも
(適切な応答を)やってこないと思えば仕掛けるという。
渡辺は、番外戦こそやらないが、
決して、「(対戦相手を離れた)盤面最上の一手」を目指すのではない、
ということがわかる。

これは、巡り巡って、人間臭い大山流でないのか。

渡辺の意外な「合理主義」に驚いた次第である。
.

by kazuo_okawa | 2014-01-06 23:54 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
本日(1月5日)の朝日新聞の一面トップ記事が良い。

「検事、裁判証言誘導か」
「出廷前の共犯者に」
「宮城殺傷・死刑判決」
という大きな見出しとともに
検察が証人に対して行う「証人テスト」の問題点を鋭く指摘している。

「証人テスト」といきなり書いても、一般には
何の事か分からないかもしれないが
要するに、検察側証人が、本番の法廷で証言する前に
その証人に対して、検事が行う事前打ち合わせの事である。
では何故「打ち合わせ」といわないのかと言えば
「打ち合わせ」と言えば
「ああ言いなさい」「こう言いなさい」と証言する内容を
誘導するようにとられてしまうので
「証人テスト」と呼ばれている。
つまり誘導したりするのではなく
あくまで客観的にテストするに過ぎない、というわけである。

しかし、問題はこの「証人テスト」は「密室」で行われるということである。

そこに本当に誘導はないのか、と鋭く指摘したのが
本日の朝日の記事であり、しかも
2010年の3人殺傷事件で死刑判決を受けた事件の裁判員裁判で、
そのとき検察側証人に立った証人(共犯者)が
「証人テスト」で、「犯行は計画的」証言するように迫られた、
ということを報じている。

密室の証人テストでこのような誘導が行われると
冤罪を生みかねず、とうていあってはならない。

更に朝日は、
別事件であるが実際の取調の録音テープを入手し
その約3時間の録音データには、
刑事裁判をゆがめかねない大津地検検事(当時)の
証人テストでの発言が記録され、それは
証言の誘導や司法取引まがいの交渉、そして証人への圧力、
であるとしている。
そして、朝日は、
同じような問題点はほかの裁判でも指摘されており、
適正な証人テストを求める声が高まっている、
と結んでいる。

朝日が報じた「証人テスト」の問題性は
弁護士の間では古くから知られているところであるが
一般には知られていない。
それを具体的な事件に照らして問題にし、
しかも録音テープを元にしているというのであるから
朝日の記事は素晴らしい。

このニュースを見て思いだしたのが約30年前
私が担当した「貝塚事件」である。
貝塚市のビニールハウス内で生じた
強姦・殺害事件という悲惨な事件の
冤罪事件であるが、その有罪判決、控訴審逆転無罪判決後の
再審事件公判のことである。
そこでの検察側証人が、事件から何年も経っているのに
法廷での証言があまりにも明瞭すぎた。
私が反対尋問で、証言前に事件の記録でも読んできたのか
という趣旨の質問をしたが、証人は無論否定する。
そこで続けて、検事さんと会ったでしょう、と聞いても
証人は、いいえ会ってません、と否定するのである。

面白かったのはこのときである。
公判検事は、あわてて、何と証人に対して
「そういうことは、本当のことを話していいんですよ」
と述べたのである。

このエピソードは、検事の発言もさることながら
その証人自身が、「証人テスト」自体も秘密にしておくものと
思いこんでいた事を物語る。

では、その密室で何が行われていたのか。

「証人テスト」の問題点は
約30年後の今も変わらないのである。



.
by kazuo_okawa | 2014-01-05 23:55 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
新年1月2日にBSフジで放送された
「The GAME 震えた日 
羽生善治vs谷川浩司『史上初の七冠制覇』」が
大変面白かった。

1996.年2月.14日に最後の王将戦のタイトルを
奪うことによって達成した、羽生の将棋界七大タイトル全冠制覇を
18年後の今、当事者2人、即ち勝者羽生善治三冠、敗者谷川浩司九段が
大崎善生、つるの剛士を交えて語るという
将棋ファンにとっては楽しみな番組であった。

内容は、羽生の七冠挑戦につねに立ちはだかった
谷川浩司との壮絶な戦いの歴史から紐解き
対局中のさまざまなエピソードや盤上の戦略を、
羽生、谷川本人が語り合い、そして、最後に
七冠達成の決め手となった対局を、当人たちの語りとともに
再現するというものであり、このような企画は過去にない。

将棋には勝負の終了直後に、両者が将棋を振り返って検討する
「感想戦」というものはあるが、
後日、両者が、一緒に対局を振り返るという企画はこれまでにはない。
敗者の気持ちを考えればこれは当然であろう。

しかし、それが今回、このような企画が実現したのは
それくらい、羽生七冠制覇の偉業が素晴らしい上
今や日本将棋連盟の会長である谷川が
大きな観点から将棋ファンのために了承したからに違いない。

敗者谷川の語り口は興味深い。
勝者羽生もおごらず、言葉を選んで話す様は印象に残る。

羽生はこの前年も、七冠制覇の直前まで行きながら
それを谷川に阻止された。
しかしその後一年、羽生は六冠を全て防衛しつつ
再び王将戦の挑戦者決定リーグ戦も勝ち抜いて
挑戦権を獲得するのである。
この凄さは形容のしようがない。

常に羽生の前に立ちはだかった谷川。
谷川からすれば急速に追いかけてきた後輩の実力者羽生。
谷川対羽生の激闘ほど面白いものはないが
しかし両者の語り口は極めて紳士的である。

大崎善生は当時、専門誌「将棋世界」の編集長であり
七冠制覇のシリーズを間近に見ており
且つ、七冠達成後「将棋世界・臨時増刊号」を発行している。
その大崎も振り返っており、テレビ番組として
面白くないはずはない。

その番組中、印象的だったのは
この王将戦に先立つ、別のタイトル戦のエピソードである。
羽生竜王が挑戦者谷川を迎え撃つ竜王戦で、
それは羽生が初めて、谷川の挑戦を受けるという初めての場面であったが
そのときチャンピオン羽生が、上位者の役割として、
駒袋から駒を取り出すときに、羽生の手が震えた、
というエピソードを、大崎が語っていたことである。

後年、羽生は、自己の勝利を確信するときに
手が震えることで有名になるのだが
初期の頃は違ったかと、妙に私には印象に残った。

こういう駒袋を開けるシーンは編集者として絵になるのだろう。
七冠制覇シリーズではどうだったか。
前著「将棋世界・臨時増刊号」を改めて読み返してみると
やはり大崎編集長は一頁使って羽生が駒袋から
駒を取り出すシーンを掲載している。
もっとも大崎はこの王将戦では
「羽生のしぐさ表情には、将棋への畏敬の思いが漂っている」と
キャプションに書いている。

番組では、七冠達成を決めた一局を再現し
それを検討している。
谷川が、敗者側として語るのは
さぞかし辛いものがあるだろうが
淡々と振り返るのはさすがにプロである。

ところが、前著「将棋世界・臨時増刊号」を
18年ぶりに読み返して驚いた。
この前年に、羽生が七冠達成に失敗した直後
共同記者会見をどうするかについて
記者が敗者羽生に「どうですか。嫌ならいいんですが」と
尋ねたときに、羽生は
「いいですよ、やりましょう」と拍子抜けするくらいに
あっさりと答えたという。

その様子に、毎日新聞加古明光記者は
青年羽生に「感嘆した」と書いている。

谷川、羽生、
自ら、敗者の弁を語ることも
超一流の証なのかもしれない。
.
by kazuo_okawa | 2014-01-04 22:48 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
ニュースに寄れば
安倍首相は、1月3日、今年始めて、ゴルフを楽しみ
同行した記者団から今年一年の豊富を聞かれて
「わくわくしながら一年を送る」と答えたという。

この人の頭の中には
「憲法改正」「戦争の出来る国家作り」しかないのだろう。
その思い描く方向に
突き進んでいるからこそ
「わくわくすような一年」なのに違いない。

国家安全保障会議はすんなりと通り
国民の多くが反対した特定秘密保護法も
強行採決した。
それでいて倒閣運動が起こるわけでなく
家族そろって和やかに新年を送り
多くの記者を従えて、ご機嫌で
ゴルフを回っているのである。

今後、我が国では
国家主義の風潮が醸成されるに違いない。
新年の各紙が
「ソチ・オリンピック」
「東京オリンピック」
「サッカー・ワールドカップ」など報じていたように、
今後も意識的に「日本」「国」が強調されるのであろう。
読売社説のごとく、「総力を挙げて」というようなフレーズも
繰り返されるに違いない。

「国家主義」が煽られる、今、
戦後守られてきた貴重な価値観、「人権」と「民主主義」が
大きな危機に瀕している。

特定秘密保護法のごり押し採決に見られるごとく
この人の思いとおりに進むと言うことは
「民意」「人権」がないがしろにされると言うことである。

今年一年
安倍首相を、決して「わくわく」させてはならない。
by kazuo_okawa | 2014-01-04 08:42 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

五大紙の元日の将棋欄

元日の新聞は各紙とも特集も豊富で
力を入れている。
将棋ファンにとって、新聞の棋譜の連載は
楽しみの一つであるが
新年を飾る元日にどのカードが掲載されるのかは
大変興味深い。
実は、毎年、新年の登場棋士を見るのも楽しみの一つなのである。

2014年元日は各紙以下の通りであった。

朝日、A級順位戦、羽生善治三冠対行方尚志八段。
毎日、A級順位戦、谷川浩司九段対久保利明九段。
読売、竜王戦6組1回線、佐藤慎一四段対上田初美女流三段。
産経、棋聖戦二次予選、谷川浩司九段対糸谷哲朗六段。

日経は棋譜掲載でなく
羽生三冠の「会心の譜」と題する
昨年の王座戦からの一局を語るという企画となっている。
ちなみに囲碁も、井山裕太六冠が昨年の
王座戦からの一局を振り返っている。

日経は、他紙と違って棋譜掲載は夕刊であり
その普段のスタイルとの関係で、他紙のように
朝刊の棋譜掲載はない。
ちなみに昨年の元日は渡辺竜王(当時)の登場であった。

元日に掲載される棋士は
以前は、各紙とも、ビッグネーム中心だったが
最近は必ずしもそうではない。
読売などは、主催する竜王戦の予選が始まった時期と
いう関係もあるが、近時は、名前にとらわれず、
期待の若手など中心とした好カードが多い。
(昨年などは、奨励会三段が登場した)

さて、今年の対戦者で目を引くのは
谷川九段である。
2紙に出ている。
無論、谷川九段が、実績・人気とも申し分のない第一人者であり
新年を飾るにふさわしいことは改めて言うまでもない。

しかし、今、谷川九段は、第17世永世名人でありながら
順位戦A級から陥落するのではないかという、最大の危機にある。

無論、谷川九段は、仮に、A級から陥落しても
将棋は指し続けるとは述べている。
しかし、陥落すれば今後、ビッグな舞台で活躍するのは
もうないかもしれない。
棋譜掲載の担当者はそう考えて
今の内にと、谷川九段を新年冒頭にあげたのではないだろうか。
これは私の想像に過ぎないが、
この掲載に、
谷川A級陥落の危機を却って感じてしまう。

もちろん、谷川ファンとしては、決して陥落はしてほしくない。
是非とも頑張ってほしい。
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by kazuo_okawa | 2014-01-02 00:21 | 将棋 | Trackback | Comments(0)