私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2013年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧

日本シャーロック・ホームズ倶楽部という
ホームズファンの集まりのサークルがある。

その関西支部例会に久しぶりに参加した。
(正確に言うと、「発表役」で参加したときはあったが、
一般参加者としての参加は十数年ぶりのことなのである。)

土曜日の午前中、朝早くから事務所で仕事を行い
そして午後の集まりに駆けつける。

発表者は2人。

一人目,M氏は、名うてのシャーロキアンであり
ストランド誌(A・C・ドイルがホームズものを発表した英国の冊子)の
各号の整理をされる。

そもそもストランド誌を持っておられること自体が素晴らしい。
何せ、一世紀前の書物ですよ。
しかもイギリスです。

これは、本当に、凄いことなのです。

そしてそれを整理されて発表された。
M氏の熱意には心から敬意を表します。

二人目、N氏は英文学専門の大学教授である。
こちらも素晴らしい。

「ジェイムズ・ジョイスとシャーロック」という実に興味深いテーマで
ジョイス「ユリーシズ」の中に出てくる「シャーロック」の言葉や
シャイロック(ベニスの商人)との関係を展開される。

これも専門家ならではの研究である。

実に楽しいひとときであったが
この楽しさは端に、同好の士の集まりということだけではあるまい。

まずその「熱意」が心を打つ。
遊びを一所懸命することが素晴らしいのである。

そしてそれだけでない。

意見交換で、いずれも、互いの意見をたてる。
いわば、大人の遊びとして知的遊戯を楽しんでいるのである。
余裕のなせる技であろう。

心地よいひとときを過ごし、
時あれば、今後も参加したいと思っている。

アイりーン・アドラーに乾杯。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-10 23:22 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

大阪府警の誤認逮捕

8月9日付の日経新聞によると
本年4月に、少女がスカートをめくられる痴漢事件があり、
大阪府警高槻署が、十分な裏付け捜査のないまま
無関係の男性を誤認逮捕したという。

またしても誤認逮捕か、と思うのであるが
怖いのは次の下りである。
(以下記事の引用)

<少女の母親がパトカーで通りかかった高槻署員に
「子供がさっき痴漢にあった。犯人は逃げた」と説明。
同署員は近くの路上をジョギング中の男性に職務質問をした。
男性は否定したが、同署員は少女と母親が「間違いない」と
話したのを信じて現行犯逮捕した。>

<しかし、母親が事件当時、現場におらず、犯人を見ていないことが
判明。少女が被害に遭った後にいったん帰宅し、現行犯逮捕の要件
を満たしていないことも分かったため、男性を釈放した。>

<その後、現場の防犯カメラに別の男が映っていたことが
確認された。>

即ち、男性は否定しているのに
犯行も、犯人も見ていない母親が(少女とともに)「間違いない」と
言ったことから直ちに「現行犯逮捕」をしているのである。

まさか、こんなに簡単に逮捕するのか、と思われるかもしれない。
まさかではなく、実際、するのである。

だから怖い。

逮捕の濫用については拙著「裁判と人権」(一葉社・改訂第4版)
にも詳しく書いているので関心のあるかたは
是非お読み頂きたい。

逮捕という「身体拘束」は大変な人権侵害であり
それゆえ法は裁判所に身体拘束して良いかどうかをチェックさせている。
いわゆる令状逮捕の原則である。

現行犯逮捕は、この令状逮捕の例外であり、
犯罪がおこわなわれた直後であることから
例外として認められたものである。

にもかかわらず例外のチェック
(つまり、犯罪直後か否かのチェック)が甘いまま、
いとも簡単に逮捕されているのである。

誰もがこのジョギング中の男性のように
誤認逮捕されうる。

だからこそ怖いのである。

こういう誤認逮捕は決して許しては
ならない。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-10 11:34 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
さて 文藝春秋の東西ミステリーベスト100のための
国内ベストテン。

私はその3位に、綾辻行人の「アナザー」をあげた。
(以下、ややネタバレしています)

同氏は京大ミステリ研の後輩であり
いささか身びいきととられるかもしれない。

同氏の作品の内、館シリーズなどは
まさしく京大ミステリ研的である。
個人的にははっきり言って好みである。
かなり迷ったのであるが、ここは
綾辻行人風の作品を選ぶことにした。

その意味で、「アナザー」は、
まさしくホラー好きである彼らしい作品である。

以下は、文芸春秋に送った私の書評である。

「ホラーもののようにとらえられているが
筆者は名うての本格作家である。
発端の謎、中段のサスペンス、そして結末の意外性、
これこそ本格ミステリであろう。
ホラー風味自体が仕掛けと知らされるのである。」

綾辻行人の作品をお勧めする。
.

[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-10 00:11 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
シャーロキアンである。

物心ついた頃から、ミステリにはまったのであるが
その最初の出会いが、シャーロック・ホームズである。

以後、パスティーシュ、シャーロッキアーナ、関連本と
どのくらいSH本を買ったことか。

私が国内ミステリ・ベストテンの第一位にあげた
東野圭吾の「容疑者Xの献身」には、
実は私は、シャーロック・ホームズの
影響ないしは類似性を感ずるのである。
(以下、ネタバレしてます)

主役の探偵ガリレオ湯川は尋ねる。

「人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、
どちらが難しいか」

尋ねる相手は天才数学者石神であり、
実は、真犯人なのである。

物語では、石神は
「興味深い問題だ。考えておこう」
とのべ、ここから物語が俄然面白くなる。

ちなみに、「人に解けない」は比喩であり
(実際に人に解けないのであれば
「その問題を解く」ということもありえない)
「人に解けないような」と解すべきであろう。

さて、どちらが難しいかの論理的回答は、私は知らない。
しかし経験的に(と言っても、私のもう一つの趣味である
将棋の経験なのであるが)答えは前者であろう。
人に解けない問題を作る方が難しい。

コンピューターは解くのに強い。
例えば羽生の作った詰将棋でも簡単に解いてしまう。
簡単な問題なら、瞬殺である。

しかし、こと詰将棋を作るとなれば全然駄目である。
私よりも劣るであろう(はは冗談ですよ)。

まあ、いずれにせよ、作る方が難しいのである。
それゆえ、謎(トリック)を作った石神の方が
その謎を解いたとしても湯川よりも優秀となるのである。

さて、ここまで述べれば、天才数学者にして犯罪王モリアティ教授を
想像しないシャーロキアンはいないであろう。

ホームズ対モリアティ。
湯川対石神。

実に面白い。
.
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-09 00:39 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
大阪弁護士会の会派の一つである
法友倶楽部の今夏のビアパーティのゲストに、
浪速のマジシャン・ルビー天禄師をお呼びした。

師は、私の、学生時代からのマジシャン仲間、言わば盟友である。
彼はプロになったが、ずっと応援している。

ビアパーティでも、160名強の参加者を相手に
素晴らしいマジックを披露していただいた。

彼は、キタ新地でマジックの店を2軒構えている。

競争の激しいこの業界で、2軒とも成功させていることは
驚異的ですらある。

成功の秘密とも言うべき彼の工夫は、
同じマジックを繰り返し見ても
耐えられるスタイルを確立したことであろう。

言わば、同じ落語を繰り返し聞いても面白いように
それをマジックに織り込んだのである。

それがどういうものかは実際に見ていただくしかない。

私自身の好みからすれば
ややくどい気がしないでもないパフォーマンスもあるが
日夜、酔客を相手にしていれば
それくらいが丁度なのであろう。

新地の「ワンオーシックス」
是非、のぞいてほしい。

【追記】
残念ながら、その後、ワンオーシックスは閉店された。今は、バーノンズバーだけを営業しておられる。

.

[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-08 23:30 | マジック | Trackback | Comments(0)
先に「 従業員は朝礼の唱和を「拒否」できるか?」という
ブログを書いた。

弁護士ドットコムの取材を受け
私のコメントが、弁護士ドットコム上に出ているのだが
判例中心の解説であるため、それに対して、
批判が出ているので、私がその感想を述べたものである。

そもそも
①法律問題の予測は、まず判例中心にならざるを得ない
②ドットコムの編集上、字数は限られている
③ドットコムはその取材目的に合わせて、取材対象者の
言葉をチョイスする

従って、私の考えが100%全て出るはずはない。
当たり前である。

こういう取材方式が問題だというのなら
それはそれで別問題であるが、
限られた範囲の中で「素っ気ない」と言われても
何とも言いようがないのである。

先に日経ビジネスの取材についてもこの
ブログに書いたが、そのときは、実際の取材時間は
かなりのものなのに、私のコメントはわずか二言である。

その二言自体は間違いでないが、私の言いたいことの
100%でない。
このときは誰からも批判を受けていない。
二言が私の発言の全てと誰も思わないからである。

今回も全く同じである。

私を支持する(というか、批判はお門違い)という
連絡も受けてほっとする。

どんなときでも批判する人はいるし、
嬉しいことに、私に理解を示してくれる人もいる。

一昨日、依頼者の方から「弁護士の仕事はストレスがたまるでしょう」と
聞かれましたが、支持してくれる方(無論、それは多くの依頼者が中心です)
がおられるため、結果として、ストレスが解消されているのでしょうね。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-08 20:07 | 労働 | Trackback | Comments(0)
弁護士ドットコムから取材を頼まれた。

そして、ドットコム上で自分の記事を読む前に
私への批判がメール上で流れていることを知る。

いわく「そっけない解説でお茶を濁している」など。

どんな法律相談でもそうであるが
どのようになるかの見通しはまず判例に依拠しなければない。

例えば、いくら配転に関する判例が厳しいと思っていても
配転事件の見通しを尋ねられたときは
東亜ペイント事件に依拠するであろう。
それと同じである。

ドットコムが、字数制限の中で、読者に必要と思う範囲で
編集する(私の言葉をチョイスする)のであるから
どうしても判例中心とならざるを得ないだろう。

私自身決して最高裁判例を支持している訳ではないが
そういう読まれ方をするのであれば
今後は、「判例批判を載せてくれないと
取材に応じない」とするのが
正しい方針なのかもしれない。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-08 11:37 | 労働 | Trackback | Comments(0)

脳天唐竹割り

8月3日付けの朝日新聞を読んでいたら
次のような言い回しが出ていた。

「(主役スターの)脳天唐竹割りなせりふがスパークした」

凄い表現である。

単に「そのせりふが頭に響いた」といった表現ではあき足らず
最大級の表現をしたということであろう。

しかし私が驚いたのは「脳天唐竹割り」という言葉が
普通につかわれたことである。

しかもプロレス記事ではなく、映画評のところで
何ら注釈なく普通に使われているのである。
しかも、天下の朝日新聞である。

とすれば「脳天唐竹割り」という言葉はすでに
一般的に認知されているのか、といささか感動したわけである。

ご存知ない方も少なくないでしょうが、
脳天唐竹割りとは、今は亡きプロレスラー・ジャイアント馬場の
得意技であり、空手チョップを垂直に振り下ろし
相手の脳天にたたき込む技を言う。

あたかも手刀で唐竹を割るかのごとき技というわけである。

時に馬場は、この脳天唐竹割りをジャンプして行う。

空手チョップを振り下ろすエネルギーに、ジャンプによる重力が加わって
その威力は倍加するといわれており、プロレス・アナウンサーは
ここで絶叫するのが、お約束である。

しかし、ジャンプした空中で腕を振り回しても、体の、作用反作用で、
どの程度、力になるのかは物理学的には不明であるが、
プロレスは物理学を超えた楽しみを与えるものであるゆえ
こんなことを言うのは野暮というものであろう。

まあ、ともあれ、朝日新聞のその
脳天逆落とし的な記事にエルボースマッシュしたわけである。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-08 01:20 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

試験・ラストメッセージ

大学で若い人たちに講義するのは楽しい。

学生からのどんな質問でも、こちらにとって勉強になる。

とはいえ、唯一、大変なのが試験の採点である。

最近は、学生の異議申し立て制度などがあるが
そういう制度のあるなしにかかわらず
一所懸命に書かれた答案には、こちらもきちんと応えたい。

そしてそれと同時に、多くの学生との間では
この試験の採点が、おそらく「お別れ」でもある。

無論、何年かたって「大川先生の講義を聴きました」と
出会う人もある。
これはこれで嬉しい。
いやあ正直なところ、実に嬉しいのです。

しかし、多くの学生とは、おそらく今後出会うことは
まずないであろう。

そう考えると、採点は、最後のメッセージでもある。

ラストメッセージ。
とうてい、おろそかに出来ない。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-08 00:31 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
麻生副総理の「ナチスの手口に学んだらどうか」の発言は
本人がいくら撤回しようが、きわめて問題であることは言うまでもない。
本人がとってつけたように「ナチスを肯定していない」といっても
そうはとられないであろう。
(現に、一部=手法は学ぼうとしている)

麻生発言に対す評価はマスコミや各種団体の
批判するとおりであり、私が改めて指摘するまでもないであろう。

さて新聞記事をよく読んでみると
麻生氏はその発言時、次のようなことも言っている。
「靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた
人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」

「静かに参拝すべきだ」の趣旨が、私人として行くべきだ、という趣旨なら
異論はない。
しかし、引き続く「お国ために」の一文をみると
どうもそうは思えない。
そもそも「私人」の立場なら、どんなに本人が大騒ぎしても
誰も問題にはしない。
政治家も、一私人としてなら「信教の自由」を有しているからである。

とすると麻生氏のこの下りはどういう意味なのか。

公式参拝は明らかに憲法違反である(高裁判例がある)。
にもかかわらず、中韓に騒がれないように
静かにやれ、というのである。

つまり、公式参拝(という憲法違反行為)をこっそりやれ
ということになる。
これは言わば「泥棒の論理」であり、ナチス発言と結局は同根なのである

ちなみに後段の「お国のために命を投げ出してくれた人に
敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」という発言もおかしい。

命を投げ出した人は、必ずしも、自ら進んで「お国のために」命を投げ出したとは限らない。

無理矢理、戦場にかり出され、「犬死」にになった者もいるのである。
そのような死者(そして遺族)にとっては、「敬意と感謝」などいらない、
という者もあろう。
にもかかわらず麻生氏は全て一律に一方的な押しつけをするのである。

この発想は、橋下氏の慰安婦発言と共通する。
(私の先のブログを読まれたい)

橋下氏は麻生氏を「行き過ぎたブラック・ジョークだったのではないか」と
かばったらしいが、橋下氏が麻生氏をかばうこと自体が最大の「ブラック・ジョーク」であろう。
[PR]
by kazuo_okawa | 2013-08-02 01:48 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)