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by kazuo_okawa
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カテゴリ:労働( 50 )

1月17日は、いわゆる阪神淡路大震災から丁度20年に当たる。

20年前、私は、大阪労働者弁護団の事務局長をしており、日々、情報(労災に関する行政通達など)を収集し、そしてそれを連日、団員に流していた(メールなど無い時代であり、ファックス送信である)。
また、起こりうる「労働問題」の為の「労働相談Q&A」を大沼邦博関大教授の協力のもと、団員の総力を挙げて急遽作成した。
実践面を重視したため、その内容は判例や行政通達に依拠している。

弁護士としての本来の仕事以外にも大きく時間を取られ、苛烈な毎日であったことを思い出す。

このときの「労働相談Q&A」は幸いにも好評で、その後、(我々の同意の下)色々なところに転用されたものである。
大阪弁護士会でも利用された。
後に、全体の「阪神大震災Q&A」の一部として書物にもされた。

あれから20年であるが、当時の「労働相談Q&A」を改めて手にとって感じるのは明らかに労働者の権利の後退である。
例えば「整理解雇」の解釈について、当時の解説(我々の作った「Q&A」)では、整理解雇は「4要件」説の名の通り、その要件の一つでもかければ整理解雇は有効ではない(つまり解雇は無効)と解説している。
しかし現在の目で見れば、強気な解説としか言いようがない。
最近の判例は、4要件説ではなくて、全て4要素説(総合考慮する)である。

そして労働法制自体が、この20年間、「規制緩和」の方向で、その後、労働者に厳しく改悪されていったことは周知の通りである。

地震列島日本で、どこで震災が発生するかわからない。
その偶然の事情で、生命の危険のみならず、「職」や「住」が危機に瀕すると合っては、生存権も人権も画餅である。

震災20年を振り返って必要なのは、何よりも「人権」の強化である。
その一つである労働基本権を、これ以上後退させてはいけない。
by kazuo_okawa | 2015-01-18 17:46 | 労働 | Trackback | Comments(0)
8日のニュースによれば、一定の要件を満たした労働者を残業代支払いといった労働時間規制の適用除外とする新しい制度について、厚生労働省が「年収1075万円以上」の人を対象とすることで調整し、16日の労働政策審議会分科会で、労働基準法改正案の骨子を示す、という。

要するにこれは、残業しても、残業手当を支払われることのない労働者を作ろうというものであり、そういう適用除外の労働者を「ホワイトカラーエグゼンプション」という。

これが使用者に取って使い勝手のよいことは言うまでもないであろう。
いくら働かせても残業手当を払わなくて良いのですからね。

このホワイトカラーエグゼンプションは、第一次安倍政権時代に一度制度化が画策された。

2007年3月、私は、読売テレビ「ミヤネ屋」に生出演しその危険性を訴えた。
そして反対の声の高まりと共に、ホワイトカラーエグゼンプションは制度化されることはなくなった。

時を経て、安倍政権は再び、この問題のホワイトカラーエグゼンプションを制度化しようとしている。

巧みなのは、適用対象を「年収1075万円以上」の労働者と絞った点である。
これくらいの高給取りなら、少々残業しても良いだろう、と思われるかも知れない。
しかし、それが推進側の狙いである。

ひとたび、制度が導入されれば「年収」の金額がどんどん下がっていくだろう。

最初はごく限られた業種にしか認めなかった「派遣法」はその後、業種が拡大して、今や、原則と例外が逆転した。
消費税も最初は3%であったが、いまや10%になろうとしている。

そもそもは、残業手当を払わなくてもよいという労働者を認める制度を作ること自体が問題なのである。
決して年収額の問題では無い。

安倍首相のリターンマッチを許してはならない。
by kazuo_okawa | 2015-01-08 23:00 | 労働 | Trackback | Comments(0)

派遣法「改正案」廃案か

思わぬところで廃案になりそうである。
ニュースに寄れば、問題ある改正派遣法は、安倍首相が年内に衆議院を解散するため、廃案になるとのことである。
廃案そのものは正しい。
労働者にとって稀代の悪法だからである。

安倍首相が派遣法の廃案を決めたのは「選挙」への影響を考えたからであろう。
しかしそのやり方がいかにも「政治的」である。
(というか「政治」そのものであるが)

与党は当初、派遣法改正案を12日にも衆院厚生労働委員会で採決する構えだったが、塩崎厚生労働大臣の答弁が「最初から強固採決ありき」で臨んだ上、法案の中身を知らない無責任な答弁であったため野党が反発し審議は進んでいない。
こんな中での強行採決は「選挙」にとってマイナスと考えたのであろう。

しかし、安倍首相は、派遣法の改正法案は派遣労働者の雇用の安定、保護が目的だとしきりに強調していた。現に先週7日の衆議院厚生労働委員会でも、安倍首相は、今回の改正案は派遣就労の固定化を防ぐ措置を強化していると説明し「自ら派遣労働を選択している人には賃金などの待遇改善を図り、正社員を希望する人にはその道が開かれるようにする」と述べていたのである。

安倍首相が述べているように、本当に、労働者にとって良い法案なら、強行採決しても労働者は許すだろう。
しかし、安倍首相は強行採決をしなかった。
これは、労働者にとって悪い法案であることを、実は安倍首相自身が知っているのに違いない。
by kazuo_okawa | 2014-11-13 20:53 | 労働 | Trackback | Comments(0)
11月3日に労働組合(上部団体)の依頼で講演に行く。
対象は、労働組合幹部であり、そのため、「労働組合・労働協約の意義」が中心なのだが、近時の労働情勢を入れるため、当然、安倍首相の労働政策批判は避けて通れない。

言うまでも無く、安倍首相の基本は、新自由主義・規制緩和の「自民党方針」だが、これまでの自民党執行部と違うのは、安倍首相の場合、「戦前回帰」「戦争国家体制」が透けて見えることだろう。
アメリカの例を引くまでも無く、格差社会・貧困は、職を求めて「軍人」を生み出す。
日本でも「31歳フリーター・希望は戦争」のことは、以前、記した。
従って、労働法改悪は、他の諸問題(秘密保護法・集団的自衛権など)と実は同根なのである。

喫緊の最重要課題は、派遣法の改悪である。

当初、今週中に、衆院を強行採決しようとしていた法案である。
この派遣法改悪案は、業種制限も期間制限も取り払ってしまうというものであり、この法案が成立すれば、明らかに、正社員・正規職員の代替になるだろう。
そして、その派遣社員自身は、いつ契約解除(解雇)されるかもしれないという不安定雇用におかれる大変な悪法なのである。
このような改悪は決して許してはならない。

3日の講演でも同じような話をした。
聞き手の皆さんが熱心に聞いて頂いたのが嬉しい。

また、この組合からはここ何年かオファーが続いているのであるが、リピーターとしてお声がかかるのも実は大変嬉しい。

法律問題、憲法問題、労働問題などをできる限りわかりやすく話をし、そして皆さんと共に頑張りたい。
by kazuo_okawa | 2014-11-04 22:42 | 労働 | Trackback | Comments(0)
勤務先に黙っていた「前科」がばれて、解雇されるかもしれない――。こんな悩みが「弁護士ドットコム」の法律相談コーナーに寄せられた。相談者は過去に執行猶予つきの有罪判決を受け、その執行猶予中に採用されたそうだ。入社してから5年間、問題を起こすことなく真面目に働いてきたという。

その「弁護士ドットコム」から取材を受けた。

私は
「解雇されても仕方がない、とはいえない。
本件は一般的には『経歴詐称』と呼ばれるテーマであり、入社時の『経歴詐称』は懲戒解雇理由になることもある。その理由は、採用する側にとってその労働者の『労働力判断』に大きく影響するような事柄を『詐称』するのは、信義則違反として許されないからである判例にも懲戒解雇を認めたものがある、
しかし一方で、経歴詐称は、採用後相当期間に渡って大過なく勤務してきた場合は、経歴詐称の信義則違反は『治癒』される」などなどと色々と説明した。

それをまとめた記事が8月23日にインターネット上公開されている。

そもそもどんな場合でも「前科」のあることで解雇が許されるとなれば、前科者は社会内で更生できないだろう。
まして本件の事例では、5年間何の問題も起こしていないのである。
我が国は、そのようなものを社会からはじき出すことを許す、などという冷たい社会ではないだろう。

是非、インターネット上の記事をお読み頂ければ幸いです。

(提供元「弁護士ドットコム」として、「mixiニュース」や「ニコニコニュース」などにも配信されています。
下記が記事のURLです)

http://www.bengo4.com/topics/1930/
by kazuo_okawa | 2014-08-24 20:34 | 労働 | Trackback | Comments(0)
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の副センター長である笹井芳樹氏が自死された。
大変痛ましい事件である。
同氏はSTAP論文の共著者であり、小保方晴子氏の指導役でもあった。
私が気になったのは自死後のニュースである。

竹市雅俊センター長が取材に応じ、自殺した笹井芳樹副センター長が「副センター長を辞めたい」と3月に竹市氏に辞任を申し出ていたが、結局、「辞任を思いとどまった」と述べたというニュースである。

笹井氏が、辞任を思いとどまった理由は分からない。
無論、自死との関係もわからない。

しかし、このニュースで思い起こすことがある。
こからは一般的な話であるが、最近何故か、「辞めさせてもらえない」という労働相談が多い。
辞めさせる「解雇」の逆であり、優秀な人材はなかなか辞めさせないのである。

「弁護士ドットコム」からの取材でも、先々月、「内定辞退に圧力がかかった」ことの法律問題に答えたばかりである。(6月4日付けブログ参照)

また先日は、会社に退職を申し出たところ「我が社の就業規則では、3ヶ月前に申し出ることになっている」と言われたという相談を受けた。
無論これは法律違反である。
人は誰しも、意に反する苦役を受けない。
これは憲法も保障している原則である(憲法18条)。
それゆえ人は誰しも自由に退職することが出来る。
とはいえ、使用者の都合もあろう事から、民法上「2週間前までに」と定めた。
しかし、これよりも前に申し入れる事を義務づけることは許されない。

従って、この「3ヶ月前に申し出」の就業規則は無効なのである。
相談中ゆえ固有名詞はあげられないが、結構、名の通ったところであることに驚く。

「辞める自由」が、我が国では十分に行き渡っていないと感ぜざるを得ない。

これは同時に、憲法の保障する自由が行き渡っていないともいえるであろう。
by kazuo_okawa | 2014-08-07 21:57 | 労働 | Trackback | Comments(0)
労働事件は専門の一つであるため、「労働」に関する取材を受けることが多い。

先日も、「弁護士ドットコム」から労働に関する取材を受けた。
といっても実際は、電話でおよその取材内容を聞かせて貰った上
あとはメールで質問が来て、メールで文書で答えるというものである。

今回の質問は「内定を辞退したら「サークルに迷惑がかかるぞ」と会社から脅されたらどうすればいいか 」というものである。
就職状況が好転し、こういう事案が増えていることからの質問だという。

私は、労働者の内定辞退は自由であり、会社の圧力自体が許されない、ということを電話で簡単に説明し、合わせて文書でも理由などを付した回答を送付した。

あとは、私の答えの文書を細切れにして、ドットコムの編集部がそれらしく「問い」「答え」に組み立てて編集するのである。
まあ言ってみれば、新聞の取材で、取材に答えた言葉が適宜利用されるのと同じですね。

さてその編集記事が6月2日に公開された。
事前に示されていないので、私自身も公表されて始めて知りました。

「弁護士ドットコム」「ニコニコニュース」などに出ていますので
お読み頂ければ幸いです。

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by kazuo_okawa | 2014-06-04 23:14 | 労働 | Trackback | Comments(0)
やや旧聞に属するが 5月21日は、横浜地裁で第4次厚木騒音訴訟、福井地裁では大飯原発運転差し止め訴訟の判決がでて、翌22日の新聞紙面は両訴訟の判決に関する記事が紙面を飾っていた。
いずれも画期的な判決であり、福井地裁判決についてはすでに私のブログにも書いたところでもある。

ところが同じ5月21日に、那覇地裁では米軍基地労働者の年次有給休暇に関する訴訟の画期的判決が出されていた。

事案は、沖縄米軍基地で働く従業員の年休取得を認めずに雇傭主の国が賃金カットをしたのは違法だとして未払い賃金と、言わば制裁金にあたる付加金の支払いを求めたところ、那覇地裁はこの請求を受けて、原告側全面勝訴判決を言い渡したのである。

ご存知の通り年休は労働者の権利であるから、労働者の求めた年休は認めなければならないし、有給であるから賃金カットはできない。
ところが、米軍基地に働く労働者はいわば「無法地帯」におかれている。
その根拠は「日米地位協定」で、基地労働者に対して日本の法令を適用しないという「例外」を認めているからである。

基地労働者の雇用主は日本国であるが、労働の指揮命令は全て在日米軍がなしうる。
それでいながら、在日米軍は「使用者」としての責任を一切取らない。

かくて在日米軍の元で働く基地労働者は「無法地帯」とも言うべき状態におかれていたのである。

もっとも日米地位協定で在日米軍が、手厚く、手厚く保護を受けているとはいえ雇用主は日本国であり、日本国が、日本の法を守るべきは当然であろう。
日米地位協定による例外規定がからみ、政治的には難しい事案であるが、労働者の権利に即した勇気ある判決である。

とはいえ、在日米軍といえども、労働者を「使用」する者には責任が伴う、という当たり前の原理を貫くべきであろう。
言い換えれば、その「壁」になっている日米地位協定の見直しこそが本来求められるものであろう。

それにしても、自分が実際には「使用」しながら、使用者の責任を一切取らない。
これって、「派遣」そのものですね。
国がこんなことに加担してはいけないでしょう。

二言目には「国民の命と財産を守る」という安倍首相は、ぜひまず、この沖縄の基地で働く労働者の「命と財産」を守ってほしいものだ。
by kazuo_okawa | 2014-05-31 23:57 | 労働 | Trackback | Comments(0)

残業代ゼロ法案!

5月28日の朝日新聞によれば、厚生労働省は、労働時間にかかわらず成果で給与を支払う「残業代ゼロ」制度について、為替のディーラーなどの「世界レベルの高度専門職」に限定して認める方針を固めた、という。

「残業代ゼロ制度」は、政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)が導入を目指している制度である。
当初案では、職種の限定はなく、あくまで年収を要件としたものだが、批判を受けて職種限定の方向で修正するようである。

「残業代ゼロ」制度は、かつて第一次安倍政権も「ホワイトカラー・エグゼンプション」として導入を図ったことがある。
しかし、長時間労働や過労死を招くとして世論の強い反発を招き、断念した。

私も当時、読売テレビ系の「ミヤネ屋」という番組に呼ばれ、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の問題点を解説したことがある。
「ミヤネ屋」という人気番組だったということもあろう。
テレビを見た多くの人から問題点がよく分かったとの感想を貰ったものである。

今回の「残業代ゼロ」制度は、批判を受けて断念した「ホワイトカラー・エグゼンプション」とほとんど同じである。
従って長時間労働や過労死を招くというかつての批判は今回もそのままあてはまる。
7年前は、いかにももっともなカタカナ用語であったが、今回は「世界レベルの高度専門職」である。
決して美しい言葉に騙されてはならない。

また、職種や年収の制限があるから、自分には関係がないと思ってもいけない。
仮に制度が法律通り運用されたとしても、労働者の給与のベースアップは、どこかで
「給与据え置き」か「増額だが残業無しで長時間労働」のどちらを選ぶかという苦しい選択を迫られる。

肝心なのは、そもそも現在でも、残業は「野放し」といってよい現実にある。
法的規制は決して行き渡っていない。
そんなときにこんな法律が出来ればどうなるか。
ますます残業が強化・野放しにされるに違いない。

しかもいったん制度が導入されたら、「職種の規制」や「年収制限」も次々と緩和されるであろう。

そのことは、かつての「派遣法」導入の歴史を見ればよい。
派遣法の制定時、「派遣」はあくまで働き方の例外であるとして、職種も限定して導入された。
決して正社員の職は脅かさない。
常用代替にしない、と政府は約束した。

しかし、現実の歴史はどうであったか。
実際は、派遣の出来る職種は次々と増えていき、やがて、例外と原則が逆転して派遣は原則自由となった。
派遣法は、まさしく非正規労働の増加と、格差社会を生む役割を果たした。

今回「残業代ゼロ」制度を導入すれば、この派遣の歴史と、やがて同じ道をたどるであろう。

今、反対の声を上げなければならない。
それこそ「歴史から学ぶ」というものである。
by kazuo_okawa | 2014-05-28 22:28 | 労働 | Trackback | Comments(0)

「感情労働」とは何か

アエラ最新号(5月19日号)に
「感情労働の現場を生き延びる」という興味深い記事が掲載されている。
体を使う「肉体労働」、頭を働かせる「頭脳労働」に続く、第三の労働形態、
すなわち、「感情」を商品として提供するのが「感情労働」である。

代表的な職種は「看護師」や「客室乗務員」であるが、記事は、いまや社会全体が感情労働的になってきたとして、この「総感情労働社会」を生きていく手法を整理している。

まあいってみれば心が疲れないように働く手法、といった記事である。

私はかつてこの「感情労働」という言葉は知らなかった。
実は私は、2009年から、大阪府立大学経済学部に労働法(通年)の講義を持たせてもらい、そのときから、同学部の経済学者渡辺茂先生と親しくさせて頂いている。
府大に出講したときに渡辺先生と雑談するのは楽しみの一つであるが、その渡辺先生との雑談の中で「感情労働」とい言葉を知ったのである。

その後色々と調べてみたが、何とこれは70年代からある結構古い概念であった。

もっとも今日的には、クレーマー対応などの職種も含まれ、
アエラの記事の通り近年注目される概念であることも違いないようである。

「感情労働」が他の、「肉体労働」「頭脳労働」と違うのは
労働力の再生産までに時間を要することだろう。
平たく言えば「疲れがとれない」ということですね。

とすればその貴重な「感情労働」に対して、十分な報酬(ペイ)が労働者に支払われていなければおかしい。
しかしそれはおそらく逆であろう。
そういう意味では「感情労働」は労働法的にも十分に検討されるべき課題である。

もっとも、アエラの記事は
「総感情労働社会」として論ずるものである。
しかし、このようにまとめてしまえば、第三の労働形態として、分類する意味は全くないだろう。


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by kazuo_okawa | 2014-05-16 01:06 | 労働 | Trackback | Comments(0)