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by kazuo_okawa

カテゴリ:パズル・統計・数学( 37 )

「弁護士会館エレベーターの謎 〜 マーフィーの法則」というコラムを私のホームページに載せている。

 内容は簡単にいうと以下のとおりである。

 大阪弁護士会館のエレベーターは東から西へ4台並んでいる。
 会館入り口を入ってすぐを右折し、また右折したところに、手前から奥へと4台並んでいる。手前から奥へ、というのが味噌で、要するに奥まで歩くのは面倒なのである。
 この4台並んでいるエレベーターを利用した場合、実際に来るのは一番奥の(つまり西側で一番遠いところにある)エレベーターであることが多いと感ずるが、それは錯覚であり、実は公平に同じ割合でエレベーターはやってくる。
 そしてこの錯覚は「自分にとって不快なことは、拡大して印象に残る」というマーフィーの法則である。

 まあそういったことを書いたコラムであり、全文はぜひホームページ・コラム欄でお読みください。

 さて続編というのはこうである。

 6日に講演に出向いたときに、聴講者のお一人が近づいてこられ、私の前述のコラムを読まれたことと、実はその「公正な」エレベーターを設計したのは私です、というもので、大変驚きました。
 いや、率直に会館設計ではお世話になりました。
 改めてお礼です…。

 以上が続編の「出来事」ですが、そこで考えました。

 「体感」に基づいた「公正な」エレベーターは出来ないか!

 機械的に「公正」だとしても、人は、偏りを感ずることがある。
 それならば、わざと、その感覚を前提とするように「偏り」を入れておくのである。

 つまり手前から、奥へ、A、B、C、D4台のエレベーターがあるときに、Aはやや多い目に,Bはほんの少し多い目に、Cはほんの少し少ない目に,Dはやや少ない目にというように,AからDへ漸減的にエレベーターの来る率を変えて、体感としての「公正さ」を実現するのである。

 人は機械のように判断するのではない。
 人は感情を持った生き物であり、それを前提に行動をとらえる「行動経済学」の発想でもある。

 これが何の役に立つのか。
 無論それは、「公正らしさ」を感じさせることによって、不快感を少しでも減らすのである。


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by kazuo_okawa | 2018-02-07 18:30 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

1月29日の朝日新聞夕刊に、非常に面白い記事が出ていた。

表題の見出しで「静岡県内の建設関連35社でつくる県建設コンサルタンツ協会が、日本一の富士山(標高3776メートル)の「体積のはかり方」を募集している。答えが出ていなくても、正確でなくてもOK。はかり方のユニークさや面白さがコンテストでの審査ポイントとなる。」という記事である。

この種の話題に少し詳しい人なら、2003年のベストセラー「ビル・ゲイツの面接試験~富士山をどう動かしますか?」を直ちに思い起こすだろう。

わざと答えの無い問題を出して、その答え方から、その柔軟な思考力を見出し、そのことによって真の意味での「知性」を採用するのが、ビル・ゲイツの面接試験だとして話題を呼んだのである。

ビル・ゲイツの入社試験は「富士山」が好きで、富士山を動かすのにどれくらいの時間がかかるか?という問題もある。

また大きなモノ(ミシシッピ川の流水量など)をはからせるのもある。

何が言いたいのかといえば、この朝日の新聞記事を読めば「ああ、ビル・ゲイツの入社試験だな」と思ってしまうのである。

ちなみに、この書がヒットした後「グーグルの入社試験」など入社試験モノが続いた。

さらには「オックスフォード&ケンブリッジ 世界一考えさせる入試問題」など入試問題モノも出版され、そのころに現実の東大の数学入試問題「円周率が3・1より大きいことを証明せよ」が名問題などと話題となったものである。

さてそういった歴史をこの記事を書いた記者が知っているのかどうかは知らない。

しかし、記事中「そんな斬新なアイデアを協会は期待する。」と記者は書くのだけれども、実はこの協会の問題自身は,全く「斬新なアイデア」ではないのである。



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by kazuo_okawa | 2018-01-30 00:01 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)
事務所報を年に2回発行している。

 関わっている裁判や司法のといった硬い話題のほか、柔らかい記事も書いている。
 その一つが「パズル」である。

 今年は次のようなパズルを作った。

 「おばあちゃんが散歩から帰ってくると大好きなお饅頭が無くなっていました。学校から帰ってきている孫3人に聞きます。
おばあちゃん「散歩から帰ってきたらお饅頭が無かったけど誰か食べたの?」
A「僕が学校から帰ってきたときはもう無かったよ」
B「僕は食べていないよ。食べたのは多分…」」
C「僕が帰ってきたときはAは先に帰っていたよ。Bはどうだったかなあ…」
この中の誰かが食べたのであり、かつ、誰も嘘はついていないとすればお饅頭を食べたのは誰でしょうか?」

 実は、大阪弁護士会は1月5日が新年会。
 そのときに出会った親しい弁護士に,簡単だ,指摘されたのが、このパズルである。

 「読むまでもなく、一目で解答が分かりました」という指摘である。

 は、は、は、と笑うしかない。
 いや、現に新年会で、笑ってしまったのだが…。

 まあ、学生時代に、ひっかけパズルや意表を突くミステリなどを作ってきたのである。
私のその「作風」を知っている彼などは、だからこそ一目で分かるというわけだ。

まあそんなもんですがお楽しみください。

 以下に解答を書きますので、挑戦しようという人は、少しお考え下さい。

 解答。
 「発言からABCはいずれも犯人ではありませんから、
お饅頭を食べたのはおばあちゃんです。
いかにあり得ないようでも、不可能を除去していくと残ったものが真実です。
 シャーロック・ホームズ指摘の通りですね。
 おばあちゃんは散歩に行く前に自分が食べたのをすっかり忘れていたのです。」

 増える「認知症事件」を前に思いついたパズルでした。
 成年後見、信託などのご相談は当事務所に…。」

【1月27日追記】
京大ミステリ研OBの親しい仲間と飲む。
このパズルは、無論、私を知る人たちには「ひとめ」なのだが、その友人が奥さんに解かせたら、答えを知って怒ったという。
いやあ、騙されてくれる人がいるというのは嬉しいですね。
その親しい友人曰く「社会派パズルですね」

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by kazuo_okawa | 2018-01-06 17:56 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

パズルである。

偽物大国・中国には数多くのパクリ商品が出回っている。
日本の有名キャラクターのそっくりパクリのニュースは記憶に新しい。

さて、日本のコクヨ。
「Campusノート」が著名だが、中国で、「Gambol 」社が「Gambol ノート」なるコクヨのそっくり商品を出したという。

さてそのときコクヨはどうしたか?

実は、これは、早坂隆「新・世界の日本人ジョーク集」の解説からとったものである。
早坂氏のジョーク集はこれまでの作品も含めて、いずれも面白い。
お薦めです。

もっとも、ジョークの宿命か、役者が新しくなっただけで基本的パターンは同じ、というものもある。
また、今回のジョーク集では、日本は「自由の国」として扱われている。
昨今の状況を見て、そうなのか、と読んでいて思うところもある。

このジョーク集のように、日本は「自由の国」であってほしいととつくづく思うのだが…。

さて冒頭のパズルの解答。

コクヨは、抗議したのでも無視したのでもなかった。
何と!Gambol 社を買収したのである。

実に意表をつく解決法である!



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by kazuo_okawa | 2017-12-25 08:31 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

メイクテン

棋士谷川浩司九段の新著「中学生棋士」を呼んでいると、谷川九段自身子供の時からメイクテンという数字遊びが好きだったと出ていて驚いた。
同書は、「早熟の天才をつくるのはいかなる環境か」というテーマで、わずか5人しかいない中学生棋士に注目した著である。
その中では谷川九段は自らのことも語り、そして自分の子供の頃からの嗜好も述べたのである。
メイクテンとは、4桁の数字を四則演算で「10」にする遊びである。
例えば、2,4,5,7とあれば、7+5-4+2=10とするような遊びである。
2×4+7-5とする方法もある。
偶然目にする自動車のナンバーからメイクテンするのは、暇つぶしに丁度良い。
そんな遊びであるが、驚いたというのは、注目の藤井聡太四段もメイクテンが好きだったからである。
棋士は算数・数学好きが多い、ということは昔から言われていることであるが、メイクテンも同じかもしれない。
藤井の天才ぶりから、藤井四段が幼少のときに遊んだ玩具が売り切れに成り話題となったが、お金をかけなくても遊べるメイクテンこそお勧めかもしれない。

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by kazuo_okawa | 2017-09-16 08:48 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

謎を楽しむ上品さ

5月10日の日経新聞の文化欄に高島直昭氏の「どう作る?不可能物体」という興味深い随筆が出ている。

不可能物体とは、コーラの瓶に刺さった木の矢のように、一見作るのが不可能に思えるが実は人為的に作られた物体をさす。
まあ、立体パズルのようなものであり、出来上がった作品は見ているだけで不思議である。

5円玉に突き刺さった木の矢などは有名で商品にもされている。
5円玉の穴よりも、矢の先の部分は大きく、また尻尾の羽の部分も大きく、胴にあたる部分が穴に入っているが、どうして入れたのか本当に不思議である。

高島氏はその分野のマニアである。
高島氏はこの不可能物体の魅力とともに、「答えを言わない」ことが不文律と述べる。
つまり、自分なりの「正解」を探るのがこのジャンルのルールであり、またそれが楽しみなのである。

そしてその高島氏にしてすら、正解らしきものにたどり着くのは約3分の1だというから、この世界の難しさ、奥深さを感ずる。
つまり約3分の2は、謎のままなのである。

高島氏が上品なのはこの「謎を謎のまま楽しむ」という姿勢が出ているからだ。

私は、これまでのブログにも書いたが、簡単にマジックの種明かしをする風潮には不快感を覚えている。
同じように、不可能物体を、自らの頭を使って深く考えようともせず、ネットなどで簡単に種明かしを求める風潮も嘆かわしく思っている。
謎を楽しむジャンルであるのに、簡単にネットで答えを求める。
その姿勢自体を恥ずかしいいと思わないのだろうか。
無論、答える方も答える方である。

高島氏のように謎を謎として楽しみ、そして考える。

これこそが上品の極みである。



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by kazuo_okawa | 2017-05-11 22:47 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)
京大奇術研出身の世界的パフォーマー池田洋介氏の新著である。

数学を分かりやすく説明する啓蒙本はそれこそ山ほどある。
しかしこの「読むだけで楽しい数学のはなし」はそれまでの類書と違う。
現に私自身がを読んで感銘を受けた。

冒頭に述べられているとおり、これまでもあるようなテーマでありながら、全て池田氏の新しい切り口を加えるというのが素晴らしい。

冒頭の主題は、まさしく読者を惹きつけるいわば「つかみ」の部分である。
ここをどういうエピソードにするかが著者のある意味で腕の見せ所であるが、これがなかなか面白い。
球体とドーナツ体の違いを示す数学のエピソードは数あるが、池田氏のこの事例には唸らされた。

他にも、パスポートとケーニヒスベルク、水差しパズルと時計盤などその意表を突く組み合わせに幾つも感心する。
加えて、文章がウィットに富んでいる。

なかでも私が関心したのは、モンティホール問題のシンプルな説明である。
実は、大阪弁護士会刑事弁護委員会のメンバー複数で論文集を発行することになり、昨秋、私が書き上げたのが「数学的刑事弁護~検察官の誤謬に打ち克つ」である。
要するに、<確率・統計を使った検察官の証明には、誤りもあるので注意しよう>という趣旨の論文だが、例として、モンティホール問題を取り上げた。
そこでもわかり安い説明を取り上げたつもりだが、池田氏の説明は秀逸であった。
さすがに専門家である。

というわけで私自身が十二分に楽しめて面白かった著である。

数学好きも、或いは数学好きでなくても、皆さんにお勧めする。



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by kazuo_okawa | 2017-03-03 21:42 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)
小学生の時に習う鶴亀算などが、パズル的で面白かった。
「全部、鶴と仮定すれば…」という解き方も面白い。
中学生になって方程式を習う。
鶴亀算は一発で解ける。
この方程式の意味を説明した岩波新書の数学本が秀逸であった。

「式が代わって考えてくれる」

つまり、「全部、鶴と仮定すれば…」という思考方法を、実は、方程式が代わって結局同じことをしているというわけである。
これが非常に感銘を受けた。
以後、「式が代わって考えてくれる」という言葉は気に入っていた。

その後、大学受験でとある予備校の名物教師が、とかく受験生なら覚えている「根の公式」の「丸覚え」をよく批判していた。
思考することが重要だというわけだ。

そこから私は修正して
「式が代わって考えてくれる~しかし頼ってはいけない!」と使うようになった。

京大奇術研究会の後輩、池田洋介氏の新著「読むだけで楽しい 数学のはなし」が出たことを知り、(紀伊国屋書店になかったため)アマゾンで注文する。
アマゾンからは、他のお薦め本も知らされる。
悔しいことに、私の好みに合っている。

そこで、表題の古い言い回しを思い出したのである。

アマゾンが代わって考えてくれる~しかし頼ってはいけない!



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by kazuo_okawa | 2017-02-24 22:00 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

2017年のパズル!

事務所報の2017年新年号にパズルを載せた。
覆面算である。
「おおかわ+かずお=あけおめ」が問題で、新年にちなんで「あめ+あ=29」とする。
これが問題である。

幸い好評を博したが、簡単すぎる、との感想も頂戴した。

実は、2015年に、私が
「『2』『0』『1』『5」を使って『27』を作りなさい」という問題を作ったところ、このときは難しすぎる、というご批判を受けた。
そこで、今回は、簡単な問題を作ったのである。
…が、まあ、頃合いというのは本当に難しいですね。
(このブログにも挙げたが、パズル作家河田智名人は見事である)

新年に、大学時代からの盟友小林看空氏から新作を受け取ったがこれが面白い。
もっとも将棋の問題である。

配置図は、玉方29玉のみ。
問題のユニークなのは、<一手前にもどして、そこで、持ち駒飛車で一手詰めせよ>という斬新な問題である。

<一手前に戻す>というのが面白い。



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by kazuo_okawa | 2017-01-08 14:27 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)
先ほどテレビで林修氏の冠番組を見ていると、日本の教育の問題点として次のような例を挙げていた。
「3.9+5.1=9.0」と答えると、間違いにされる(「9」が正しいという)。
同様に、直方体の体積をを求める問題で、縦×横×高さの順に計算しないと、間違いにされる(どの順番でも同じ体積なのに)。

いずれも「間違い」にすること自体が間違いであるが、その説明のために、フィールズ賞受賞者森重文京大教授に林氏がインタビューしてそのコメントを求めていたのが秀逸であった。

(森教授の天才ぶりは言うまでもないが)どうも、林氏が森教授へのインタビューを自ら希望したらしい。
実際のところ、この問題自身はわざわざ森教授に聞くまでもないことなのであるが、チャンスがあれば森教授にインタビューしたいと思うのは、数学ファンなら誰しも思うところであろう。

実は、今の日本の教育は、数学の本質を伝えることを目指しているのではない。
教師の教えた通りに答える生徒を作ることを目的としている。
(極端に言えば、従順な生徒を作り出す)
だから、先の通りおかしなことが起こっているのである。

もっとも森教授はそんな下品な事は言わない。
上品に、教える教師が数学の本質が分かっているのか心配ですね、とやんわりと述べるのである。

それで私が思い出したのが、約50年前の京大の名物数学者小針晛宏教授の著作に出ていたエピソードである。

円の面積の求めるという問題で、とある生徒が、円に横線を次々と書き、更に縦線を次々と書いて(そうすると碁盤のように升目が一杯出来る)「この升の数を数える」と答えた。その生徒に対して教師は無惨に間違いと断言する。

それに対して、小針教授は指摘するのである。
確かに、その生徒の答えは、教師の望んだ答えではないが、発想としては素晴らしい(積分に通ずる考え方である)。
そういうことを教師は説明しているのか、という指摘である。

無論していない。
教師は、数学の本質を教えることを目的にしているのではなく、「教師の教えた通りに答える生徒を作ることを目的としている」からである。

残念なことに、このことは約50年たっても変わっていない。




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by kazuo_okawa | 2016-12-26 00:29 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)