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by kazuo_okawa

2016年 11月 05日 ( 3 )

この時期なると(と言っても正確には遅いのであるが)、マジック界の老舗、テンヨーの最新作品が話題になる。
本日土曜日夕刻、いささか疲れたので、仕事は終えて、テンヨーマジックショップに出向く。

予めネット上の情報は入れないようにして、ディーラーに初めて見せて貰うのが楽しい。

2017最新作を幾つも見せて貰ったが、私には「パズル風作品」が印象に残った。

まず「必勝あみだくじ」。
5本の線のあみだくじだが、ゴールABCDEから、当たりを客が選ぶ。そしてスタートも5本の中から4本を客が自由に選ぶ。
マジシャンは残りの一本というわけである。
ここでマジシャンは4枚のカードを出す。
そのカードは(説明がしにくいが)いずれもあみだくじの、あみだ線が入り組んだものであり、それを客が自由に並べて、スタートからゴールのあみだくじが出来るが、何と出来上がったあみだくじで勝つのは、マジシャンだというわけである。
なかなか不思議であるが、「4枚のカード」が後から出てくるというのがミソだろう。
…とはいえ、「何故4枚のカードをどう並べても同じになるのか」が、非常に不思議である。
これはまさに、良質のパズルである。

「奇跡の魔法陣」
客が数字を選ぶ。
マジシャンが4×4の升に数字を書き込む。
客が先ほどの選んだ数字を述べる。
そして客が選んだ数字を述べると、マジシャンが書いた魔法陣はどの行、列もその合計が客の数字になる。
まあ、こういう数学マジックのようなものは一般受けはしないでしょうね。
…魔法陣を作るのはある種の数学トリックだが、何故、客の選んだ数字が分かるのか。
可能性は幾つか考えられるが、私にはそれが分からない…。

そして「伝説のパズル」
サムロイドやデュードニーの時代からある、形作るピースの数は異なるのに、面積は同じという有名なパズルがモデルになっている。
だから「伝説のパズル」というわけである。
このマジックのいいところは、面積が変わらないということを示すためにフレームを作っているところである。
私は、伝説のパズル自体を知っているから、おそらくトリックはアレしかないだろうと思って、見ていたのだが…。
…しかし、私の考えていたようには見えない。
う~ん。
全く不思議である。

こういう不可思議さが実に心地よい。

【12月8日追記】
毎年のことだが、結局、上記テンヨーの新製品は全て購入した。
あみだくじ(あの佐藤氏作です)は予想通りのトリックだったが、これを実際に作り上げる巧妙さと
エクストラカードというのは思いつかない。
魔法陣はあのハリーロレインの改案であり、<改案の多くは改悪である>という真理に反して
改案部分2点がいずれも面白い。
特に、キーナンバーを覚えないで堂々とピークするのがそれが日常的にありふれたものを使っているのでミステリタッチである。
パズルは予想通り。
それしか考えられないが不思議に思ったのは、演じ手がうまかったからである。





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by kazuo_okawa | 2016-11-05 21:05 | マジック | Trackback | Comments(0)
スマフォ・カンニング疑惑事件はその後もネット上をにぎわせている。

2ちゃんねるを中心とする、「疑惑を疑った人物が逆に怪しい」とか「離席の多い人物が怪しい」として関西若手棋士を名指しであげるなどのネット上の誹謗・中傷にはとうてい信用出来ないのみならず、極めて腹立たしい。
しかしながら、さりとて、渡辺明竜王がどのような発言をしたのかは以前不明である。

11月1日、2日と渡辺竜王はこの事件のことをブログに挙げている。
1日のブログでは
「三浦九段の対局中の行動及び、棋譜の観点からも疑問が生じている(ソフト指しがあったと断定はしていない)ことから、常務会が竜王戦の開幕前に三浦九段に話を聞く、までが自分の行動意図です。常務会が三浦九段を呼んだ時点で自分の行動意図は達成しているので、これ以降は自分の意思が反映されることはありません。」と書いている。
確かにその通りだろう。
常務会が三浦九段を呼んでから後は、常務会が判断する。
従って、竜王の意思が通るわけではない。

ただ問題はその点ではない。
常務会が三浦九段を呼ぶ前に、数人で極秘会議を開いたときなどに、渡辺が「不正の疑念を持つ相手とは対局できない。竜王位をはく奪されてもよい」とのべたかどうかである。
真相かどうかはわからない。
もしもタイトルホルダーである渡辺がこういう態度なら、とうてい竜王戦は開催できない。
真相が不明のままでも(つまり疑惑が立証されなくても)三浦九段を処分するしか無かっただろう。
しかしこれは極めて不合理である。
それゆえ、前述のような渡辺発言があったのかどうかが重要だが、依然としてこの点がはっきりしない。
何か、渡辺竜王らしくない歯切れの悪さである。

私は何でも明快に発言する合理主義者渡辺に好感をもっているのだが…。

【11月6日追記】
渡辺竜王はしばらくブログを休むと発信した。
今回の一連の出来事が精神的に影響していることは想像に難くない。
このことがあの強い渡辺の将棋の内容にまで影響が出なければいいのだが、と願う。

【11月7日追記】
本文が、いささかわかりにくい記述だったので補足する。ネット上の関西若手棋士などを疑う実名をあげての記載は、何ら根拠ないどころか単なる中傷なので不快きわまりない。
一方渡辺発言(不正の疑念を持つ相手とは対局できない。竜王位をはく奪されてもよい)は産経記事や渡辺正和五段などの根拠が示されそれなりの説得力がある。
だからこそこの発言の有無は将棋ファンとして知りたいところなのである。

【2017年2月9日追記】
昨日から、渡辺竜王のブログが復活した。
私は、三浦九段の受けた冤罪被害を救済するのに大きな役割を果たすのは、渡辺がその旨をはっきりと宣言することだと思っている。
合理主義者で、物事を客観的に見られる上、しかも何事もはっきりと述べてきた渡辺には、「取材に応じたのが間違いであった」ではなく、もっと本質的なことをのべてほしい。
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by kazuo_okawa | 2016-11-05 01:08 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
「疾風ロンド」の映画化に合わせ、「東野圭吾雪山祭り」とある。
この先、同じ「雪山モノ」の文庫も発売されるようだ。
まさに、来るべき雪山シーズン前ですね。

さてこの「恋のゴンドラ」
相変わらず東野圭吾らしく読みやすい。

【以下、少しネタバレしています】

いわゆる連作ものである。
第一話に「やや吊り上がった目が印象的な美人」が出てくる。
東野お気に入りの美女パターンで、久々の登場である。
東野物語の中の「この美女」は、ある意味で「主役」である。

さて、「ゴンドラ」では、第三話に「名字(姓)」で呼ばれる女性が出てくるが、これは、ミステリファンならピンと来るトリックである。
つまりそれまで「名前」で呼ばれていた人物と同一人物という「一人二役」トリックバリエーション。
しかし、東野圭吾の素晴らしいのは、なぜここで、(それまで女性登場人物は名前であったにも係わらず)その女性が「名字(姓)」で呼ばれるのか、という「トリックの必然性」である。
その必然性を、東野は<その女性に惚れた男性を、女性の扱いに苦手な人物>としていることだ。
それゆえ、名字(姓)で女性が呼ばれても不自然でない。
まあ、こういう細かいところが実は重要で、東野はきっちりしているんですね。

かくて物語は最後まですらすらっと読める。
東野作品としては、軽い方だが、面白い。
帯文句の「イッキ読み」はその通りだが、「怒濤の連続どんでん返し!」はややオーバーである。

とはいえ、テーマが雪山ゆえ「滑走」のように読ませるということだろう!




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by kazuo_okawa | 2016-11-05 00:20 | ミステリ | Trackback | Comments(0)