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by kazuo_okawa

2014年 02月 28日 ( 1 )

仮に、仮にあなたが時速60キロメートルの制限のある公道を
自動車で走行しているときに、
60キロメートルではあまりにも遅すぎると思っても
60キロ制限の法律は守らなければなりません。
それを「解釈」で、80キロメートルまでは許されることにしよう、と
勝手にルールを変更することも出来ません。

ルールで縛られている側が
「解釈」の名の下に勝手にルールを変えてはいけません。
こんなことが許されれば「ルール」も何もあったものではありません。

規制される側が、「解釈」でルールを変えたらいけない。
こんなことは誰にでも分かることです。

繰り返しますが、これでは規制の意味は全くありませんからね。

さて問題はここからです。

安倍首相が進める集団的自衛権の行使が出来るように
憲法の「解釈」を変える、という議論のおかしさは、まさにここにあります。

政策論を議論するのはいいことです。
集団的自衛権を認めるかどうか、大いに議論すればいいでしょう。
そして集団的自衛権を認めようというのが、国民の大多数の意見ならそうすればいいでしょう。
しかしそのためには、憲法を変えなければなりません。

つまり、今の日本の平和憲法下では、集団的自衛権は認めていませんので
これを解釈で認めるというのは全くもって乱暴きわまりないことです。

そもそも憲法は、安倍首相や権力者の行為を規制しているものです。
権力者はしばし暴走しますからね。

まあいってみれば暴走する安倍首相の(ような人物の)ために
憲法があるのです。
そのために規制しているのに
規制されている側が、規制しているルールを勝手に変える。
こんなことがあってはもう無茶苦茶です。
まさに「泥棒の論理」です。
しかし、安倍首相が、今、国会で答弁していることは
この無茶苦茶のことを何ら恥ずかしげもなく述べているのです。

こんな安倍政権を許していること自体が
あまりにも恥ずかしいといわざるをえません。
by kazuo_okawa | 2014-02-28 22:00 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)