私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
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2013年 08月 08日 ( 5 )

大阪弁護士会の会派の一つである
法友倶楽部の今夏のビアパーティのゲストに、
浪速のマジシャン・ルビー天禄師をお呼びした。

師は、私の、学生時代からのマジシャン仲間、言わば盟友である。
彼はプロになったが、ずっと応援している。

ビアパーティでも、160名強の参加者を相手に
素晴らしいマジックを披露していただいた。

彼は、キタ新地でマジックの店を2軒構えている。

競争の激しいこの業界で、2軒とも成功させていることは
驚異的ですらある。

成功の秘密とも言うべき彼の工夫は、
同じマジックを繰り返し見ても
耐えられるスタイルを確立したことであろう。

言わば、同じ落語を繰り返し聞いても面白いように
それをマジックに織り込んだのである。

それがどういうものかは実際に見ていただくしかない。

私自身の好みからすれば
ややくどい気がしないでもないパフォーマンスもあるが
日夜、酔客を相手にしていれば
それくらいが丁度なのであろう。

新地の「ワンオーシックス」
是非、のぞいてほしい。

【追記】
残念ながら、その後、ワンオーシックスは閉店された。今は、バーノンズバーだけを営業しておられる。

.

by kazuo_okawa | 2013-08-08 23:30 | マジック | Trackback | Comments(0)
先に「 従業員は朝礼の唱和を「拒否」できるか?」という
ブログを書いた。

弁護士ドットコムの取材を受け
私のコメントが、弁護士ドットコム上に出ているのだが
判例中心の解説であるため、それに対して、
批判が出ているので、私がその感想を述べたものである。

そもそも
①法律問題の予測は、まず判例中心にならざるを得ない
②ドットコムの編集上、字数は限られている
③ドットコムはその取材目的に合わせて、取材対象者の
言葉をチョイスする

従って、私の考えが100%全て出るはずはない。
当たり前である。

こういう取材方式が問題だというのなら
それはそれで別問題であるが、
限られた範囲の中で「素っ気ない」と言われても
何とも言いようがないのである。

先に日経ビジネスの取材についてもこの
ブログに書いたが、そのときは、実際の取材時間は
かなりのものなのに、私のコメントはわずか二言である。

その二言自体は間違いでないが、私の言いたいことの
100%でない。
このときは誰からも批判を受けていない。
二言が私の発言の全てと誰も思わないからである。

今回も全く同じである。

私を支持する(というか、批判はお門違い)という
連絡も受けてほっとする。

どんなときでも批判する人はいるし、
嬉しいことに、私に理解を示してくれる人もいる。

一昨日、依頼者の方から「弁護士の仕事はストレスがたまるでしょう」と
聞かれましたが、支持してくれる方(無論、それは多くの依頼者が中心です)
がおられるため、結果として、ストレスが解消されているのでしょうね。
by kazuo_okawa | 2013-08-08 20:07 | 労働 | Trackback | Comments(0)
弁護士ドットコムから取材を頼まれた。

そして、ドットコム上で自分の記事を読む前に
私への批判がメール上で流れていることを知る。

いわく「そっけない解説でお茶を濁している」など。

どんな法律相談でもそうであるが
どのようになるかの見通しはまず判例に依拠しなければない。

例えば、いくら配転に関する判例が厳しいと思っていても
配転事件の見通しを尋ねられたときは
東亜ペイント事件に依拠するであろう。
それと同じである。

ドットコムが、字数制限の中で、読者に必要と思う範囲で
編集する(私の言葉をチョイスする)のであるから
どうしても判例中心とならざるを得ないだろう。

私自身決して最高裁判例を支持している訳ではないが
そういう読まれ方をするのであれば
今後は、「判例批判を載せてくれないと
取材に応じない」とするのが
正しい方針なのかもしれない。
by kazuo_okawa | 2013-08-08 11:37 | 労働 | Trackback | Comments(0)

脳天唐竹割り

8月3日付けの朝日新聞を読んでいたら
次のような言い回しが出ていた。

「(主役スターの)脳天唐竹割りなせりふがスパークした」

凄い表現である。

単に「そのせりふが頭に響いた」といった表現ではあき足らず
最大級の表現をしたということであろう。

しかし私が驚いたのは「脳天唐竹割り」という言葉が
普通につかわれたことである。

しかもプロレス記事ではなく、映画評のところで
何ら注釈なく普通に使われているのである。
しかも、天下の朝日新聞である。

とすれば「脳天唐竹割り」という言葉はすでに
一般的に認知されているのか、といささか感動したわけである。

ご存知ない方も少なくないでしょうが、
脳天唐竹割りとは、今は亡きプロレスラー・ジャイアント馬場の
得意技であり、空手チョップを垂直に振り下ろし
相手の脳天にたたき込む技を言う。

あたかも手刀で唐竹を割るかのごとき技というわけである。

時に馬場は、この脳天唐竹割りをジャンプして行う。

空手チョップを振り下ろすエネルギーに、ジャンプによる重力が加わって
その威力は倍加するといわれており、プロレス・アナウンサーは
ここで絶叫するのが、お約束である。

しかし、ジャンプした空中で腕を振り回しても、体の、作用反作用で、
どの程度、力になるのかは物理学的には不明であるが、
プロレスは物理学を超えた楽しみを与えるものであるゆえ
こんなことを言うのは野暮というものであろう。

まあ、ともあれ、朝日新聞のその
脳天逆落とし的な記事にエルボースマッシュしたわけである。
by kazuo_okawa | 2013-08-08 01:20 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

試験・ラストメッセージ

大学で若い人たちに講義するのは楽しい。

学生からのどんな質問でも、こちらにとって勉強になる。

とはいえ、唯一、大変なのが試験の採点である。

最近は、学生の異議申し立て制度などがあるが
そういう制度のあるなしにかかわらず
一所懸命に書かれた答案には、こちらもきちんと応えたい。

そしてそれと同時に、多くの学生との間では
この試験の採点が、おそらく「お別れ」でもある。

無論、何年かたって「大川先生の講義を聴きました」と
出会う人もある。
これはこれで嬉しい。
いやあ正直なところ、実に嬉しいのです。

しかし、多くの学生とは、おそらく今後出会うことは
まずないであろう。

そう考えると、採点は、最後のメッセージでもある。

ラストメッセージ。
とうてい、おろそかに出来ない。
by kazuo_okawa | 2013-08-08 00:31 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)