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by kazuo_okawa

2013年 05月 21日 ( 1 )

橋下徹氏の非論理性

橋下徹氏が、慰安婦は必要であったと
とんでもない暴言をはいた。

それに対する、朝日新聞、毎日新聞、さらに続く
各種の批判は正しい。

しかし、それに対して橋本氏は、
朝日、毎日の大誤報だと開き直っている。

橋下氏いわく、「当時、必要だ」と言ったのであり
朝日は、「当時」という言葉を落としている、
また「必要であった」というだけであり
「許容」しているわけでない、
従って、朝日は大誤報しているというのである。

詭弁としか言いようがない。

私が気になったのは
朝(20日)テレビを観ていると、この、橋下氏の詭弁に
押されているとしか思えない報道である。

橋下氏は確かに「慰安婦は、当時、必要だった」と言ったのであろう。
しかし、橋下氏は、アメリカ米軍に風俗を使ってほしいと述べており
「当時」どころか、現在でも必要であると考えているのである。

そうであれば橋下氏の考えを伝えるという意味では
『当時』を省いたととて、どこが間違っているというのであろうか。

さらに、「必要」と「許容」は違うという。
橋下氏は、私は許容しているわけではない、
「当時、必要であった」と言っているだけであるという。

ここに矛盾がある。

そこには「当時、必要」という判断をすること自体が
価値評価を含んでいることを全く欠落している。

例えば、慰安婦自身にとって「必要」であったか、
あるいは、慰安婦の家族にとって必要であったか。
さらには大きく言って、殺される側にとって「必要」であったか。

決して「必要」でない。
こんなことは考えてみれば直ちにわかることであろう。

つまり誰にとっても「必要」であったわけではない。
にもかかわらず「必要」と決めつけること自体
そこに評価(殺す側に立つ)が入っているのである。

橋下氏の開き直りを許してはならない。

大誤報と批判された、朝日、毎日はこの暴言を許してはならない。
by kazuo_okawa | 2013-05-21 00:59 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)