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by kazuo_okawa

水俣病訴訟の終わりに…

水俣病訴訟の大きな意味での第三段。
チッソに補償協定の締結を求めた裁判で最高裁の却下判決が出たことについてはすでに10月23日のブログに書いた。

最高裁第一小法廷から送られてきた決定は、拙速の上、内容もひどい。

そもそも国・熊本県の責任を認めた最高裁勝訴判決が出たのは2004年のことであった。
そこで、患者は水俣病と認められたのであるから、そのことは公健法上の「水俣病」とも認定され、それゆえ(認定を要件とした)チッソの補償協定に基づく補償が受けられるはずであった。

しかし、国賠法上「水俣病」と認められても、それは「公健法上の水俣病」ではない、との理屈で国・県・チッソは対応したため、我々は認定を求める訴訟を新たに起こさざるを得なくなった。
第二段の訴訟である。
それは、2012年最高裁で勝利した。

しかし、チッソは補償協定を拒否したため、チッソの補償協定の締結を求めたのが、いわば第三段の裁判なのである。

一審の地裁は勝訴。

しかし、高裁は極めて稚拙な理屈(国賠を求めた者は補償協定を求めることは出来ない)で逆転。そして最高裁も、わずか二ヶ月で却下したのである。

国策事件とはかくあるものかと思うが、高裁の理屈なら、先の第二段の訴訟は壮大な無駄となる(勝っても意味が無かった。つまり訴えの利益がない)。
それやこれや、色んな意味でひどい。

とはいえ、2004年最高裁勝訴判決がなければ、政府の思惑通り、水俣病事件は1995年の幕引きで終わっていただろう。

その事件の弁護団長を努められたのが松本健男弁護士である。
私は弁護士となったとき、その松本先生の事務所にお世話になった。
いわば弁護士としての私の師匠格にあたる。
人権の視点から常に弱者の側に立った大変立派な先生であった。

その松本先生が10月31日になくなられた。
どのように表現していいか分からない。

1日の朝日新聞訃報記事に、松本弁護士を紹介して
「水俣病の被害拡大に対する国と熊本県の責任を確定させた水俣病関西訴訟で弁護団長を努めた」とある。

松本先生は、水俣病訴訟の終わりに合わせるようにお亡くなりになられた。
謹んでご冥福をお祈りします。
合掌。
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by kazuo_okawa | 2018-11-01 23:38 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)