私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

AI人工知能のできないこと!

叡王戦の楽しみについて昨日のブログに書いた。
将棋コンピューターソフトの実力向上によって、逆に「AIにない人間らしさ」とは何か、と考えさせられるということはこれまでのブログにも書いた。

ところで偶然なのかもしれないが、日経は6日、7日と「人工知能の光と影」を連載し、2日付け朝日新聞も「1T30年後の未来」とのフォーラムを載せた。

日経7日の見出しは「『人間の脳を超越』ありえず」である。
朝日も興味深い。
つまりこの先AI人工知能が進歩していくとどうなるのか、という記事の中で、「AIは問題は解くことが出来ても、問題を作ることは出来ない。」
「問題は人間しか作れない」というものだった。
これはかなり考えさせられる指摘である。

そこで将棋コンピューターソフトを思い起こす。
確かに「問題を解く」のは人間を超えた。
具体的には、将棋の最終場面。
詰みがあるかないかの判断はコンピューターソフトは棋士を凌駕している。
解答のある詰将棋もコンピューターソフトは全て正解するだろう。

では詰将棋の問題は作れるのだろうか。
そういえば今まで、ポナンザ(代表的コンピューターソフト)作の詰将棋というのは聞いたことがない。
確かにコンピューターソフトで詰将棋の問題は作れないような気がする。

いやあそんなことはないとも思える。

何故ならコンピューターソフトは、駒のすべての組み合わせの配置が出来るだろう。
そしてその中から、解けるかどうかチェックして、詰将棋として成立するものをピックアップすればよい。これなら詰将棋も作れる。
もっともそういう方法は、最初の「駒のすべての組み合わせの配置」自体が、無限にありすぎて、いかにコンピューターソフトといえども作れないということは考えられる。
しかし、条件を限定すればどうか。
例えば、5×5内の配置。
攻めゴマ、守備コマ、持ち駒なども極めて少なく限定して、最初に全ての組み合わせが出来るくらいにすれば、そのすべてから、問題として成立しないものを切り捨てていくによって詰将棋は作れるのではないか。

しかしそういう機械的な詰将棋は面白くもなんともない、詰将棋の醍醐味は意表を突く捨て駒などある種の爽快さが必要であり単に「問題になっている」だけでは駄目だ、と言う反論があるかもしれない。
いやこれも「条件」を加えればいいだけである。
つまり、人間のある種の思い込み(大駒は捨てにくい、攻める玉を広い場所には誘導しにくいなど)の裏をかくように条件設定すればよい。
そうすれば、将棋コンピューターソフトも詰将棋を作れるだろう。

とここまで書いてきて、はた!と思うのである。

これは、結局は、将棋コンピューターソフトに対して「詰将棋を作れ」「人間の思い込みの裏をかいた詰将棋を作れ」と命じているだけである。
そしてこの「詰将棋を作れ」「人間の思い込みの裏をかいた詰将棋を作れ」という「問題設定」自身は人間がしている。

つまりAIが問題を作っているように見えて、実は「問題を作れ」という問題を人間が作っているのである。
う~ん。
なかなか、奥が深い!



.
[PR]
トラックバックURL : https://okawakazuo.exblog.jp/tb/24645841
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by kazuo_okawa | 2016-09-08 22:26 | Trackback | Comments(0)