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by kazuo_okawa

光市母子殺害事件にみる「報道の自由」とは何か

ニュースによれば
山口県光市で起きた母子殺害事件で死刑が確定した(事件当時18歳の)元少年が、実名を載せた本を出版され、プライバシーを侵害されたとして、出版社と著者に出版の差し止めや賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷は25日付で、元少年側の上告を棄却する決定を出した、という。

最高裁の決定全文を読んでおらず、あくまでニュース報道の限りだが、
この結論は残念でならない。

そもそも「報道の自由」とは、何故そういう事件が起こったか、
そういう事件をなくするにはどうしたらよいのか、そして
自由で平和な日本を作るにはどうしたら良いのか
などを考える材料を与えるところに意味がある。

つまり市民・国民のための有意義な情報を提供するからこそ
その「自由」が保障されるのである。

そうすると「実名」そのものにはどこにも意味はない。
匿名の元少年が、何故に、犯罪を起こしたのか、
何故防げなかったのか、
将来こういう事件が生じないようにするにはどうすればいいのか
などを考える材料を提供するのが報道の役目である。
そうであれば「実名」そのものを示さなくとも報道は出来る。

ましてや、元少年は「少年法」で保護されているのである。

今回の最高裁判決は、本来の「報道の自由」の意義を希薄化させ
下世話な好奇心や覗き見主義に応える「報道」を加速化しかねないだろう。
被告出版社は喜んでいるに違いない。

ときあたかも、今年は、朝日新聞バッシングに見られるとおり
権力に批判的な媒体へは「批判」が浴びせられている。

今回の判決によって、市民・国民にとって真に必要な「報道」が隠されてしまい
下世話な報道ばかりがはばかりかねない。

今まさにその「曲がり角」である。
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by kazuo_okawa | 2014-09-29 23:19 | 情報・プライバシー | Trackback | Comments(0)