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by kazuo_okawa
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谷川九段、陥落の現実と期待

日本将棋連盟会長で十七世名人の資格を持つ谷川浩司九段が順位戦のA級からB級1組へ降級することが1月11日未明に決まった、という。
 今朝の朝日新聞一面を見てしばし残念な思いに駆られた。

 今期、陥落の最有力候補であったが、現実に陥落を目の当たりにすると実に寂しい。
 残り2戦を残して陥落が決まるというのも残念だが、逆に言えば、あきらめのつく見事な「陥落ぶり」とも言えよう。

 谷川浩司の魅力は、なんと言っても、(「番外戦」など一切行わないのは無論のこと)「一手差」で無難に勝つなどの戦術はとらず、美しく、最短距離で勝つところにある。
 「光速の寄せ」と言われる所以である。

 1977年頃から、私は弁護士を目指して司法試験の勉強を始め、勉学第一の生活を始めたが、谷川浩司の将棋は大変気になった。
 私は、78年に初めて司法試験を受けて短答試験不合格、79年には短答試験に合格するも論文試験に不合格、そして80年に3回目で短答・論文・面接の全てをクリアして司法試験に合格し、その後、2年間の修習生活を送ることになる。
 言わば、一段、一段階段を上がる感じであったが、合わせるように(と言っても、実際はこちらが「一ファン」として谷川浩司に注目していただけなのだが)谷川浩司は78年から82年へとかけて、毎年、C2,C1,B2,B1そしてA級と疾風のごとく駆け上がっていった。ファンとしては頼もしく心躍らせたものである。
 同時にそれは、同時期に法曹を目指す身にどれだけ励みになったことか。

 スポーツであれ何であれ、人々は、ひいきのスターに自らを重ね合わせ、応援するとともに、それを自らの励みにすることは少なくないだろう。
 私の場合、法曹を目指して進んでいく時期と重なったこともあり、間違いなく「頭脳格闘技」(将棋)の若きスター谷川はその一人だったのである。

 80年は、私が司法試験に合格した年であるが、谷川浩司はB2。かの有名な、芹沢九段との一局が行われた年でもある。
 82年は、私は修習2年目で、谷川浩司はA級になっていた。
 この年、中原誠対加藤一二三の歴史に残る名人戦10番勝負が行われ加藤が奪取した。
 私は、関西将棋会館の解説会でその歴史的場面を見た。

 続く83年は、私は新人弁護士一年目。
 A級谷川浩司は前年度当然のように挑戦権をつかんで、名人加藤一二三に挑み、この83年、「あたかも目の前のミカンを手につかむように」(芹沢九段の言葉)名人位を奪取した。
 このときも、私は、関西将棋会館にいた。
 解説は、「だるま流」森安秀光九段。私は、「谷川新名人」が決まった瞬間、大盤をにらんだまま、しばらく声を発することが出来なかった森安の様子が今なお目に焼きついている。

 以後、谷川は名人も併せてA級に32期連続で在籍したのである。
 見事としか言いようがない棋界のビッグスターである。
 その彼が、今回は、自己の対局でないところで、しかも未明の時間に陥落が決まったという。
 これでこのまま終わるのでは、ビッグスターに似つかわしくない。
 今は、会長職に忙しい谷川であるが、落ち着いたとき、きっとA級に戻って来るに違いない。
 それが、楽しみである。



【追補】

朝日の1月11日付け夕刊にも谷川陥落の記事が出ており、
文中、「ちょっと早いけど僕の自叙伝です」(毎日新聞社)が引用されていた。
そこで書棚から同書を探してぱらぱらと読み直したところ
先のブログの「勘違い」に気付いた。

谷川が、芹沢九段と一局交えたのは、谷川が七段のとき、
つまり「鬼の住み家」と言われたB1のときで、一年ずれていた。
どうやら、谷川がB2で初めて対戦した中原一六世名人の時と混同していたようである。

ちなみに芹沢九段の書物も書棚から引き出して数冊パラぱらっと再読した。

酒好きの芹沢が、三日前から酒を断ち、全ての仕事をキャンセルして、
対谷川戦にのぞみ、元天才芹沢は見事に谷川を負かすのである。

負けた谷川は前著「自叙伝」でその対局を振り返り
「そのときの芹沢先生は、さすがに強かった」
「芹沢先生との対局は、それが最後になった。一戦して一敗。忘れられない対局である」と記している。

一方、芹沢は勝ったものの、谷川を絶賛している。
芹沢が谷川を絶賛している文章は幾つもあるが、例えば「どんと失敗、どんと成功」では
たった一局であるが、一番だけでもさせたことに
「将棋指しになってよかった」と述べている。

尚、前述ブログの芹沢の引用部分も正確には以下の通りであるので修正する。
芹沢は、中原以上に才能のある米長、内藤が未だ名人になれない、その思いを綴った後
谷川は「目の前にある好きな果物を手に取るように、いとも易く名人位を獲ってしまったのである」と
記している(「王より飛車が好き」(サンケイ出版)より)。
(1月12日追記)
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by kazuo_okawa | 2014-01-11 23:40 | 将棋 | Trackback | Comments(0)