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by kazuo_okawa
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麻生ナチス発言に見る本音

麻生副総理の「ナチスの手口に学んだらどうか」の発言は
本人がいくら撤回しようが、きわめて問題であることは言うまでもない。
本人がとってつけたように「ナチスを肯定していない」といっても
そうはとられないであろう。
(現に、一部=手法は学ぼうとしている)

麻生発言に対す評価はマスコミや各種団体の
批判するとおりであり、私が改めて指摘するまでもないであろう。

さて新聞記事をよく読んでみると
麻生氏はその発言時、次のようなことも言っている。
「靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた
人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」

「静かに参拝すべきだ」の趣旨が、私人として行くべきだ、という趣旨なら
異論はない。
しかし、引き続く「お国ために」の一文をみると
どうもそうは思えない。
そもそも「私人」の立場なら、どんなに本人が大騒ぎしても
誰も問題にはしない。
政治家も、一私人としてなら「信教の自由」を有しているからである。

とすると麻生氏のこの下りはどういう意味なのか。

公式参拝は明らかに憲法違反である(高裁判例がある)。
にもかかわらず、中韓に騒がれないように
静かにやれ、というのである。

つまり、公式参拝(という憲法違反行為)をこっそりやれ
ということになる。
これは言わば「泥棒の論理」であり、ナチス発言と結局は同根なのである

ちなみに後段の「お国のために命を投げ出してくれた人に
敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」という発言もおかしい。

命を投げ出した人は、必ずしも、自ら進んで「お国のために」命を投げ出したとは限らない。

無理矢理、戦場にかり出され、「犬死」にになった者もいるのである。
そのような死者(そして遺族)にとっては、「敬意と感謝」などいらない、
という者もあろう。
にもかかわらず麻生氏は全て一律に一方的な押しつけをするのである。

この発想は、橋下氏の慰安婦発言と共通する。
(私の先のブログを読まれたい)

橋下氏は麻生氏を「行き過ぎたブラック・ジョークだったのではないか」と
かばったらしいが、橋下氏が麻生氏をかばうこと自体が最大の「ブラック・ジョーク」であろう。
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by kazuo_okawa | 2013-08-02 01:48 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)