私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

苦悩する日弁連

日本弁護士連合会(日弁連)の最大の行事である
人権大会が、10月3日~4日の両日
広島で開かれた。

日弁連の人権大会が司法に影響を及ぼしたことは
少なくない。
刑事関係では、1989年の松江の人権大会が有名であり
このときの議論・決議が契機となり
その後、当番弁護士制度を生み、そして、さらに
被疑者国選制度などにつながっていった。

しかるに今、日弁連の影響力が低下していると危惧される。

現職検事の証拠捏造というとんでもない事件に端を発し
検察の抜本的改革が迫られた。
にもかかわらず、それを議論する法制審特別部会では
取調の全面可視化は例外を設けて後退しようとしている。
それどころか、盗聴捜査の拡大や司法取引など
捜査権力を拡大する新たな捜査手法が織り込まれようとしており
検察の「焼け太り」とすら言われている。

特別部会のメンバーには、村木厚子元厚生事務次官、周防映画監督などの
有識者も含まれている。
無論、日弁連推薦委員もいる。

しかしことは思うように進まず、日弁連(委員)は
何故もっと闘わないのか、何故法務省のいいなりなのか。
このような批判が人権大会の場でも指摘された。

無論、日弁連推薦委員は決して意見をいってないわけでは
ないだろう。
しかし、現状は大きく後退している。
とはいえ日弁連意見が通らないからといって
推薦委員が、椅子を蹴飛ばし会議室を立ち去る
というわけにも行くまい。
そのような行動に対して、国民が、拍手喝采を送ってくれるなら別だが
まずありえない。

批判はもっともだが、だからといってどうすべきか、難しい。

人権大会の最大の山場は決議案の審議である。

議論になったひとつは
「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案」
である。
決議に反対する意見もあれば、「生ぬるい」という逆の立場からの批判もある。

元日弁連の役員で従来なら執行部案に賛成してきたK氏が反対したり、
或いは、常に執行部案に批判的な立場を貫いてきたT氏が賛成意見を述べたり
(といってもやはり執行部には辛口であったが)
錯綜した議論も興味深い。

私は、決議案に賛成した。

もう一つ議論を呼んだのは
「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議案」である。
反対意見が相次ぐ。

要するに「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す」ことは
いいとしても、その手法が違うでしょう、というわけである。
確かに、執行部の決議案は、税・社会保障にあまりに主眼を起きすぎている。

税・社会保障制度の論及自体は間違いでないにしてもそれだけでは無いだろう。
反対派の言うとおり、新自由主義批判、労働法制の抜本的改革の指摘が不可欠である。
その意味で反対派は正しい。

とはいえ決議案がマイナスになるという
反対派の理屈にも今ひとつ与しがたい。

私は考えて、かくて、棄権した。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-05 02:06 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
数学を小説に織り込む手法に
コリン・ブルース「まただまされたな、ワトスン君!」
(角川書店発行)がある。

ホームズ・ファンに嬉しいパスティーシュであるが
数学をトリックに使っているところが味噌で
言わば、数学の勉強にもなるというわけである。

その第8話に「ベイズの定理」を利用した一作がある。
ホームズが、直感と数学(統計学)の違いを指摘する
面白い話である。

しかし私が興味をもったのは、著者の後書きで
「現在イギリスの弁護士は、ベイズの統計学を
陪審に説明していけないことになっている。
混乱させてしまうからだ」という一文であった。
一体これは何なのか!?

この書が日本で発行されたのは2002年だが
職業側、この下りが妙に印象に残った。

時が経過し、2009年、日本で裁判員裁判が実施されることになった。

実施前に、少し調べてみると、アメリカの陪審員裁判で
陪審員が統計学を誤って理解し、誤審した例がある。

それがコリンズ裁判である。

大変面白い上、あまり知られていないようなので
このコリンズ裁判を裁判員裁判とからめて
一遍の論考とした。

これは「コリンズ裁判と訴追者の誤謬」という題で
私のホームページ・主張欄にも掲載しましたので
是非お読みください。

なお、拙著「『裁判員制度』の本義」(一葉社・2009年発行)には
その論考も含めて、裁判員裁判に関する話題を入れていますので、
そちらもお読み頂ければ幸いです。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-03 00:00 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
モンティ・ホール問題とは何か。

それは、モンティ・ホールというアメリカの人気司会者の
1990年代の人気ゲーム番組で紹介され、激論を生んだ問題である。

モンティ・ホール氏という人は、日本で言えば
みのもんた氏のような人気者で、番組は、
みの氏の、あの「ラスト・アンサー」のようなものでしょうか。

激論を生んだ問題は次の通りである。

3つのドアの内、1つに「当たり」の新車が隠れている。
残り2つは、はずれの山羊がいる。

その状態で、プレイヤーは3つの中から、1つのドアを選ぶ。

そして、その選ばれたドアを開ける前に、司会者モンティ・ホールは
(彼は正解を知っている立場から)プレイヤーが選んだドア以外の
(2つのドアから1つを選んで)、山羊(つまりはずれ)のドアを開ける。

残っているのは、もともとプレイヤーが選んだドアと、そしてもう一つのドアである。

この状態で、モンティ・ホールは尋ねる。

「最初に選んだドアを変えてもいいですし、無論そのままでもいいです。
どうしますか?」

…どちらを選んでも、所詮、確率は二分の一。
ならば、最初に選んだ通りで行くか。

こう考えたあなたはまさしくカモである。

実は、ドアを変えた方が、当たる確率は2倍になる。
これが、ベイズの定理からの帰結である。

しかしこれが大議論を呼んだ。
2倍になるのはおかしい、という反論である。
実際はこの反論自体が間違っているのであるが
人々の感覚とは合わず激論になったのである。

大議論を呼んだことから、ベイズの定理という言葉よりも
モンティ・ホール問題という言葉の方がよく知られている。

現に、統計本やパズル本ではよく出ている。
私もモンティ・ホール問題を取り上げた書物は、何冊も持っている。

これくらい有名であるのは、人々の直感に反するからだろう。
何故、2倍になるのか、どうしても理解出来ない。
その感覚との齟齬がますますこの問題を有名にする。

垣根涼介氏は、そのモンティ・ホール問題を、歴史小説にしたのであるから
その大胆且つ新鮮な発想に大拍手を送らざるを得ない。

帯の文句がまた凄い!

「かつて、これほどまでに美しいい『ベイズの定理』の
応用例が存在したであろうか」

皆さんに本書を是非お勧めする。

(…と言いながら、実は私自身はまだ5分の1くらいしか読んでいないのであるが…
ここまででも面白い。)

【追記】
その後、読了したが、最後まで面白い作品であった。
お勧め本である。




.
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-02 00:22 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
仕事上、遠方に行くときに、書店によって本を買うことが少なくない。
移動中や待ち時間に結構読めるからである。

本日も移動前に、書店に寄る。

すると平積みの「光秀の定理」が目に入った。

サントリーミステリー大賞でデビューした垣根涼介氏の
最新作であるが、正直なところ氏の作品はあまり読んでいない。
しかし、目に付いたのは、題名と、帯に「ベイズの定理」という言葉、
そして、表紙カバー裏の次の下りである。

光秀の闘い長光寺城攻めをして
「その山城に至る山道は四本。うち三本には伏兵が潜む。
光秀は二つの道は見極めた。残る二つにひとつ。
だがその確率は、本当に五〇パーセントか!?」

何と、これはモンティ・ホール問題でないか!

著名な数学(統計学)問題であり、
論理パズルマニアにはお馴染みの問題である。
俄然、興味をもってノータイムで買うことにした。

電車の中で読み始めたが、正直感心した。

冒頭に、このモンティ・ホール問題を利用した
インチキの賭け事をする場面から入る。
なかなか興味深い。

思えば、数学の知識を小説に生かすという手法自体は
これまでもある(私の好きな、シャーロック・ホームズものでは
「まただまされたな、ワトスン君!」や
「数学者シャーロック・ホームズ」などがある。)。

「光秀の定理」が素晴らしいのは、時代設定である。

世界に誇る「和算」の江戸時代ならそういう知識人、
というか数学者がいてもあまり珍しくない
(と言っても実際はこの問題は現代人も勘違いする名問題であるが)。

それを、光秀の時代に、持っていったところに
感心したのである。
光秀の時代なら、定理を操るは天才であり
多くの人物には、定理は理解できないであろう。

大変興味深い設定である。

実際は、本日、車中で、あまり読めなかったが楽しみである。


.
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-10-01 01:48 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
我が京都大学推理小説研究会(京大ミス研)出身作家のエース
綾辻行人氏の最新作を読む。

名作「アナザー」の続編、「アナザー・エピソードS」である。
<以下、ネタバレしています>

ホラーであるが、本格である。

「殺された」Sの視点で謎を解くという
言わば、ホラーの自由性を生かした
枠組み設定なのであるが
視点そのものをひっくり返すという
とんでもないトリックなのである。

その結末の意外性には驚かされる。

実は、私自身はホラー小説自体は必ずしも好みではないのだが
綾辻氏の場合は別である。

基本が本格だからである。

結末を知って、再読すると、傍点をふった表現の巧妙さや
ダブル・ミーニング、ダイイング・メッセージなど
作者の企みに感心させられる。

そこかしこに仕掛けられた企みを味わう。

これこそ、本格の醍醐味である。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-09-29 20:53 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

裁判長、笑顔の補足説明

昨日、大阪高裁で実に画期的な
憲法違反を指摘する判決が出た。

その内容は、先のブログの通りであるが
判決言い渡しの法廷で大変興味深いシーンがあった。

判決の言い渡しは、普通は「主文」という結論だけが読み上げられる。

本件では次の通りである。

「本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする」
これだけである。
控訴したのはこちらだから、これでは負けである。

そして「事実及び理由の朗読は省略します」と
裁判長が述べて、そくさくと退席するのが通常である。

かつての「荒れる法廷」だと、裁判長退席の場面で
絶妙のタイミングで、傍聴席からヤジが飛ぶ。

「裁判長、逃げるのか!」
「理由を言え!」
これが、傍聴のヤジの二大横綱である。

ところがである。
昨日は違いました。

裁判長が、退席せずに、私の方を見て話し出しました。
(私に話しかけたのは、主任の武村弁護士が欠席して
私が一番前の席に座っていたからです)

「理由はあとから読んで頂くとして、
公選法自体は違憲としました」

(内心、おおおっと驚く)

「しかし違法というのは、まあ要するに
熟慮期間が過ぎていない、というわけです」

分かりますね、というように笑顔をうかべられたので 
裁判長に私は軽く頷づいた。

終わって書記官も私に近づく。

「ほらここです。」と何と、判決文を持ってきて
違憲判断のページを示したのである。

まあ、珍しいシーンですね。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-09-28 16:49 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
私の古くからの知り合いである稲垣浩さん(労働組合委員長)が
道交法違反などで、2010年3月から10月にかけて
滋賀刑務所に服役した。
その受刑者である期間中の7月に参議院選挙が行われたのであるが
受刑者に投票が制限されている公職選挙法(公選法)を根拠に
稲垣さんは投票できなかった。

そこで公選法は憲法違反である、として
提訴したのがこの事件である。

私は最初から弁護団に加わりこの訴訟に関わった。

残念ながら一審判決は、全面敗訴。

ところが大阪高裁は、2013年9月27日に、
理由中であるが、受刑者の投票権を一律に制限する
公選法は憲法違反である、としたのである。

裁判そのものは、違憲の公選法であるが、それを廃止する
立法をしなかったからといっても、十分に期が熟していたのに
放置していたというわけでないから、国家賠償法上の違法性は無いとして
損害賠償請求そのものは棄却した。

しかし内容的には実に画期的な判決である。

まず、判決は選挙権が憲法上の基本的な権利であることをのべ
そしてその制限には「やむをえない事由」が必要という。

次ぎに判決はそのやむを得ない事由があるのかを判断する。

まず刑事施設収容中であることに伴う事務的支障はない。
それは国民投票法では受刑者も投票権のあること、
未決収容者にも選挙権のあることからしても、
事務的支障は制限の事由にならない。

受刑者であること自体も制限の理由にならない。
ここで判決は受刑者の収容目的は改善更生であることも指摘する。

更に、一審判決が強調した「情報取得の困難性」についても
判決は明快である。
法が受刑者に情報取得を禁止していないこと、
2005年最高裁判決の事案である在外邦人の場合よりも
国内の受刑者の方が情報提供は容易であること、
仮釈放中の者には「情報取得の困難性」は理由にならない、ことから
結局、これも制限の事由にならない。

そして結論として、公選法は憲法違反だとしたのである。

凄い。

我々からすれば当たり前の判決であったが
実に素晴らしい判決である。
[PR]
# by kazuo_okawa | 2013-09-28 16:24 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(2)