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by kazuo_okawa

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マクドナルドが、2015年1~6月、最終損益が262億円の赤字を出し、閉店が相次いでいることが話題になっている。
そもそも2004年に原田泳幸会長兼社長が就任してからは、マクドナルドは8年連続で既存店売上高が前年を割ったことがないくらい好調を維持してきた。

原田会長は色々なシステムを構築し、言わば改革の旗手であった。
それゆえ今回の低迷は、昨年の「期限切れ鶏肉」「異物混入」などの要因があり、顧客の信頼をなくし売上げが低迷したからだと言われている。

しかしマクドナルドといえば、この原田会長時代に、労働界では著名なマクドナルドの「名ばかり管理職事件」が生じている。
管理職には、残業手当を払わなくて良い、という労基法を逆用して、「店長」は管理職だから、と残業手当を払わずに、過酷に働かせた事件であり、そのあまりにもひどい残業に「店長」が日本マクドナルドを訴えたという事件である。

2008年1月28日、東京地裁は、日本マクドナルドの直営店店長は労働者であり、会社側が店長を「管理監督者」とみなして残業代を払わないのは違法だとして、未払い残業代など約750万円の支払いを命じた。

従業員に対して過酷に働かせるという扱いをしていては、その従業員にはおよそ愛社精神は出てこないであろうし、めまぐるしく超過労働をさせられる中で、消費者の安全に思いを巡らす余裕も出てこないだろう。

無論、「名ばかり管理職」と「低迷」との間の因果関係は分からない。
しかし、従業員を大事にする会社が長い目で見て生き残る。
そういう会社やそういう社会であってほしい、と改めて思う。
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by kazuo_okawa | 2015-11-30 23:08 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
KUMA(京大奇術研究会)OBのメンバーである谷英樹氏が「犬とトリックと私」という楽しいホームページを作って色々な情報を公表してる。
いつも拝見して参考にさせて貰っている。

その最近の「日記」で、北村薫『中野のお父さん』第3話『鏡の世界』の話題が出ていた。

私は未読だったので(最近、ミステリが全く追いつかない)早速購入して読む。

【以下、ネタバレしています】

谷氏曰く、(以下、ネタバレに繋がるため未読の方はご注意)として、「《180度回転》すべきところを誤って《上下反転》してしまった」という推理が正解だと思うのですが、いかがでしょうか?とある。
これは全く、谷氏の指摘が正しいと思われる。
おそらく北村薫氏のミスであろう。
これだけでは、何のことかわからないでしょうから、是非、北村氏の作品と谷氏のホームページをご覧下さい。

谷氏の指摘に触発されたが、この作品の他の箇所も興味深い。
まず、女優のエピソードである。
女優を映した写真をその女優に示したところ、気に入らないと拒否される。
しかしその同じ写真を「ウラ焼き」にして見せたら、今度は10枚中3枚気に入った、というのである。
鏡像は、一見、「左右」を反転させるが、実際は「奥行き」を反転させるものである。
しかし世の中には、「鏡像反転」を否認する人もいるという。
(高野陽太郎「鏡映反転」岩波書店が詳しい)

頭の中で画像処理して、何も、反転していないというように見えるようだ。
そういう人からすれば、鏡像も写真像も(頭の中で処理して)同じに見えようから、気に入らない写真は、表焼きだろうが、ウラ焼きだろうが、気に入らないものは、気に入らないであろう。
とはいえ、ウラ焼きを別のものと感ずる人もいるだろうから、この下りが決して間違っているわけではない。

また、またドアに書かれた文字を見て「劣情」と読んだが、それは「OYSTER」のガラス文字を反対側から見たというエピソードもある。
つまり、「RETZYO」と読んだわけだ。
この場合は、実際に目に映るのは「R」と「E」はウラ焼きに見えているはずだが、頭の中できちんと処理して「R」「E」と読めているわけだ。
これもそういう読み方をする人がいるから間違いではない。

北村薫氏が意識しているのかどうか分からないが、同じような2つのエピソードは、実は違うタイプの見え方が出ているのである。



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by kazuo_okawa | 2015-11-28 16:33 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
安倍首相は、繰り返し、世界で一番企業が働きやすい国を目指すと言っている。
ここには、労働者保護の視点はない。
また「アンダーコントロール」の虚偽で導いた東京オリンピックを前に、世界で一番安全な国を目指すという。
ここには、管理・監視の怖さの視点はない。
岩盤規制を取り崩す、というが、新自由主義の名の下に格差社会は広がるだろう。
一億総活躍というが、何をさせられるか全く分からない。
一体、何の一番を目指しているのか。

言えるのは、安倍首相には一番肝心の「民主主義」の視点は毛頭関心がないことだ。

ジャーナリストによる国際的なNGO「国境なき記者団」が毎年「報道の自由度ランキング」を発表している。
「報道の自由」は民主主義の大前提である。
いささか旧聞に属するが、本年2月「国境なき記者団」は日本の自由度を発表した。

それによれば、何と日本は世界61位と大きく後退した。

もともと日本は誇るべき憲法を持ち、表現の自由、報道の自由が保障された国だった。
それが何故、こんなに大きく後退したのか。

言うまでもなく、特定秘密保護法の制定が最大の原因である。

この法律の問題は、私のブログでも指摘してきた。
平たく言えば「特定秘密の範囲が曖昧で、何が秘密かもわからない」ことである。

こんな法律は廃止しなければならない。
そして、民主主義に直結する「報道の自由度」こそ、世界の一位を目指すべきものであろう。
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by kazuo_okawa | 2015-11-28 00:27 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
25日のテレビを見ていると、政務活動費を騙しとったとして詐欺などの被疑事実で起訴された野々村竜太郎氏のニュースがあまりにも賑やかしい。
つまり、24日に野々村氏の初公判が開かれる予定だったが、本人が欠席した。
本人は出廷する予定だったが、報道関係者が自宅を取り囲み「家を出られない」との理由で欠席したという。

これはこれでそれなりに報道価値があるのかもしれない。

そうであれば、国民に大きく影響する次の事実こそ、もっと批判的に大きく報道すべきだろう。

国連人権理事会のデービッド・ケイ特別報告者(表現の自由担当)が12月に予定していた秘密保護法等の日本での現地調査が、日本政府の要請で突如延期になったという。
ケイ氏は2013年に成立した特定秘密保護法の現状などを調査する予定だった。

政府の説明は、調査自体は受け入れるが「予算編成作業などで十分な受け入れ態勢を整えることが困難なため」「国会開催中もやめてほしい」と延期を求めたという。

何のことはない。
要するに、政府は来年の参議院選挙までは止めてほしい、というわけだ。
これほど身勝手で、また政治的で、しかも国民を舐めた話はないだろう。

予定通りに、ケイ氏が12月1日から8日まで日本政府やNGO関係者と会い、表現の自由に関する調査をしていたら、来年参議院選挙前に、日本の「不自由さ」が指摘されていたであろうことは間違いない。

世界の人権水準レベルで見たとき、日本の法制度のひどさは、政府自身が知っている。
だからこそ、参議院選挙前の調査は困るわけだ。
だからといって身勝手な延期は許されない。

これではまるで号泣議員と同じである。

号泣議員が、裁判を欠席するのは自分勝手でおかしいと批判するのはいい。
しかし、そうならば、同じように、いや国民への影響力を考えればもっと大きい、政府の調査延期の方を、勝手だと批判すべきでしょ。

この、政府の勝手な延期をもっともっと大きく批判してほしい。
国会開催中だって何の支障もない。
秘密保護法が2013年成立ということを考えると、もっともっと早く調査されるべきである。

号泣議員を取り上げたマスコミは、少なくとも同じように、この問題を取り上げてほしい。

【2016年2月4日追記】
このブログを私の事務所報に載せたところ、こういう事実を知らなかったとの感想など結構反響があった。おそらく多くの人が批判の声を上げたからだろう。2月4日本日、国連の表現の自由特別報告者デビッド・ケイ氏の日本公式訪問が本年4月12~19日に実施されると公表された。遅ればせながらであるが喜ばしい。秘密保護法廃止の一助となってほしい。
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by kazuo_okawa | 2015-11-26 21:38 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
ニュースによれば、選挙無効訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷は11月25日、「憲法が要求する投票価値の平等に反する状態だが、合理的期間内で是正されなかったとはいえない」として「違憲状態」と判断した、という。
14人の裁判官のうち9人の多数意見である。
最高裁衆院選を「違憲状態」としたのはこれで3回連続である。
しかも、今回は3人の「違憲」判決がある。
「違憲状態」というのは、結果的に「選挙」を無効としなかっただけで、「違憲」であることには違いない。
つまり最高裁14人中、12人が違憲としているわけだ。

こうなれば、結果的に「無効」とされなかったとしても、違憲の選挙制度で選ばれた政治家は、謙虚でないとおかしい。

つまり、「国民の信託を得た」などと言って勝手なことをしてはいけないのである。

まあ、こんなことは改めて言うまでもないことである。
とはいえ、今も、公然と「憲法違反」を重ね続ける「反知性」安倍首相にはとうてい通じないだろう。

むしろ、結果的に安倍首相を支える、自民党支持者、保守派にこそ、違憲判断を無視するのか(違憲首相を支持すすのか)、と問いたい。
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by kazuo_okawa | 2015-11-25 23:48 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
昨日のブログに書いたとおり、第65期王将挑戦者決定リーグ戦最終局は、マニアにとっては大変興味深い一局であった。

仕事を終えての帰路、インターネットでアクセスすると、何と、既に勝負は終えていた。

84手目渡辺が投了。
羽生の勝利である。
渡辺は、持ち時間52分残して、午後6時2分に終局している。
う~ん。

棋譜を追いかけると、驚くべきことに(いや本当は羽生らしく)、羽生が対渡辺に3連敗している戦型を選択している。
こういうところが羽生の凄いところである。

9筋の攻防も面白いが、何と言っても、渡辺が羽生の飛車に狙いを付けた24香に対し、羽生が意に介せずとばかりに、同飛車と切る場面が素人目には圧巻である。

見ていて面白い一局であるが、渡辺の米長哲学観は依然として「謎」である。

それにしても羽生はあらゆる意味で凄い。
第一回叡王戦に参加しなかった羽生は、郷田王将に狙いを付けたのであるまいか。

対山崎戦のみを残す郷田であるが、その郷田が初代叡王に輝いたとしても、春に「名人戦」とほぼ平行して行われる「電王戦」(初代叡王がコンピュータソフト「ポナンザ」と闘うことが決まっている)に登場するときには、その郷田を「無冠」とさせたいのではないか。

王将戦挑戦者決定戦、初代叡王決定戦。
心情的には、久保、山崎の関西勢を応援しているが、おそらく、羽生、郷田が勝つだろう。

【12月13日追記】
羽生は勝ったが、叡王戦は山崎八段が勝利した。
第一局の逆転勝ちを見ての通り、山崎の気迫が上回ったということだろう。
関西若手の「兄貴分」としては、糸谷、豊島らの活躍に思うところがあったに違いない。
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by kazuo_okawa | 2015-11-25 23:01 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

渡辺明棋王と米長哲学

運というものを信じない合理主義者渡辺棋王は米長哲学を本当のところどう思っているのか。
このテーマは大変興味深い。

「米長哲学」とは将棋ファンにはおなじみの亡き米長邦雄永世棋聖の教えであり、
「自分にとっては消化試合でも、相手にとって大きな勝負には全力を尽くすべき。そのことによって運を呼び込む」という勝負哲学として知られている。

渡辺明棋王がこの米長哲学をどう評価しているか、私は仮説を立てて以前のブログに書いたことがある(2013年11月23日)。
今回、それを試す、格好の対局が迫っている。
明日11月25日、王将戦挑戦者決定リーグ戦最終局である。

相手は、王将戦挑戦者の可能性がある羽生名人。
大一番である。
かたや、渡辺棋王は来期リーグ戦からの陥落も決まり消化試合。
しかも並行して渡辺にとっては重要な竜王戦というビッグマッチを行っている。

この状況は、いかにも渡辺棋王が負けそうである。

この一戦は、タイトルマッチではなく、挑戦者決定戦でもなく、単にリーグ戦の一局にすぎない。
しかし、米長哲学を知る将棋ファンにとっては、俄然注目される、実に興味深い一局となった。

明日、渡辺棋王はどういう戦い方をするのだろうか。
是非とも激闘を期待したい。
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by kazuo_okawa | 2015-11-24 22:19 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
東野圭吾の新作を読む。
ここ数年思うことであるが、東野圭吾は超売れっ子作家なのに、新聞や週刊誌の「連載」から始めるのではなくていきなり「書き下ろし」であり、しかも廉価な軽装版(ソフトカバー)の出版を続けていることに驚く。
出版不況の中で彼なりに思うところがあるのだろう。
「人魚の眠る家」も軽装版である。

【以下、少しネタバレしています】

ミステリの定義をどのように行うかは難しいところがあるが、広い意味で、何らかの謎、サスペンス、そして意外性を含むものと私は考えている。

そう考えたた場合、本作は、ミステリとすればいささか物足りなく感ずるほど薄味である。
東野の作品ゆえ否が応でもミステリとして読むため、頭の片隅に、プロローグの宗吾はどうなるのだろう、瑞穂のプールでの事故の真相は何なのだろう、ということは念頭に置いて読み続ける。
とはいえ作者自身は正面切って「謎」はぶつけないのである。

無論、プロローグとエピローグでの「結びつき」がミステリらしいストロークであり、途中に登場する新章房子の存在と、若葉の告白もミステリらしい。
しかし作者自身は、そういうところに主眼はない。

東野圭吾の手腕をもってすれば、ミステリの味付けはいかようにも濃くすることは出来る。
例えば、瑞穂の事故に疑問を抱く人物を強く打ち出したり、「新章房子」をもっと早い時点で登場させるなど、ミステリ風味を強く打ち出すなどお手のものだろう。

しかし東野圭吾はそうはしなかった。

薄味の分だけ、脳死と法律、或いは人にとって「死」とは何か、という重いテーマを考えさせられる。

スキー場を応援するために、文庫本「白銀ジャック」を書いたように、東野圭吾は、臓器移植問題を考えて貰うために、わざと、ミステリ味を薄口にしたのだろう。

読み終えて、またしても、作者の手のひらに乗せられていることに気付くのである。

東野圭吾、さすがである。


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by kazuo_okawa | 2015-11-23 21:40 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
大阪府・大阪市のダブル選挙で維新候補が共に勝ったという。

5月の大阪都構想住民投票時と比較して、告示後の、盛り上がりの低さをみれば(それはそれで公職選挙法という悪法のせいでもあるが)ある意味で予想された「大阪らしい」結果なのであろう。

反維新の敗因は幾つもあろうがその一つは間違いなく、反維新候補が「自民党色」を強めていったことだ。
反維新のはずが、何故「『アベノミクス』の恩恵を大阪に」などという演説になるのか。
しかも、「オール反維新」ではなくて、何故に自民推薦を強調するのか。
「安倍首相」のポスターがあんなに大きく出ていたのでは、とうてい、応援する気にはならない。
あまりにもあほらしい。
そんな、反維新派も少なからずいただろう。

先程来のニュースを見ていると、維新の記者会見で「橋下市長の成果が評価された」とかその他勝手なことを言っている。
勝てば何でも出来るという安倍首相とそっくりである。

しかも、松井氏は橋下市長の引退について、「一旦は身を引く」とか言っている。

ええっ!!何!「一旦、身を引く」
引退と言っていたのに、「一旦」なんてあるんですか。
戻ってくるなら、それは引退と言わんでしょ!

これでは、まるで、まるで(引退興行を繰り返す)「プロレス」である。

いやあそうか、松井知事は、橋下維新は、自民党(反維新候補)と対決しているようで、実は、「プロレス」(出来レース)ということを無意識に自白しているんですね。
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by kazuo_okawa | 2015-11-22 22:05 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
ニュースによれば、藤沢市の市立小学校で、教諭が算数の授業の際に「嫌なやつ(18782)と嫌なやつ(18782)を足すと皆殺し(37564)になる」とする語呂を読み上げて電卓の使い方を教えていた、という。
市教委は「不適切な指導方法だった」とし、保護者説明会を開いて謝罪し、本人自身も「数字に興味を持ってもらうためだった。反省している」と話したという。

ニュースに接したとき、語呂合わせとしては「ほほう」という感じで、私は面白く感じたものである。
歴史の年号や化学の周期表などを覚えるときに語呂合わせで覚えることがあるが、その語呂合わせは衝撃的なものほどインパクトがあり、記憶に残る。
実際私は、日常生活に全く関係ないのに、受験時代から何十年経っても未だに幾つかは覚えている…。

とはいえ、本件では、「数字」を覚えさせる授業ではない。
語呂合わせとしては面白くても、「嫌な奴は皆殺しせよ、というメッセージではない」と理解出来る年代でなければ不適切といわれるかもしれない。
(とはいえ保護者説明会まで開くというのはいささかオーバーな気がするが…)

そこで、思い出したのが、「数字に興味を持たせるための電卓で遊ぶ方法」である。

カシオの格安電卓が出回った1970年代によくこの種の本が出回った。
パズル本やマジック本にもよく出ていたものである。

その中で、色々なところで紹介されていた、あまりにも有名なのが次の電卓遊びである。

電卓を用意して下さい。
「12345679」と打ち込んで下さい。
次に、(1から9までの中で)あなたが自由に覚えた数字(例えば、覚えた数字が7なら、その7を)先の8桁の数字に乗じて(かけて)下さい。
その結果に、さらに9を乗じて(かけて)下さい。
…、あっと驚くことに、そこには7ばかり並ぶ!
(6を選んでいたら、6ばかり並ぶ)

このような電卓遊びはそれこそ幾つもある。

数字に興味を持たせるならば、例えば、次のような「数字」もある。

「220」という数字の約数(電卓で順に割っていけばすぐに分かる)を、220を除いて(これまた電卓で)足してください。
「1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110」
284になります。

今度は、同じように、この284の約数を284を除いて足します。
「1+2+4+71+142」
何と220になって元に戻ります。

この220と284の組み合わせは友愛数と呼ばれている。

作家小川洋子はこういった「数字」に魅せられてヒット作「博士の愛した数式」を世に発表したのである。


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by kazuo_okawa | 2015-11-21 19:35 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)