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by kazuo_okawa

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文庫版「Nのために」を読む。
語り手の視点を変えて進める湊かなえ得意の手法であり、
しかも読み進む内に、あれ、と思わすのがにくい。

【以下、ネタバレしています】

ミステリとしてはかなり面白い。
というか「文句なし」です。

刑事裁判としては解決ずみのはずの、野口夫妻の死亡事件が、
語り手が変わる毎に、真相が徐々に明らかにされていく。

その都度、頁をもとに戻して確認するのは心地よい楽しみである。
最後の十数頁は驚きである。

杉下が述べる「奈央子さんは自殺じゃない」の言葉が
一瞬、自殺の肯定なのか、否定なのかわからず、その混乱が楽しい。
「思いこんでいたとしてもそれは愛」と西崎はいうのがまた良い。

そして一番驚くべきは、仕掛ける側の杉下が、
何と、仕掛ける相手に、その仕掛けを打ち明けていたというのである。
いやあ、このサプライズエンディングが実にいい。

というわけでミステリとしてはお薦めの作品ではある。

しかし、私が気になったのは、杉下が野口夫妻に近づくための道具とするなど本作の中心的アイテムであるはずの「将棋」である。
つまり将棋の出てくる場面がどうにも違和感を覚えるのである。

野口氏は将棋が趣味と公言している人物であり、その人物が、安藤と将棋を指し、不利になると中断する。
実は中断して、杉下の指導を仰ぐのであるが、そのときに野口は棋譜を再現している。
棋譜を再現できるというのは実は相当の実力者である。
一方、安藤はどうみてもそんなに強くないはずだが、
野口がその安藤との勝負に不利になって、中断しているのである。
どうにもしっくり来ない。
また、「詰め将棋で覚えた戦法」「穴熊、美濃囲いなど(の)戦法」などという表現が出てくるが、そういうところは「戦法」ではないでしょう、と突っ込みを入れたくなるなど、不自然なのである。

それゆえに、本格ミステリファンとしては、そこに何かの仕掛けがあるのでは、と思ってしまう。
実際は何もなく、おそらく、作者湊かなえ氏が将棋に詳しくないだけなのだろう。
その点が、実に残念である。
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by kazuo_okawa | 2014-08-31 21:23 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
本日の朝日新聞朝刊によれば
国連人種差別撤廃委員会は8月29日、日本政府に対して、ヘイトスピーチ(憎悪表現)問題に「毅然(きぜん)と対処」し、法律で規制するよう勧告する「最終見解」を公表した、という。

当然であろう。
ヘイトスピーチなど許されるはずはなく
それに対して規制しない「日本」が、世界の人権水準から大きく後れを取っているのは明らかである。

ところが記事に寄れば、日本の外務省は、
「表現の自由などを不当に制約することにならないかを検討する必要がある」と説明して法規制には慎重であるという。

お笑いぐさである。
なぜお笑いぐさかといえば、外務省のこの発言だけを聞けば、誰しも「ほう、外務省は、表現の自由という人権に配慮しているんだ」と理解されかねないからである。
日本政府・外務省が、これまでに常に、真に市民の「表現の自由」に配慮しているなら、その理解は正しい。。
しかし、現実の日本政府はそうではない。
国策に反対する表現(例えば、イラク派兵反対ビラなど)に弾圧を加えてきたことは明らかである。
そもそも「表現の自由」は、政府・権力に対して批判する自由がなければ、「表現の自由」とは言えない。

そういった「表現の自由」は規制しながら、一方で、世界基準たる「ヘイトスピーチ規制」には、「表現の自由」の名の下に慎重にとりくむと述べて、規制しようとしない。

一体全体、日本政府・外務省は、誰の「表現の自由」を守ろうとしているのか。

ここでもまた、憲法で規制される側の政府が、憲法の「表現の自由」を勝手に解釈してるのである。

こんな「お笑いぐさ」を決して許してはいけない。
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by kazuo_okawa | 2014-08-30 21:06 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
8月29日、日本将棋連盟と株式会社ドワンゴは、将棋のプロ棋士と最強コンピュータ将棋が対戦する 「将棋電王戦」 を2015年の3月から4月にかけて5対5の団体戦形式で開催するが、同対局を「将棋電王戦FINAL」と題し、2015年をもって終了すると発表した。

谷川会長の説明に寄れば、棋士側は、タイトルホルダーこそ出ないが、20代から30代前半の若手実力者をあてるという。
勝てるメンバーとしてファンも納得いくだろうという。

先般の電王戦の豊島七段の例を見るまでもな、若手実力者の登場はそれなりに期待しうる上、大変楽しみであるが、一方、今回がFINALということは、最強棋士羽生名人の登場はなくなったわけである。

ドワンゴ川上会長は、団体戦のこの企画は終了だが、必ずしも、棋士対コンピュータ戦が無くなったわけではない、とは述べた。
FINALの結果如何では、タイトルホルダーの登場もあるかも知れないというニュアンスである。
つまり、強豪若手棋士がことごとくコンピュータに敗れ、タイトルホルダーの登場に、みんなが期待すればありうるというニュアンスである。

しかしそれでもおそらく、史上最強の棋士羽生名人の登場はないだろう。
それは、7億円のギャラがいるとか、新聞社との調整がいるという理由からではない。

日本人の特性によるからである。

即ち、日本は、「ディープ・ブルー対カスパロフ」の世界とは違い
「あいまいな日本の私」の世界である。
おそらく最強棋士の登場のないままに、「あいまい」なままに過ぎゆくのが日本らしく
そして、おそらくそうなるであろう。

私自身は、コンピュータ対羽生戦は何をおいても是非とも見たい一局なのであるが…。
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by kazuo_okawa | 2014-08-29 23:53 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
弁護士間のメーリングで送られてきた8月26日の福島地裁判決を読む。
原発被災者の「自死」事案で被告東電の責任を認めるか注目された裁判であったが、内容はすでにニュースで流れているとおり、被告の「脆弱性」を理由とする反論について、判決は被災者甲氏の脆弱性を認めながらもそれを因果関係否定の理由とせず、損害額のところで2割の減額としている。

この2割減額が無ければ、最高に画期的であるが、さすがに、そこまでは難しかったようである。
とはいえ、良い判決であることには変わりない。

判決を読んでいると、予見可能性につき、次のような下りがある。

被災者甲氏のおかれた大変なストレス、すなわち避難に伴うよるストレスなど様々なストレスを列挙した後
「これらのストレス要因は、どれ一つをとっても一般人に対して強いストレスを生じさせると客観的に評価できるものである上、日常生活において経験することも滅多にない希な出来事であるといえ、甲自身も本件事故前には全く予期していなかったものと推認される。予期せずに、そのような強いストレスを生む要因たり得る出来事に、短期間に次々と遭遇することを余儀なくされることは、健康状態に異常のない通常人にとっても過酷な経験となるであろうことは容易に推認できる」と述べる。

つまり、本人にとって予期し得ない出来事がさらに過酷さを生む。

一方、被告の予見可能性に関し、
「被告は,原子力発電所が仮に事故を起こせば,核燃料物質等が広範囲に飛散し.当該地域の居住者が避難を余儀なくされる可能性があることを予見することが可能であった。そして,避難者が様々なストレスを受け. その中にはうつ病をはじめとする精神障害を発病する者.さらには自死に至る者が出現するであろうことについても,予見することが可能であったというべきである。」と述べる。

判決文を、平板に読んでいると「予期できない」「予見できる」と
一件矛盾するように思うかもしれないが、無論そうではない。

甲氏なら甲氏という特定の人物が、次々とストレスに遭い、精神障害を発症し、そして自死するなどいうことは、とうてい予期できない。
甲氏自身にとってもそうである。
それはそうであろう。

しかし、特定のある個人ではなくて、「誰か」に起こるというのは別である。
不特定多数の者が次々とストレスに遭い、そしてその中から精神障害を発症する者が出て、そしてさらにその中から自死する者が出るということは予見できるであろう。

このことは決して矛盾しないのである。

判決は被告東電にこの予見可能性を認めた。
ここが良い。
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by kazuo_okawa | 2014-08-28 20:33 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
「週刊将棋」最新号(8月27日号)を読んでいると
何と、「やうたん」こと矢内理絵子女流五段と
「深夜A時」こと飯島栄治七段&佐藤紳哉六段が
「ついたて将棋」をしているでないか。

いやあ、「ついたて将棋」とは、懐かしい。

熱心な将棋好きでもこの「ついたて将棋」は存じないかもしれない。
ルールは本将棋と同じだが、「相手の駒が全く見えない」点が違う。
といっても実際にそういう状態を作るために
将棋盤を向かい合うように2台用意し、その2台の間に衝立を置く。
衝立は相手の盤を遮るためのものである。
そして自分の前の将棋盤にはそれぞれ自分の駒だけを置く。
実はこの2台は同一盤上で闘っているのである。

互いに本将棋をするように自分の駒を動かすのであるが、
相手の駒が見えないために、相手の駒が取れたかどうか分からない。
そこで両方の盤面を見ていて、駒が取れたら、相手の駒台に駒を置く「審判」役がいる。

審判は、取った駒の駒台への移動だけでなく、一方が指した手が王手の時は
「王手」と声を発する。
また、飛車などが相手の駒を飛び越えて移動したとき(つまり本来あり得ない指し方)や、
相手の駒の上に、持ち駒を打ったとき
或いは玉が、相手の利き筋に移動したときは
いずれも反則であり、こういうときも審判は「反則」と発する。

反則は10回まで許されるが、それ以上反則すると「反則負け」である。

ついたて将棋は、本来の将棋の実力による勝負とは違う面白さがある。
相手の予想を超える位置に玉を移動させるという「構想力」、また、相手の駒の位置をいかに推理するかという「推理力・想像力」など、通常の将棋とは異なる能力が要求され、やってみると結構面白いゲームなのである。

相手の駒の位置を推し量るために、わざと「反則」をするという、高度な技術もある。
そこで反則回数をどこまで許容するかで、「奨励会ルール」や「京大将棋部ルール」などがある。

このようなついたて将棋は今から、40年くらい前には大いにはやった。
松田道弘氏もその著で「ついたて将棋」を紹介している。

私が学生・司法修習生のころには、将棋ファンを誘って、よく対局したものである。

実際かなり面白いゲームなのであるが、ただ一つの難点は、ゲームの特質上「審判」にかなりの能力が要求される点である。

審判は、2つの盤を、頭の中で、一つの盤に合体させていなければならない。
そして、王手、駒取り、反則を見落としてはならない、のである。
これが結構難しい。
現に、「週刊将棋」に寄れば、「やうたん」戦で、審判に、王手の見落としがあった、とある。

しかも審判に必要なのは、単にミスをしないということだけでない。
本当に重要なのは、審判役は常に、同じペースで粛々と進めなければならないということなのである。
審判が、直接のミスをしなくても、例えば、ある箇所で、じっと考えて「反則」といえば、その当たりは駒が集中していると推理出来て、かなり難しい局面とわかる。
他にも審判が通常のペースと違ったときは、そこに何かあると推測出来る。
このように審判の技量で、ゲーム本来の面白さが台無しになってしまうのである。

というわけで大変面白いゲームなのであるが、優秀な審判がいないためになかなか実戦が出来ないのが現実である。
私も約30年遠ざかっている。

やうたん戦の記事に触発され、
名審判のもとに、久しぶりに、「ついたて将棋」を対局したいものである。
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by kazuo_okawa | 2014-08-28 00:44 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
8月26日付け朝日新聞夕刊によれば
「原発事故後に自殺に賠償命令」
「東電に4900万円」
という大きな見出しとともに以下のように報じている。

「東京電力福島第一原発の事故後、政府の指示で福島県川俣町から避難を強いられ、一時帰宅中に自殺した女性の遺族が、東電に計約9100万円の賠償を求めた訴訟で、福島地裁は26日、東電に約4900万円の支払いを命じる判決を言い渡した。」

報道によれば、この裁判で、被告東電側はその責任を争い、本人の「脆弱性」を主張していたという。
つまり同じような状況下にある被災者はたくさんいるのに、にもかからず「自殺」したのは、本人の脆弱性によるというわけである。

「脆弱性」!

長年、労働側で労災事件を闘ってきた弁護士として、この言葉ほど腹立たしい言葉はない。
要するに「労働災害」を否定するために、本人が「弱かった」から生じた(従って災害による被害ではない)という被告側が常に口にする「弁解」の言葉なのである。
先の東電のように、他に「自殺」したものはいない、という弁解もよく聞く。
無論、こういう反論は論外である。

残念ながら、過去の労災事件では本人の「脆弱性」の名の下に、災害との因果関係を認めなかった判決もある。

しかし、違法な「災害」(安全義務違反)があったなら、そこから生じた被害には、本人の「弱さ」にかかわらず、救済すべきであろう。
もともと「人」は、強いものもいれば、弱いものもいる。
それが人間というものである。
「弱い」ゆえに救われないというのでは到底納得し得ない。

本件は注目された裁判であったが、福島地裁、潮見直之裁判長は「自殺と原発事故との間には相当因果関係がある」と、遺族側の主張を認めた、という。

素晴らしい判決である。

判決文全文を読んでいないために、一般化し得るのかどうかは何とも言えないが、
この判決が、広く、労災被害者の救済につながるものならば
尚更素晴らしいといえよう。
弁護団と裁判官に敬意を表したい。
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by kazuo_okawa | 2014-08-26 23:29 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
勤務先に黙っていた「前科」がばれて、解雇されるかもしれない――。こんな悩みが「弁護士ドットコム」の法律相談コーナーに寄せられた。相談者は過去に執行猶予つきの有罪判決を受け、その執行猶予中に採用されたそうだ。入社してから5年間、問題を起こすことなく真面目に働いてきたという。

その「弁護士ドットコム」から取材を受けた。

私は
「解雇されても仕方がない、とはいえない。
本件は一般的には『経歴詐称』と呼ばれるテーマであり、入社時の『経歴詐称』は懲戒解雇理由になることもある。その理由は、採用する側にとってその労働者の『労働力判断』に大きく影響するような事柄を『詐称』するのは、信義則違反として許されないからである判例にも懲戒解雇を認めたものがある、
しかし一方で、経歴詐称は、採用後相当期間に渡って大過なく勤務してきた場合は、経歴詐称の信義則違反は『治癒』される」などなどと色々と説明した。

それをまとめた記事が8月23日にインターネット上公開されている。

そもそもどんな場合でも「前科」のあることで解雇が許されるとなれば、前科者は社会内で更生できないだろう。
まして本件の事例では、5年間何の問題も起こしていないのである。
我が国は、そのようなものを社会からはじき出すことを許す、などという冷たい社会ではないだろう。

是非、インターネット上の記事をお読み頂ければ幸いです。

(提供元「弁護士ドットコム」として、「mixiニュース」や「ニコニコニュース」などにも配信されています。
下記が記事のURLです)

http://www.bengo4.com/topics/1930/
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by kazuo_okawa | 2014-08-24 20:34 | 労働 | Trackback | Comments(0)
東野圭吾「マスカレード・イブ」を読み終える。
本当に、東野ミステリは面白い。
よくもまあこんな「話」を考えるもんである。

【以下、ネタバレしています】

大学教授が殺害され、一番動機のある疑わしい人物の「3日」のアリバイがはっきりしない。
どうも「ホテル・コルテシア大阪」で「人妻」と会っていたらしい。
しかし、容疑者は、そのアリバイを警察に伏せてひたすら秘密にしようとする。
「策がなさ過ぎる」という「謎」が興味を引くとともに
読み進む内に、犯行日がはっきりしない、ということに気付く。

ここで東野圭吾のかの名作を思い出さざるをえない。
おそらく東野圭吾は、<犯行日をずらす「仕掛け」>を幾つも持っているのだろう。
それをこの作品に当てはめた。

成る程、こういう手もあったか、と感心する。

無論、本作は、「マスカレード・ホテル」の主役2人がコンビを組む前の話であり、
「マスカレード・イブ」で2人が出会っていればおかしい。
そこで2人を直接出会わせないで、しかし尚且つ2人の力で真相にたどり着く。
そのアイデアが素晴らしい。
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by kazuo_okawa | 2014-08-23 21:45 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
8月22日付け朝日新聞朝刊の社説に、万引きされた古物販売店「まんだらけ」が、犯人と決めつけた人物の顔写真を公開するとのべた事件の問題を指摘している。

私自身もこの問題をどう考えるかについては、すでにブログで述べた。

とはいえ、一般的には、悪いことをしたのだから、何故顔写真を公開していけないのかという意見も多い。
しかしこの考えは間違っている。

警察でもない一私人が、他人を、刑事事件の「犯人」と決めつけることは「刑事事件で有罪との判決を受けるまでは無罪である」との「無罪推定原則」に反する。
また、今日のネット社会における「顔の公開」自体が明らかに「行き過ぎ」であり、私的制裁にもなりかねない。
そして、近代の法治国家においては、仮に対象者が「犯人」であっても、私的制裁を許していない。

そのそも、「私的制裁」を許すことは新たな憎しみを生む。
近代社会においては、その憎しみの連鎖を断ち切るために「私的制裁」を禁じた。
これが理性的な社会というものである。

そして、この「報復」の連鎖を断ち切ることは、「戦争放棄」「非武装中立」「死刑廃止」といった政策と共通の思想を持っている。
逆に言えば、この「私的制裁」を許すのであれば、「反撃を許す戦争」を肯定し、「目には目を」の死刑も肯定しかねない大変危険な考えにつながるとも言える。

むしろ「報復」の連鎖を許さないために、「私的制裁」も「戦争」も「死刑」も全て辞めるべきと、私は考える。

朝日新聞の社説は、まんだらけ事件によって明らかにされた問題点の指摘としては、大変素晴らしい。
しかしそのまとめの文章は「(インターネットなどのツールの)影響の重みをひとり一人が考えて行動しなければならない」と結んでいるが、できれば、もう少し歯切れ良く断言すべきであろう。
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by kazuo_okawa | 2014-08-23 00:19 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
東野圭吾の新作が本日いきなり文庫で発売された。
傑作「マスカレード・ホテル」に続くマスカレードシリーズある。
文庫で、しかも短編集である。

帰宅時の車中で、第1話を読むが、成る程、「マスカレード・ホテル」の主役二人の出会う前の物語、つまり第1話は、ホテル勤務の山岸尚美が主役である。

かつての恋人が巻き込んだ謎を、山岸が解く。
意外性とそれを導く手がかりはさすがであるが、真骨頂は、客の秘密を守る山岸の姿勢であろう。

それにしても、超人気作家東野圭吾なら最初はハードカバーで売り出しても売れるはずである。
にもかかわらず、いきなり文庫である。

これは「白銀ジャック」の時と同じ手法であるが、東野圭吾は「白銀ジャック」のいきなり文庫化の理由を、週刊文春2014年7月31号での渡辺謙との対談で「苦境にあるスキー場への応援として広く読んでほしいためにいきなり文庫にした」と述べている。

そうであれば、本作もいきなり文庫化したのは、ホテルへの応援歌なのであろうか。

第2話以降を読むのが楽しみである。
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by kazuo_okawa | 2014-08-21 21:53 | ミステリ | Trackback | Comments(0)