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by kazuo_okawa

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「週刊将棋」最新号の特集に
「タイトル挑戦目指す俊英たち~挑決の厚いカベ~」という興味深い記事が出ていた。
大きな見出しは
「最後に待ち受ける羽生世代」
とあるように、
あと一つ勝てばタイトルマッチの挑戦者になるという場面で、
最後に待ち受ける強敵が、羽生世代の「カベ」というわけである。

なるほど確かに「羽生世代」は強い。
同記事によるデータを見る限り確かに若手にとって厳しい。

そうはいっても未来のスターは、そこを乗り越えて行かねばならない。
いや乗り越えていくものである。

29日に行われた王座戦の挑戦者決定戦は、まさしく俊英豊島将之七段対「羽生世代」丸山忠久九段である。

週刊将棋の記事を読んだだけに、尚、一層興味深い。

先手豊島はオールラウンダー。
後手丸山の得意戦法「一手損角換わり」を受けて立つ。
いやあ丸山の得意戦法で闘うというのが実に痛快ですね。

32手目、丸山の7四角に豊島5六角と受け、丸山6三角と2七角成とにらんだときに、すぱっと3四角と出て、相手の銀を取るのが気持ちいい。
以下、豊島の攻めが見ていて気持ちいい。
途中入玉模様で、はらはらさせる場面もあったが、結果は、豊島の見事な勝利である。

無論、豊島にはここで立ち止まっては困る。

最強の棋士(豊島七段のインタビューによる)羽生四冠に是非とも勝ってほしい。

羽生四冠対豊島七段。
今から実に楽しみである。
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by kazuo_okawa | 2014-07-30 00:01 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
首相の靖国神社公式参拝の違憲性を問う訴訟が、大阪地裁で始まった。
7月28日が、その第一回の口頭弁論である。
中曽根靖国訴訟、小泉靖国訴訟に続く訴訟で(それぞれの時期に全国で幾つも訴訟が起こされている)「新々靖国訴訟」である。

争点は単純である。
現役首相の、靖国神社への「参拝」が憲法に違反しないのかどうかである。

ところが我が国では、政府・公務員の行う違憲行為を直接正す訴訟類型はない。
(つまり裁判は出来ない。これはこれで一つの問題だが、本稿の目的と離れるのでふれない)そこで、国家賠償法に基づく訴訟をする。
つまりこれは、公務員の行為によって「損害」が生じたから、その損害を賠償せよ、という裁判である。

これまでの靖国訴訟は全てこの形式をとってきた。そして多くは、原告に「損害」がないとして、憲法判断せずにその訴えを棄却してきた。
しかし、そんな中でも勇気ある裁判官は「違憲」判決を行った。
(福岡地裁と大阪高裁の2つである)
最高裁は、「損害」がないとして、結果は棄却したが、そのときの滝井繁男補足意見がいい。これについては私は既に述べた。

さて、注目の28日の口頭弁論である。
傍聴券を求める人たちは100人以上。どうやら、原告派、被告派と互いに集まったようである。

そして裁判。まず原告側が口頭で陳述する。
(普通の裁判では、「訴状を陳述します」というだけで、実際に、訴状を読み上げることはしない。ところが大きな事件では、実際に、口頭でポイントを要約して陳述することがある)
次いで被告側も、時間は短いものの要点を陳述する。
まあ、傍聴席が満員ですものね。
国、靖国神社は、基本は、すでに「最高裁で決着ずみ」との反論である。
これはこれでおかしい。
最高裁判決も変わりうることは過去の違憲判決を見れば分かる(かつて合憲だったものが時代を経て、違憲判決になることがある)。

まあ、それはさておき目を引いたのは、安倍首相代理人である。
どう言うのか、関心があるでしょう。

現に、原告側、そして被告国、被告靖国神社と、時間の長短は別として全て立ち上がって、口頭で主張の中身を要約して陳述しているのである。
では、安倍首相代理人はどうか。
実は彼だけが口頭陳述はしなかったのである。

傍聴席には被告側応援者もいるのに、である。

どうですか、皆さん。
安倍首相は、集団的自衛権を巡る議論で自衛隊員が命を失う危険性については、全く口を閉ざしたように、説明責任を果たさない。

何やらそれをも思い起こしてしまう、安倍首相代理人の態度である。

傍聴席に、安倍首相ファンがいたかどうかは分からないが、被告安倍首相が、正面切って、靖国神社参拝の合憲性を主張したのではなく、「私的参拝」だと逃げたことは分かっているのだろうか。
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by kazuo_okawa | 2014-07-29 22:20 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

京都マジックバー巡り

7月26日に京都へ行ったので、夜に、京都のマジックバーを巡る。

【以下、ネタバレしています】

「エルクワィス」有村愛龍師。
昔、木屋町でされていた。
店を移動しひょんなところで開店されていたので入る。
カード、コインとマジシャン・キラの手順を演じていた。
なかなかうまい。
コインのときに「音」が気になることがあるが,BGのせいもあって全く気にならない。
先客の女性達が「わからない!」と叫んでいたが、そりゃあそうである。
値段も「2000円+ドリンク代」とリーズナブルであった。

I&I(アイ・アンド・アイ)。
古くからある店で、音楽の生演奏とマジックが楽しめる店である。
マジックを見せて貰ったマネージャーの栗田朋和師は大変手慣れて余裕がある。
マジックの場合、安心して見られるのが一番良い。
その昔、根本毅師のアイデアで、客に「レモン」のカードを引かせ、実際に、本物のレモンが突然出てくるというマジックがあったが、その「ハンバーグ」版を栗田師に見せて貰った。
このハンバーグ・マジックはシンプルでインパクトがあるためか、他所でもよく見せて貰うが、栗田師の「ハンバーグ・カード」を引かせる工夫が面白かった。
同様に、ペットボトルに入るカードのマジックの、カードを「放り込ませる」という直前のパフォーマンス(無論、実際は既に入っているのであるが)も印象に残った。
この店は、私の後輩(京大奇術研究会出身者)が、店で働いているので、その意味でも、皆さんに是非お勧めしたい。

マジック・テーブル。喜多充師。
「マジック・テーブル」自体が、古くはヒロ・サカイ師の著「バー・マジック」に紹介され、またYuji村上ユージ師のブログでも喜多師は紹介されていることから、是非訪れたいと思っていた店である。
期待通りであった。
最初に「マジックをされるんですか?」と聞かれたため、「学生時代はね。今は観る方。」と答える。
何かを感じたのか、いつもと違うマジックのようである。
まずは、シェル・ゲーム。貝殻の中の玉が移動するマジックですね。
そしてカード・マジック。合間のマジック談義が嬉しい。
ナットのマジック。指輪のマジックは不思議であった。
「インスタントマジシャン」。「レモンから出てくるカード」のコイン(リング)版である。「逆算」するとこうだろうと、トリックの想像はつくが、演出などなかなか面白い。

喜多師から「根尾昌志先生や綾辻行人先生もよく来られますよ」と聞いて驚く。
マジシャン根尾さんはともかく、一体何故、綾辻さんと知り合いと分かったのか?
一瞬不思議に思ったが、よく考えれば、最初にYuji村上さんの話をしており京大奇術研つながりであることは推理出来る。
そして、綾辻さんは(私と知り合いだからというのではなく)有名人だから名前を挙げたのでした。
見事なマジシャンである。
お薦めです。


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by kazuo_okawa | 2014-07-28 21:45 | マジック | Trackback | Comments(0)

奥田昌道先生の教え

7月26日、京都大学法学部奥田昌道ゼミの同窓会・奥田会に出席する。
この日はいくつか予定が重なったが、迷うことなく「奥田会」を選ぶ。

奥田先生は、今、81歳のはずだが老いてなお元気でいらっしゃる。
月に2~3回は東京へ行かれ、講演、執筆などをこなし、またライフワークである「民法債権総論」の完成へ向けて日々研究しておられるという。

この日、印象に残った奥田昌道先生の言葉。

「蝋燭は、身を削っていきながら、回りを明るく照らす」
「雑巾で汚れを拭く。雑巾のお陰できれいになるが雑巾自身は汚れる。その雑巾を石鹸で洗う。石鹸は身を削っていき、しかし雑巾はきれいになる」

奥田先生の言わんとされるところは、生涯、世のため人のために身を削ってでも頑張れ、ということである。
そして、奥田先生ご自身がそれを実戦されておられる。

今なお、先生には教えられる。
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by kazuo_okawa | 2014-07-27 23:54 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
報道によれば、検察側の求刑の1.5倍に当たる裁判員裁判の判決の是非が争われた1歳児虐待死(傷害致死)事件の上告審判決で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は7月24日、裁判員裁判について、「裁判員裁判の役割として、これまでの傾向を変える量刑が直ちに否定されるものではない」としつつ、「他の裁判結果との公平性が保たれた適正なものでなければならず、過去の量刑傾向を共通認識として評議を深めることが求められる」「そうした量刑判断をする場合は、従来の量刑傾向を前提とすべきでない事情が具体的、説得的に示されるべきだ」と指摘し1審・大阪地裁判決(2012年3月)を「求刑を大幅に超える具体的、説得的根拠が示されているとは言い難く、甚だしく不当」とした、という。

重い一審判決・二審判決を正した、というその限りでは、妥当であろう。

25日付け朝日新聞には、求刑越えの判決をした一審の裁判員の一人の発言を紹介している。その裁判員は大学の臨床心理で児童虐待を学び、「親にしかすがれない子どものことを考えると、殺人罪よりも重い」と発言したという。

しかし起訴罪名はあくまで、「傷害致死」であり、「殺人」ではない。
殺人罪よりも重く裁くというのでは明らかに行き過ぎであろう。

とはいえ、これはその裁判員がどうこうというよりも「制度」の問題だろう。
そもそも私は、裁判員に量刑判断をさせるのは、負担が大きすぎると思っている。
しばし感情的になり、重罰化する危険がある。
或いは大学の臨床心理で児童虐待を学んだような人がいるかいないかで、結論が変わってくるのもおかしいだろう。

「事実認定」は、普通の市民にもなしうる判断であるが、「量刑判断」は、ある意味で法律解釈に近く、こちらはむしろ職業裁判官に委ねるべきである。

裁判員裁判の対象事件は増やし、そして量刑判断はプロに委ねる。

私はそのように改正すべきでないかと考えている。
(拙著「裁判員制度の本義」(一葉社発行)を参照されたい。)
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by kazuo_okawa | 2014-07-27 00:51 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
昨年12月26日に、安倍首相は靖国神社を参拝した。
我が国の憲法が定める政教分離原則に違反しており
すかさず、この参拝に対して違憲訴訟が提起された。

私も代理人をしているその第一回裁判は来週28日に大阪地裁で開かれるが
昨日のブログに書いたとおり、被告安倍首相の答弁は「公式参拝でない」というものであった。
つまり前述の参拝は「私人」の行為だという。

非常に姑息だと思うのだが、これで思い出したのが
自民党の改憲草案である。

現行憲法の政教分離原則は非常に厳格なものだが
自民党の改憲草案は「社会的儀礼または習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない」という、但し書きを設けて、「公式参拝」などを許容しようとしていた。
つまり「公式参拝」を合憲化しようとするものであるが、これは「公式参拝」は現行憲法に「違反する」との自覚があるからこそ
前記のような、但し書きをおいて「憲法改正」を目指したのだろう。

だからこそ、安倍自民党は正面切って「公式参拝」したければ、「憲法改正」を行うべきだったのである。

しかし、安倍首相は、そのような「憲法改正」を行うのではなくて、「公式参拝」に踏み切った。

秘書官をつれて、公用車で乗り付けて、「内閣総理大臣」との肩書きをつけても、それは「私人」だから(「公式参拝」でないので)憲法違反にならない、というのである。

正面切って「憲法改正」を目指すのではなくて、姑息な屁理屈で、「違憲でない」と主張する。

なにやら「集団的自衛権」の「解釈改憲」を思い出させる話である。
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by kazuo_okawa | 2014-07-25 22:38 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
昨年12月26日に、安倍首相は靖国神社を参拝した。

これが国際問題になったことは周知の通りである。

すかさず、この違憲訴訟が提起された。

過去に、中曽根首相時代、小泉首相時代にも同種の違憲訴訟は起こされている。
中曽根訴訟では「違憲の疑い」とうところまでいき、
そして小泉訴訟では、地裁、高裁と2件の「違憲」判決がでた。

無論、「合憲」判決は一つも無く、多くは、憲法判断を避けた。
しかし、憲法判断した裁判所はいずれも「違憲」判断をしていることが重要である。
しかも最高裁もその補足意見の行間を読めば「違憲」を示していることは明らかである。
このことについて私は「法学セミナー」に発表し、私のホームページにもあげた。

さて安倍靖国訴訟は、その第一回が、7月28日午前10時から
大阪地方裁判所202号法廷で開かれる。

その安倍首相の答弁書が届いた。
何と、安倍首相は「公式参拝でない」と否定している。
つまり「私人」だから「政教分離違反」は無いとの主張である。

しかし、安倍首相は玉串料こそ私費であるが、公用車に乗り、秘書官を同行し、内閣総理大臣と肩書きを記帳している。
明らかに「公式参拝」と評価出来る。

いやいや、そもそも安倍首相は、「内閣総理大臣」として、参拝したかったのでは無かったのか。
そう考えると、訴訟戦術とはいえ、「私人」だと主張するのは、いささか姑息な気がする。
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by kazuo_okawa | 2014-07-25 00:41 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「被告」と「被告人」

23日朝、出勤準備をしながら何気なく「とくダネ」というテレビ番組をつけていた。

番組は、ASKA被告人の覚せい剤取締法違反事件で、同法違反罪に問われた知人の栩内香澄美被告人の初公判が22日に東京地裁で行われ、同被告人は、「覚醒剤を使ったことはない」と無罪主張したというニュースを報道していたのだが、面白かったのは司会の小倉智昭さんや番組のスタッフは終始「栩内被告」と呼び、解説役に出演していた若狭勝弁護士は逆に「栩内被告人」と呼んでいたことである。

互いに言葉のやりとりをしながらも、それぞれが片や「被告」、片や「被告人」と
まるで自分の呼称が正しいといわんばかりに使い分けていた。

しかしこれは、無論、若狭弁護士の話す「被告人」が正しい。

「被告」というのは、民事事件における、訴えられた側の呼称であり、訴えた側の呼称である「原告」と対比をなす言葉である。

しかもこれはあくまで民事訴訟における用語であり、刑事訴訟とは異なる。
民事訴訟と刑事訴訟を混同してはいけない。

それを混同して、民事で「被告にされた」と憤慨する人がいるが
民事における「被告」は、刑事の「被告人」とは違う。

これらのことは拙著「裁判と人権」でも解説しているところである。

もっとも何故に、マスコミでこういう呼称が出来たのか不思議であり、
拙著を作ろうと考えた10年前に調べたことがあるが、どうも定説は無いようであった。
正しくは「被疑者」であるのに「容疑者」というように、一種の慣習のようである。

しかし、民事の「被告」と紛らわしい上、
憤慨する人がいるように、明らかに、誤解を生んでいる。

そうであれば、いくら専門用語とはいえ、
言葉は正しく使うべきであろう。
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by kazuo_okawa | 2014-07-23 23:49 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
19年にわたって講義している龍谷大学法学部での私の講義「裁判と人権」の前期講義が終了した。
あとは試験だけである。

講義の最終日は、学生達の「アンケート」をとることになっている。
いつも興味深く、参考にさせて貰っている。

今年の学生アンケートの回答に、私の講義は「批判が多い」という批判があった。
この指摘は、例年にはないコメントである。
言われてみれば確かに、今年は授業で「安倍首相批判」をしていた気がする。

安倍政権は、集団的自衛権の「解釈改憲」や秘密保全法の制定などを強行し、
今「人権」は最大の危機に瀕している。

「人権」を語る今年の講義で「批判」が多いのは、言わば当然であろう。

一方、私は授業で「合理的に考えよ」「批判的精神をもって」とも
日々、講義している。

とすれば、「批判が多い」と、私に「批判」した学生は
私の授業をよく聞いている証でもあるし
ある意味で、批判的精神を身につけたともいえる。
私の講義の学生として、実にいい指摘である。

その批判的精神を、真に批判を向けるべき対象に、更に生かしてほしい。
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by kazuo_okawa | 2014-07-22 22:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
7月19日に行われた菅井竜也五段対コンピューター将棋ソフト「習甦」の
一局は大変興味深いものがあった。

習甦が問題の74手目を指す直前
解説役の中村大地六段と矢内理絵子女流五段は
丁度、第一回電王戦の話題を取り上げていた。
大きな話題となったコンピューターソフト対プロ棋士の
第一回のプロ側は故米長邦雄永世棋聖であり
弟子である中村六段はそのとき、コンピュータの指し手役
(つまり「電王手君」役)をしていた。

そういう話題の時に、習甦の放った74手目が
「後手1二玉」だったのである。

そう、「米長玉」!!である。
この偶然には驚かざるをえない。

中村六段と矢内女流五段は共に声を揃えて「1二玉!」と驚きの声をあげた。
対局者・菅井竜也五段はそこで席を立つ。
「これは動揺は隠せないですね」と中村六段。

米長玉は中村六段の事前の指し手予想にも全くなかった手である。
中村六段は「攻めているこの忙しい局面でじっと自陣に手を戻す。
まるで羽生さんのような手だ」と評した。
習甦はその名前に「羽生」の文字を入れているように
羽生の棋譜はより多く取り込んでいる。

そしてその後菅井五段は、そこから約2時間半の大長考に入る。
(それゆえ、菅井は終盤、秒読み将棋に追い込まれる)

そして菅井はやがて、9六歩と王の懐を広げる着手をした。

菅井はその後大熱戦の上、敗北する。
正確な敗因は私にはわからないが
少なくともこの時間の使い方が影響したことは違いないだろう。

電王戦には一手一手に別のコンピュータソフト・ポナンザの評価値が
示されるのだが、それによれば、73手目まで、菅井の「+112」と
微差で有利な情勢が、74手目で更に「+200台」にと広がった。
しかし75手目9六歩で一気に「-」と逆転した。
この評価値を前提にすれば、
習甦の米長玉は悪手だったことになる。
しかしそれが菅井の動揺を誘い、着手を誤らせたことになる。

敗れたものの、菅井の熱闘には感動した。
コンピュータが、「羽生さんのような手」を指したことも驚きだが
菅井の敗れ方が、「人間らしい」故に、心を打たれるのであろう。
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by kazuo_okawa | 2014-07-21 13:19 | 将棋 | Trackback | Comments(0)