私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa

<   2014年 05月 ( 26 )   > この月の画像一覧

やや旧聞に属するが 5月21日は、横浜地裁で第4次厚木騒音訴訟、福井地裁では大飯原発運転差し止め訴訟の判決がでて、翌22日の新聞紙面は両訴訟の判決に関する記事が紙面を飾っていた。
いずれも画期的な判決であり、福井地裁判決についてはすでに私のブログにも書いたところでもある。

ところが同じ5月21日に、那覇地裁では米軍基地労働者の年次有給休暇に関する訴訟の画期的判決が出されていた。

事案は、沖縄米軍基地で働く従業員の年休取得を認めずに雇傭主の国が賃金カットをしたのは違法だとして未払い賃金と、言わば制裁金にあたる付加金の支払いを求めたところ、那覇地裁はこの請求を受けて、原告側全面勝訴判決を言い渡したのである。

ご存知の通り年休は労働者の権利であるから、労働者の求めた年休は認めなければならないし、有給であるから賃金カットはできない。
ところが、米軍基地に働く労働者はいわば「無法地帯」におかれている。
その根拠は「日米地位協定」で、基地労働者に対して日本の法令を適用しないという「例外」を認めているからである。

基地労働者の雇用主は日本国であるが、労働の指揮命令は全て在日米軍がなしうる。
それでいながら、在日米軍は「使用者」としての責任を一切取らない。

かくて在日米軍の元で働く基地労働者は「無法地帯」とも言うべき状態におかれていたのである。

もっとも日米地位協定で在日米軍が、手厚く、手厚く保護を受けているとはいえ雇用主は日本国であり、日本国が、日本の法を守るべきは当然であろう。
日米地位協定による例外規定がからみ、政治的には難しい事案であるが、労働者の権利に即した勇気ある判決である。

とはいえ、在日米軍といえども、労働者を「使用」する者には責任が伴う、という当たり前の原理を貫くべきであろう。
言い換えれば、その「壁」になっている日米地位協定の見直しこそが本来求められるものであろう。

それにしても、自分が実際には「使用」しながら、使用者の責任を一切取らない。
これって、「派遣」そのものですね。
国がこんなことに加担してはいけないでしょう。

二言目には「国民の命と財産を守る」という安倍首相は、ぜひまず、この沖縄の基地で働く労働者の「命と財産」を守ってほしいものだ。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-31 23:57 | 労働 | Trackback | Comments(0)
ニュースによれば、安倍首相は30日のアジア安全保障会議の講演で「法の支配」の重要性を説いたという。
これは、「力や威圧」で南シナ海進出をもくろむ中国を意識して、紛争は「平和的解決」をはかるべしとし、フィリピンやベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と「法の支配」で価値観を共有することを説いたという。

驚きました。
あの安倍首相が、「平和的解決」を目指す、ということもさることながら
「法の支配」を説いた、というのですよ。
「法の支配の重要性」という言っていることは正しいんですよ…。

しかし、
憲法を無視し、憲法違反の秘密保護法を強行採決し、今また集団的自衛権を解釈改憲で実行しようとしている、言わば「法の支配」からもっとも遠い人が、「法の支配」を説く。

もうここまで行くと、「茶番」というか「お笑い」というか、まともに考えたのではとうてい理解できない。
というか、まともに考えていないのであろう。

本当に「法の支配」を説くなら、我が国で、労働基本権という人権を有しながら、格差社会の中、貧困に窮する多くの労働者を救うことであろう。
或いは、生存権という人権を有するにもかかわらず、今なお原発被害に苦しむ福島の人を救うことだろう。
他にも「法の支配」が行き渡っていない領域は幾らもある。

真の政治家ならば、何よりも自国において「法の支配」を隅々にまで生き渡せることに取り組まねばならない。
それこそが政治家の役目である。

他国で「法の支配」を説いている場合ではないだろう。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-31 00:56 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

藤井猛九段の魅力

録画していた5月25日の将棋フォーカスとNHK杯戦を見る。

将棋フォーカス特集は升田幸三賞である。
「新手一生」をかかげ現代にも通ずる斬新な将棋を開発していった
将棋界の革命者升田幸三第実力制第四代名人の名を表した通り、
斬新な一手を開発した者に贈られる賞である。

藤井猛九段の発明した「藤井システム」もこの升田幸三賞を受賞しており
番組はそれを説明している。
藤井システムは、猛威をふるった「居飛車穴熊」戦法への対抗策であるが
自玉は居玉のままに、その囲いは後にして、居飛車穴熊側の動きに合わせて、
駒組みを行い攻撃を仕掛けるもので、それ故に「システム」と呼ばれている。

その発想から、藤井こそ真の天才というものもいる。

その将棋フォーカスのあとのNHK杯戦である。
直前の番組将棋フォーカスに自己の「藤井システム」が紹介されることを
この日の対局者藤井は知っていたのだろうか。
知っていたらサービス精神であろう。
藤井は最近、角交換型四間飛車戦法を多用しており、藤井システムを使うことは
少ないのであるが、本局は「藤井システム」であった。

久しぶりに「藤井システム」をみたが見事なものである。
解説はぼやきの石田和雄九段。
対戦者渡辺大夢四段の師匠である。
師匠の視点にたった解説も実に面白かった。

藤井は一見地味だが頭脳がシャープでユーモアセンスに溢れている。

好きな将棋の格言は「居玉は避けよ」。

一旦解説役に回ると
「素人目によくないですね」
「これは専門家に聞いてください」…うん?
「あんたが、専門家やろ」と突っ込みを入れたくなる。

NHK杯戦では渡辺四段に貫禄を見せた藤井九段。
羽生世代の一人であり、元タイトルホルダーでもある。
彼にも是非頑張ってほしい。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-29 23:56 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

残業代ゼロ法案!

5月28日の朝日新聞によれば、厚生労働省は、労働時間にかかわらず成果で給与を支払う「残業代ゼロ」制度について、為替のディーラーなどの「世界レベルの高度専門職」に限定して認める方針を固めた、という。

「残業代ゼロ制度」は、政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)が導入を目指している制度である。
当初案では、職種の限定はなく、あくまで年収を要件としたものだが、批判を受けて職種限定の方向で修正するようである。

「残業代ゼロ」制度は、かつて第一次安倍政権も「ホワイトカラー・エグゼンプション」として導入を図ったことがある。
しかし、長時間労働や過労死を招くとして世論の強い反発を招き、断念した。

私も当時、読売テレビ系の「ミヤネ屋」という番組に呼ばれ、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の問題点を解説したことがある。
「ミヤネ屋」という人気番組だったということもあろう。
テレビを見た多くの人から問題点がよく分かったとの感想を貰ったものである。

今回の「残業代ゼロ」制度は、批判を受けて断念した「ホワイトカラー・エグゼンプション」とほとんど同じである。
従って長時間労働や過労死を招くというかつての批判は今回もそのままあてはまる。
7年前は、いかにももっともなカタカナ用語であったが、今回は「世界レベルの高度専門職」である。
決して美しい言葉に騙されてはならない。

また、職種や年収の制限があるから、自分には関係がないと思ってもいけない。
仮に制度が法律通り運用されたとしても、労働者の給与のベースアップは、どこかで
「給与据え置き」か「増額だが残業無しで長時間労働」のどちらを選ぶかという苦しい選択を迫られる。

肝心なのは、そもそも現在でも、残業は「野放し」といってよい現実にある。
法的規制は決して行き渡っていない。
そんなときにこんな法律が出来ればどうなるか。
ますます残業が強化・野放しにされるに違いない。

しかもいったん制度が導入されたら、「職種の規制」や「年収制限」も次々と緩和されるであろう。

そのことは、かつての「派遣法」導入の歴史を見ればよい。
派遣法の制定時、「派遣」はあくまで働き方の例外であるとして、職種も限定して導入された。
決して正社員の職は脅かさない。
常用代替にしない、と政府は約束した。

しかし、現実の歴史はどうであったか。
実際は、派遣の出来る職種は次々と増えていき、やがて、例外と原則が逆転して派遣は原則自由となった。
派遣法は、まさしく非正規労働の増加と、格差社会を生む役割を果たした。

今回「残業代ゼロ」制度を導入すれば、この派遣の歴史と、やがて同じ道をたどるであろう。

今、反対の声を上げなければならない。
それこそ「歴史から学ぶ」というものである。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-28 22:28 | 労働 | Trackback | Comments(0)

残像を残す!

先週末に京大奇術研究会OBと食事する機会があった。
奇術マニアの集まりは、私自身は近年参加することは少なく、それゆえ久しぶりのこういう会話は大変楽しい。
というよりも正直に言えば、マニアの若い人たちに最新の情報を教えて貰ったようなものであるが…。

振り返ってみれば、私が一番マジックのマニアックな世界に夢中だったのは1980年代である。
当時、メンタル・マジックが好きであり、フィル・ゴールドスタインやマックス・メービンやマックス名人のレクチュアによく参加し、彼(ら)の本とギミックはどれだけ購入したことか。

テクニックでは、デヴィッド・ロスにマイケル・アマー。
実に見事なテクニックでした。
彼らのレクチュアにも参加したし、同じく彼らの本とギミックも多数購入しました。
その当時のテクニックの分野でのキーワードは
「残像を残す!」

その思想が衝撃的であった。
例えば、コインのパス(片方から、もう一方に渡す)において
単に右手から左手に移しても、従来の方法では、移したように見えない。
左手にしっかりと渡したという「残像」を残してこそ、
左手に握ったはずのコインの消失の驚きが増すというわけである。

当時、関西の実力派マジシャン、ジョニー広瀬さんにスポンジボールのパスを見せて貰ったことを思い出す。
この手法も左手にしっかりと握って(握る残像を残す)消失させるのであり
いたく感銘を覚えたものである。

そしてこれらをよく練習した。

さて先日の食事会である。
さすがに京大奇術研OBの熱心なマニアである。
若手OB曰く、「残像を残す」のは古いという。
まあ、確かに30年前ですからね。

その後のマジックの歴史は、全てについて、何故そのようにするのかという動作の必然性を疑い、それは見せ方のみならず、技法、道具の全てについて検証され
更には、今日の脳科学の成果もふまえて確立するという。
う~ん。素晴らしい。

言われてみれば、脳科学からすれば、何ら残像を残さずとも手渡したように見える。
というか、人間の脳の働きからすればむしろそれが当たり前の話である。

とすると今日の常識では、むしろ残像を残すことにこだわること自体が誤りとなる。
この考え方の発展に感銘する。
若手OBからこの20数年の空白を教えて頂き、改めてマジックの世界に堪能した次第である。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-27 22:58 | マジック | Trackback | Comments(0)
楽しみにしていた映画「マンデラ」を見る。
予想に違わず感銘を受けた。

南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策と闘った英雄ネルソン・マンデラの自伝的映画である。
マンデラは若くして弁護士として成功したが
友人に誘われて差別と闘うアフリカ民族会議(ANC)に参加し
やがてアパルトヘイト政策(人種隔離政策)に反対する運動の先頭に立つ。

それが国家反逆罪とされ、終身刑を言い渡される。
しかしマンデラは決して希望を失わず
獄中27年の後、釈放され、南アフリカ大統領になりアパルトヘイト政策に終止符を打つ。

マンデラの素晴らしいところは、黒人社会になっても決して白人に復讐してはならないと強く制したところだ。
白人にファイティングポーズを取る孫に、それとなく諭し、「私の孫だ、友人になりたいと望んでいる」と白人に近づく場面が象徴的である。
「愛と共生」はこの映画のテーマでもある。

映画は、この偉大なネルソン・マンデラを忠実に描いたという。
それゆえ、マンデラの有名なセリフも散りばめられる。

「生まれながらにして、肌の色ゆえに、他人を憎む者などいない」
「憎しみは学んで生ずる」
「人が憎しみを学べるなら、愛を学べることも出来るはずだ。何故なら人の心にとって愛することは憎むことよりも自然なことだからだ」
「私は差別を嫌悪する。それは野蛮なことだからだ」

成功した弁護士でありながら不合理な政策に正面から闘い
40代の働き盛りに投獄されながらも希望を忘れず
「復讐」でなく「愛と共生」を説く。

それにしても獄中27年である。
それでいながら、復讐するな、差別するなと解く。
マンデラのこの不屈の闘志には感動と勇気を覚えざるをえない。

是非お薦めしたい。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-26 23:42 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
5月23日に東野圭吾の新作が出版された。
読み始めるととまらず、結局最後まで読了し、そのためやや寝不足気味である。
今日が土曜日で良かった。
というかそれを見越しての発売日なのか。
それにしても、いやあ、うまいものである。

<以下、ややネタバレしています>

冒頭のプロローグがいい。
これで沙織と史也に読み手として心理的共感を覚える。
とりわけ史也は短いプロローグの中でスポーツマンで頭が良いことが示される。
これだけで普通に物語の主役と印象づけられよう。

ところが、その史也の、その後の不思議な行動が全編を貫く「謎」となり、
それが本作の見事なところである。

読み進み、おそらく史也が(そしてそれに沙織が絡んで)過去に何かをしたのであろう事は想像できるが、
その疑問が膨らんでいくところがミステリの醍醐味であり名手東野の見事な技である。

そしてもう一方の主役中原道正の、元妻浜岡小夜子を殺した犯人の
町村作造の動機が泣かせる。
「何かを守るために殺人を犯す」という東野圭吾の十八番でもある。
そしてそれは、町村作造に対する評価を
ネガとポジのように見事に逆転させるのである。
思えば、他の登場人物の評価も
まるで東野圭吾の手のひらにのせられているように
変わるのである。

本作の表のテーマは
「死刑によって被害者は救われるか」というものだが
裏のテーマは「人の評価、そして物の見方は変わる」というものである。
現に登場人物への「好感」は作者の思いのままに変わりうる。

そしてクライマックス。
私が一番心地よく驚いたところである。

作者としてはプロローグ登場の史也と沙織を悲劇で終わらせる手法もあったろう。

死刑制度の意味を考えさせるという「社会派」を貫くなら
そういうエンディングもあったかもしれない。

しかしさすがにエンターテナーである。
「補強証拠」がなくなるという思わぬエンディングで読者をほっとさせる。
佐山の解説もいいし、「作為」をうかがわせるラストも良い。

読後感が気持ちいい。
実に見事である。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-24 21:32 | ミステリ | Trackback(1) | Comments(1)
5月21日、福井地方裁判所(樋口英明裁判長)は、関西電力大飯原発3,4号機の運転差し止めを認める判決を下した。
実に素晴らしい判決である。(以下、樋口判決という)

早速判決文を読む。
この種の原発差し止め訴訟では、いわゆる伊方訴訟における立証責任を論じた最高裁判決があるため、双方ともに立証責任論で主張を激突させることが多い。またその主張自体が大変わかりにくい(特に被告側の主張)。
この福井地裁でもそうであったろうことは、判決文の当事者の主張を読むだけで分かる。
しかし、樋口判決は(行政訴訟ではなくて民事上の差し止め請求訴訟ということもあろうが)この立証責任の点は実にすっきりとしている。
すなわち原発の運転差し止めを認めるか否かは、福島原発事故のような被害が発生する具体的危険性があるかどうかであり、そしてこの具体的危険性があることの立証責任は原告らが負うとして、具体的な危険性の存否を直接審理の対象とする、としている。
実に分かりやすい。
ではその具体的危険性の立証はどうなったか。

樋口判決の素晴らしさは、我々がすでに福島原発事故を経験した社会であることを判断の中核においている点である。
原発推進側はよく、新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるということをよく言う。
ところがこういう主張に樋口判決は明快である。
つまり、福島原発事故によって、「技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している」のであるから、「危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない」とする。

そして、福島原発事故のような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが、判断の対象であると言い切るのである。

「具体的危険性が万が一でもあるのかが判断対象」というのは原発推進側にとっては
いささか厳しくとられるかもしれない。
しかし樋口判決は、引き続いて「福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重大な責務を放棄するに等しい」としている。
いやあ、素晴らしい。

樋口判決はその後、地震の可能性と起こりうる被害について詳細に論じた上、次のように言う。
「この地震大国日本において、基準値震動を越える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上、基準値震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じうるというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる」

「ここでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える」というのがいい。
そして樋口裁判長は更に指摘するのである。

「以上にみたように、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない」
いいですね。

いわゆる被告主張の「コスト論」についても樋口判決は明快である。

「被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関する権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の逃避を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」

マスコミがわかりやすく解説した、命と電気代のどっちが大切なのかという部分ですね。

「コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている」

読んでいて実に痛快である。

この判決に共感を覚える人が多いのではないだろうか。

住民側弁護団と樋口裁判長に心から敬意を表したい。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-23 22:51 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

羽生三冠、名人復位!

森内名人に羽生三冠が挑戦した第72期将棋名人戦において
羽生が無傷の4連勝で勝ち越し、名人位を奪還した。
将棋の七大タイトル中、羽生はこれで名人を含む四冠となり
再び棋界の第一人者に返り咲いたと言えるだろう。

それにしても強い。
また今期名人戦は、相懸かり戦であったが、素人目には見ていて実に面白かった。
将棋ファンが見ていて、緊張感溢れる面白い将棋を指す。
これこそ、プロの将棋と言えよう。

また、攻めの羽生、受けの森内、という両者の個性を発揮しながらも
そもそも互いに名局を作ろうという姿勢がなければ
人々を感動させることはない。
その意味でも、勝った羽生が素晴らしいのは表現しきれないが
敗れたとはいえ、真っ向から受けて立った森内名人も大変素晴らしい。

いやあ実際、「相懸かり戦」がこんなに面白い将棋とは!
そして決め手となった105手目4二角などとうてい気づかない!

羽生・森内の両者は、過去の「大山・升田戦」とも闘いながら
同時に、ある意味で、未来の「コンピュータ同士の対局」とも闘ったといえよう。

実に素晴らしい名人戦であった。

さて、羽生三冠が名人になったことで
日本将棋連盟の発行する免状は凄いことになる。

すなわち

会長谷川浩二
竜王森内俊之
名人羽生善治

と3名が自署で連記することになる。

言うまでもなく十七世、十八世、十九世という永世名人のそろい踏みである。
しかも丁度その順になっている。
実に美しい。

すでに免状を持っていても、再発行してもらおうという将棋ファンも、きっといるに違いない。

【追記】
再発行できるのか、日本将棋連盟に問い合わせました。
下記がその回答です。
昇段するしかないですね。

大川一夫様
いつもお世話になります。
初段免状再発行の条件はあくまでも
災害などで紛失した場合に限ります。
大変申しわけございませんが、ご了承ください。



.
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-22 21:57 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
市民が刑事裁判を担う裁判員裁判が始まって
明日5月21日で丸5年になる。

刑事裁判は、「事実認定」と(有罪の時の)「量刑判断」の2つの判断をしなければならない。
例えば殺人を例に挙げると、被告人が殺人を起こしたかどうかの事実認定と
仮に殺人を行ったと認定した後の、死刑か無期懲役かなどの量刑判断をしなければならないのだが
この両者はかなり様相が異なる。

事実認定は、日常的に誰しも普通に行っている。
従って、市民が事実認定するのは問題ないだろうが、量刑判断はある意味で
法律解釈に近いものがあり、市民にはかなり判断が難しい。
私は制度開始前からこういう考えであり、5年を経た今でも基本的にはかわらない。
(詳細は、拙著「裁判制度の本義」(一葉社)参照してください)

一方、市民の事実認定能力に疑問をいだき、冤罪が増えるとして
裁判員裁判に強固に反対する人もいる。
果たして、事実認定能力に、専門家と非専門家で違いがあるのか。

本日付け日経新聞朝刊に興味深い記事が出ていた。

清水勝彦氏(慶応大学ビジネススクール)が、アイエンガー教授の著「選択の科学」を紹介する中で、同教授が、経験則の重要性とバイアスから、専門家も非専門家もウソを見抜ける確率は変わらない、と大変興味深い指摘をしているのである。

つまり日々事実認定に関わる専門家は、その経験則が有利に働くが
一方、その経験則が思いこみににつながり、結局、そのプラス・マイナスで
事実認定は素人と変わらない、という結論である。

アイエンガー教授の指摘は、市民が事実認定に加わることに
何ら問題は無いことを示す。

とはいえ、何故、専門家が事実認定でミスをするのか。
同教授は「判断した結果についてフィードバックを受けない」
「そして自信過剰」を挙げているという。

この点は(私も含めて)専門家はきちんと受け止める必要があるだろう。
[PR]
by kazuo_okawa | 2014-05-20 23:19 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)