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by kazuo_okawa

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仕事などで出張したときは、私は地元のマジックバーに向かうことにしている。

一方、大阪ではマジックバーは20数店舗あり、
私はその一覧表をカバンにひそませている。
だが、いつでもいけると思うと、ついつい仕事その他を優先し
なかなかいけないものである。

ミナミのマジックバー「カードシャーク」は
気になる店でありながら、行ったことのない店の一つであった。

それが、先日、京大奇術研究会出身メンバーとともに
大阪ミナミのマジックバー「カードシャーク」に行くことになった。

何と、カードシャーク専属マジシャンは
京大奇術研究会出身のプロマジシャンなのである。
横田惇さんである。
いやあ知らなかった。

早速腕前を見せて頂く。
テクニックは抜群にうまい。
しかも、にこやかな雰囲気や話術がよい。
バーの酔客相手であるから、実際は、こちらが重要なのである。

横田さんは、この道で成功しそうで実に嬉しい。

見ているこちらもマジック好きなグループであるから、マジック談義も楽しい。

一例を挙げれば、ザローシャッフル。(カードをシャッフルしたように見せかけて、実はカードの位置は何ら変わっていないというテクニックである)
これを、子どもが両手でぐちゃぐちゃとカードを混ぜ合わせるようにする演じ手がいる。
それはそれで、混ざったように見えるからいいのかもしれないが、
普通のリフルシャッフルのときと同じようにしないと本当は不自然である。

彼の手法は、自然に見えるという点で素晴らしい。

初期の京大奇術研究会は、松田道弘氏やダイバーノンの影響を色濃く受けている。

理論的でビー・ナチュラル。

横田さんの雰囲気は実に良い。
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by kazuo_okawa | 2014-04-30 22:55 | マジック | Trackback | Comments(0)
京都大学に奇術のサークル、すなわち、
京大奇術研究会(当初は奇術愛好会との名称)が発足したのは、1974年のことである。

設立したのは初代会長である久冨俊明氏である。
彼の呼びかけに応じて、私も合流したものの、私自身は正直なところ真面目に例会に
参加した会員でなかった。
まあ、幽霊会員である。

とはいえ小学生時代からのマジック好きゆえ、独自に、マジックショップ、ディーラーショップなど
マジックに関する集まりにはあちこちに顔を出した。

当時、そういったマジックに関する色々なところに顔を出していると
ディーラーやマジシャンから「どちらのクラブですか?」と聞かれるので
幽霊会員ながら「京大奇術部です」と、私は答えていた。
今日ほど、マジックが開かれていない時代であり、
ディーラーやマジシャンにすれば、マジックという極めて限定された趣味の世界で
ある意味でその身元を確かめる質問だったのかもしれない。

そういったマジックショップ巡りをしていた1977年のことである。
(私は四回生で、本格的に司法試験の勉強に入ろうか、としていた時期であった)

大阪の百貨店のマジックショップに行ったときに、ディーラーから
「大川さんの京大奇術部に入った根尾さんは凄いよね」という話を振られたのである。

(人の記憶は本当に不確かである。このディーラーはジョニー黒沼さんか根本毅さんのどちらかであることは間違いないのだが、どちらであるかは正確に思い出せず、また1977年の何月頃だったかも思い出せない。)

しかしこの一言が、
私が、「京大奇術部」の「幽霊会員」から「正規の会員」に戻った瞬間であった。

その後、1977年から、私が1980年司法試験に合格するまでの四年間
根尾昌志さんと奇術研究会その他で交流させて頂いた。
彼のマジックの素晴らしさなどは、私が改めて言うまでもないだろう。
著名な松田道弘氏が、その著「夢のクロースアップ劇場」で、
最初と最後に根尾さんの作品を掲げていることに
その評価の全てが出ているといえよう。

根尾さんは、本当に京大奇術部(正式には奇術研究会)の誇るスーパーマジシャンである。
彼と同時期を過ごし、マジック談義を交わしたことは、本当に光栄である。

京大奇術研究会が行う、今なお、連綿と続く「11月祭」での「マジックキャッスル」と題するマジックショー。
その第一回を、私は、根尾さんとともにマジックをさせて頂いた。

教室の対角線上のコーナーで二人でクロースアップマジックを行う。
私にとって、大変懐かしい思い出である。

彼は、もともと才能があったのだろう。
加えてどん欲に学習し、また、練習する。

彼は京大奇術研究会の歴史の中で
私の知る限り間違いなくナンバーワンのトップスターである。




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by kazuo_okawa | 2014-04-29 22:42 | マジック | Trackback | Comments(0)
京大奇術研究会のメンバーと久しぶりに会う。
と言っても、この秋に予定しているKUMA同窓会の幹事会であり、
いわば世代を超えての集まりである。
これが楽しい。

世代がバラバラでありながら、京大奇術研にとってゆかりのマジシャンは共通であり、
シオミ師、カズカタヤマ師、ジョニー黒沼師の話で盛り上がり
無論、マジックの話そのものでも盛り上がる。
同好の士、というのは実に良いものである。

打ち合わせの後、食事の場でも、
お箸で、
コップで、
名刺の束で
それらを利用してマジック談義で盛り上がる。
いやあホントに良いですね。

しかも、私達の風土というか、何というのか
或いは、ダイバーノン師、松田道弘師に影響を受けた京大イズム、
「ビー・ナチュラル」の精神が、形を変えても伝わっているのが嬉しい。

それにしてもマジックの魅力とは何だろう。
自分でも不思議でならない。
名手のマジックは何度見てもあきない。
トリックが分かっていても面白い。

合理的に不思議さを作り出すというアートが感動を呼ぶのであろうが
それが何故なのかは不思議である。
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by kazuo_okawa | 2014-04-29 22:15 | マジック | Trackback | Comments(0)

豊島七段の見事さ

観戦将棋ファンは、本日(4月27日)の将棋の観戦に困ったに違いない。

お馴染みのNHK杯戦のみならず、同時刻に
コンピュータソフトYSSと豊島将之七段がタッグを組み
他の3種のコンピュータソフトの合議制と闘うという
実に興味深い一局が行われていたからである。

YSSはつい先日、豊島七段が電王戦で闘った相手であり
今回はところを変えてタッグを組むのである。
対する相手は、PONANZA、ツツカナ、習甦のコンピュータ三者の合議制。
(多数決で決し、三者ばらばらのときはPONANZAの手とする)

企画自体に感心するが、実際にも
この対局が実に面白かった。

NHK杯戦が、矢倉模様で先手雀差し戦法という、それなりに面白いが
コンピューター戦の面白さにはとうてい勝てない。

コンピュータ側の意見の分かれ方も面白いが
何よりも、勝負自体がはらはらドキドキさせる流れで
そして豊島七段が勝つ。
要するに見ていて面白い。

解説の佐藤天彦七段にも、そのうまさに引き込まれるなど見所は多い。

それにしても豊島七段の強さには感服する。

豊島七段は、感想戦で、コンピュータYSSの判断に教えられたことを述べていたが(実に謙虚である)、豊島七段はコンピュータとうまく共存しているということであろう。

そういえば、先の電王戦の後、その観戦記や感想を幾つも読んだが、その中で、推理作家西村京太郎氏が、電王戦で人間側が大きく負け越したのに(1勝4敗)、あまり悔しそうではない様子に着目し、そのことから、コンピュータは人間にとっての「仇」ではなく「仲間」であるという分析をしているのが印象に残った。

西村説によれば、豊島七段は、うまく仲間としてYSSを使いこなしたということだろうか。
西村氏の分析は大変興味深い。

ついでに言えば、電王戦の観戦記で一番見事だと感心したのは船江五段の観戦記である。

YSSと豊島七段の電王戦の観戦記なのであるが、豊島7段が、YSSの2手目後に上着を脱いだこと、YSSの16手目後に席を外したことなどは、自らも電王戦に参加したプロである船江五段しか書けないであろう。(ニコニコニュース記載)
お勧めの観戦記である。
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by kazuo_okawa | 2014-04-28 00:47 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
弁護士会の集会に参加する。
元大阪弁護士会所属で熱心な刑事弁護で知られる
間光洋弁護士が、袴田事件弁護団として報告された。

この集会の目玉の一つは映画BOXである。
袴田氏を有罪にした地裁合議(3人制)の裁判官の内、
ただ一人熊本典道裁判官は無罪を主張したが、多数決で敗れる。

そしてひどいことには、
熊本氏は無罪を主張したにもかかわらず、主任裁判官として「死刑判決」を書かされるのである。

良心的裁判官はその後、裁判官を退官し、以後、袴田氏支援に回る。
とともに、その後も、死刑判決を書いたことに悩み、自殺も考える。
その、良心的がゆえの苦悩は映画を見る者をして感動させる。
(弁護士会館でも、鼻をすする音がどれほど聞こえたことか。)

合議の秘密を暴露した熊本氏の行動には批判もある。

しかしそれは、それほどまでに彼が無罪を確信していたということだろう。
そしてその無罪の確信は長い時を経て、ようやく今、それが正しいと証明されようとしている。

映画BOXはお薦めである。

大阪弁護士会の「映画」シリーズ。
次回は、5月10日「約束」(名張毒葡萄酒事件)である。
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by kazuo_okawa | 2014-04-26 23:35 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)

役人のわかりにくい文章

「立会が省略できない特段の事情がない限り立会をするのは相当でないとの考えのもと、特段の事情の有無について慎重に判断していくことにしている」

皆さん、この文章、すぐに頭に入りますか?
「ない」「ない」「ない」と三重否定の文章です。

一体何の文章かと思われたでしょうが、この文書は大阪拘置所の2013年度回答文書です。
2013年度末に大阪拘置所が回答しました。
(後日、法務省のホームページに公表される予定です)

実は刑事施設に対して市民が視察するという刑事施設視察委員会という制度が出来て8年になります。
微々たる歩みですが、施設収容者の人権擁護に向けて少なからず役立っています。
その視察委員は施設に対して意見を述べることが出来ることになっています。

冒頭のわかりにくい文章は、2013年度の大阪拘置所視察委員会の意見に対する回答です。

意味するところは、再審請求人が弁護人と打ち合わせするとき、しばし、拘置所職員が立ち会って打ち合わせをチェックするため、その点の問題を、2013年度の大阪拘置所視察委員が拘置所に意見を述べたその回答です。

実はこの元になるのは2013年12月10日の最高裁判決です。
再審請求人とその弁護人の接見に職員が立ち会うことは違法だとした素晴らしい判決です。

その判決は次の通りです。
「死刑確定者又は再審請求弁護人が再審請求に向けた打合せをするために秘密面会の申出をした場合に,これを許さない刑事施設の長の措置は,秘密面会により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると認められ,又は死刑確定者の面会についての意向を踏まえその心情の安定を把握する必要性が高いと認められるなど特段の事情がない限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して死刑確定者の秘密面会をする利益を侵害するだけではなく,再審請求弁護人の固有の秘密面会をする利益も侵害するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。」

どうですか皆さん、先の大阪拘置所も文章は、微妙に違いますよね。

最高裁判決の「特段の事情」は言わば枕詞のようなもので
「職員の立会無し」が原則であることをうたっています。
ところが大阪拘置所回答は、この例外を「慎重に判断」と述べているのです。
微妙に違いますよね。

わかりにくい文章を書いて、そして少し違える。

皆さん、どう思いますか。
えっ、役人のやりそうなことですって。
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by kazuo_okawa | 2014-04-24 23:15 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
今期名人戦は、森内名人・羽生挑戦者ともども、大山・升田戦を意識しているに違いない、ということは既に4月8日のブログに書いた。

予想に違わず素晴らしい将棋である。
見ていて実に面白い。

現代将棋は、序盤を大事にし、不急の一手は後回しにする、というのがあるが
今期名人戦の第2局は、名人は居玉のまま、挑戦者は居玉から一手動いた位置という
私のような素人にはとうてい指せない(王を囲わないと攻めるのに不安が生ずる)が、見ている分には非常に面白い、というまさしく魅せるプロ同士の一局である。

無論、玉を囲わないまま闘うといっても、
互いに一直線に攻め合っているのではなく、変化も大変難しい。

大山・升田戦第9戦目が「升田式石田流」シリーズとして将棋史に名を残したように
今期名人戦も、現代の相懸かり戦として名を残すのかもしれない。
そう思うとその点でも興味深い。

「運命は勇者に微笑む」

羽生三冠の揮毫であるが、受けて立つ森内名人も凄かった。
お互いの「勇気」の闘いだと思うと更に凄い。

私には改めて「勇気」の意義を印象つけられた。

大山・升田戦を凌駕する、歴史に残る「相懸かり」シリーズになるだろうか。
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by kazuo_okawa | 2014-04-23 22:43 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

判決のご都合主義的引用

ご承知の通り、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の見直しをめぐり、政府・自民党が「限定容認論」なる新たな主張を繰り広げている。
 憲法で規制される側が、その憲法を解釈するのは論理的におかしいことは既にブログで述べた。

 それは置いても、今回、政府・自民党が、解釈の論拠とするのは、1959年に最高裁が出した砂川事件判決である。
 判決の「わが国の存立を全うするために必要な自衛の措置を取り得る」とのくだりに着目し、必要最小限度の自衛権行使は認められているとして、集団的自衛権も限定的な行使なら可能と導く。しかし、判決には、個別的か集団的かの明確な区別はない。
 憲法の文言上、集団的自衛権は想定されず、そうであれば砂川判決はあくまで個別的自衛権における解釈である。それを、集団的自衛権をも含めて認めたと解するのはあまりにも乱暴なやり方である。
 以上の点は、良心的なマスコミも指摘しているところであり、全く正しい。
 その点は繰り返し指摘されるべきであろう。

 しかし、私が、一番おかしいと思うのは、判決を都合良く利用している点である。
 行政が司法を尊重するのは正しい。
 その意味で、「判決を根拠とする」というその姿勢自体も正しい。
 しかしそうであるならば、つまり本当に判決を根拠にするならば、何をおいても、靖国神社の公式参拝は辞めることだろう。
 これまでの靖国訴訟において、すでに2つの違憲判決が出ており(無論合憲判決はない)、最高裁の滝井補足意見も言外に、違憲を述べていると言うことは、私は既に、法学セミナーで発表している(2007年5月号(。
 つまり、司法を尊重するなら、何よりも、靖国公式参拝を辞めることだろう。

 マスコミはこのことを大きく指摘してほしい。
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by kazuo_okawa | 2014-04-22 22:26 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
「講談社+α新書」の新刊として、宮竹貴久氏の表題作が発刊された。

表題が意表をつく。
「先送り」は一般に良くないとされているから、その逆説的表現に惹かれた。

たまたま、将棋「電王戦」で、コンピュータが「ミス」をするという
「水平線効果」とういう現象を知り、それは結局「先送り」することが一因と知るなど
「先送り」はそのマイナスイメージとともに、私にとって興味深い用語でもあった。

さて本書、内容は非常に面白い。
生物は「生きる」ことと、あるいは自分の「DNAを残すこと」に全力を挙げ
その為の色々な手法を取ることを、分かりやすく解説し、読んでいて面白い。
中でも「死んだふり」作戦は面白い。
表題とも絡む、本書の眼目である。

つまり「死んだふり」する方が、動き回るよりも生存率が高い事を、著者は実験して確かめるのである。しかも、一旦発表したその説に、別の原因の可能性が示唆されたとき
その可能性(他原因)を崩していく姿勢も面白い。

一方、著者はそれを人間社会に「類推」しようとする。

戦国時代、「死んだふり」して生き延びたもののエピソードや、現代社会でも会議でじっとしている術など、それなりに面白いが、どうも牽強付会に思える。
つまり、本来良くないとされる「先送り」を、「死んだふり」の生物学的有効性から無理矢理結びつけている感がぬぐえない。

「先送り」がいけないのは、今決めなければならないことを決めず、今しなければならないことを直ちにしないことだろう。

ところが、生物の「死んだふり」は、批判される「先送り」でない。
生きるか死ぬかの究極の状況で、その生物の「死んだふり」は、
生きるための戦術の一つとして、「今」実行したのであり、決して「先送り」でない。

「死んだふり」を「先送り」と解釈し、
それを強引に結びつけるところに問題があるだろう。

内容は大変面白いのに、表題の付け方が残念である。


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by kazuo_okawa | 2014-04-21 22:49 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
加藤一二三九段は、先頃、新刊「負けて強くなる」(宝島新書)を発行した。

そして先日(4月18日)の朝日新聞の「レジェンド」特集には、なんと加藤一二三九段が登場していた。

いまや「ひふみん」の愛称で抜群の人気を誇る加藤九段の人生は
新刊の表題通り「負けて強くなる」だろう。

以前のブログにも書いたが、かつて、加藤九段はヒール(悪役)であった。

当時、加藤の前には大山、升田、そして加藤の後には
中原、米長、内藤である。
人気は中原らが上回っていた。

加藤は、対戦相手棋士の前で仁王立ちのように上半身をもたげたり
対戦相手棋士の後ろに回って「盤上」を見るという態度は、対戦相手に
失礼であり、いささか品位に欠けるとされ、それ故に、ヒールとしての存在感を有していた。

それがどうだろう。
今や、相手の立場に立ってみると言うことは素晴らしいとされ
山崎義樹元最高裁裁判官はこの「相手の立場で見る」という姿勢を絶賛しているという。

しかも、対局の中継中、解説のために盤上を逆転する図柄は
今や「ひふみんアイ」と呼ばれているのである。

A級棋士郷田九段は、加藤先生と対局して、一度、後ろ回りしてもらいたいとも述べていた。

ヒールが今やベビーフェイス。
「負けて強くなる」

加藤の人生を象徴するとともに
加藤の人生ほど、人々に希望を与えるものはないだろう。
まさしく将棋界のレジェンドである。
お薦めの一冊である。
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by kazuo_okawa | 2014-04-20 17:32 | 将棋 | Trackback | Comments(0)