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by kazuo_okawa

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棋士と記憶力

「神の領域に挑む者 - 棋士それぞれの地平」(鈴木輝彦・日本将棋連盟・2014年1月31日発行)を買って読む。

この著は、鈴木七段(当時)が、羽生、谷川、中原ら棋士にインタビューした著である。

私が興味を引いたのは、内容もさることながら、インタビュアー鈴木七段が、
インタビューに際して「テープを取らない」と述べているくだりである。
その理由はテープを取れば「ここだけの話」が出ないからということであるが
その理由の是非はさておき、鈴木は3時間くらいなら「覚えています」と言い、
しかもその記憶力を培ったのは、「将棋でフルに頭を使った効果だ」と説明している。

これは色々と考えさせる言葉である。

棋士が、将棋に関して、驚異的な記憶力を持っていることは間違いない。

日曜日のNHK杯戦で一局の将棋を終えた後の感想戦で、
司会の矢内女流四段が「お時間がありませんので、では、仕掛けの場面から」と言ったとたん、両対局者が、その場面をたちどころに「再現」するのには
誰しも驚くであろう。
棋士はこれほどまでに記憶力が素晴らしい。

そう言えば、刑事コロンボのとある作品で、犯人はチェスのチャンピオンであり、
そのトリックは、その犯人が、ちらっと目にした書面を一瞬にして記憶する
というところにあった。

棋士同様、チェスチャンピオンも記憶力が素晴らしいという前提に立っている。

しかし、将棋(チェス)の記憶力と、一般的なこのような記憶力は別だろう。

それはあたかも、弁護士の場合を例に取れば、打ち合わせ中、六法全書から
民法の所定の条文を指し示すのによく似ている。
この様子を見て、知らない人はあたかも条文を覚えているのかと思われるかもしれないが
決してそう言うことはない。
職業上よく六法全書を引くことから、およその場所を覚えているだけである。
つまり、仕事に関することは、しょっちゅう馴染んでいることから
その部分の記憶は(棋士なら将棋、弁護士なら条文の位置)強いのだろう。

というような事を、私は、以前は思っていたため、この鈴木説は意表をついた。

鈴木説が正しいとすると、棋士は将棋という限られたものであるとはいえ、
記憶し、再現し、ということを日々重ねていることから
将棋に限らず、全般に、「記憶する能力」が発達したということなのか。

考えてみれば、記憶術のひとつに、イメージ連想法がある。
A→B→Cという流れを
「AB」の場面を連想し、次に「BC」の場面を連想する。
そのことによって、A→B→Cという流れを記憶し、また、再現するという手法である。

将棋は一手一手に意味があるから、順次再現出来る。
同様に、インタビューも、答え手の発言から、連想して次の質問を発するなら
イメージ連想法と似た手法である。

いやいや、やはり、脳の中の記憶を司る分野が棋士の場合、発達しているのかもしれない。

それやこれや、鈴木説の理由を考えていると、大変興味深いのである。


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by kazuo_okawa | 2014-01-31 23:29 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
ニュースに寄れば、1月29日の国会答弁で、安倍首相は、民主党のヤジにいらついて
答弁を、原稿そのままに、しかもものすごい「早口」で読み飛ばしたという。

議会のヤジもどうかと思うが、だからといって、それにいらついて「早口」答弁をするというのは、あきれるというか、何というか、ここまでするのか、という感じである。
首相なるものは、国会答弁するのが「仕事」であるのに、まともに仕事していない。
はっきり言って、これほど国民を愚弄した首相はないだろう。

つまり、国会での答弁は国民に対する「説明」でもあるのに、真面目に説明する気は無いのである。
ヤジにいらついても、答弁は、実質的には「国民」に対する説明であると思っていれば
こんな対応は普通取らないあろう。

例えばの話ですが、仮に、あなたが、親友から、これはどうなの?と聞かれたときに
その答えを、
相手の目も見ずに、原稿棒読みで、しかも相手に十分に聞き取れないくらいの「早口」でまくし立てますか。
仮に、誰かが横からやじったために、やじった相手にいらついても、説明すべき親友に、早口でまくしたてたりしませんよね。
説明する相手をきちんと認識していたら、こんなことはしません。

つまり、今回の安倍首相の「早口」答弁は
「国民」に対して説明するという視点を欠いていることを、いみじくも露呈したものといえるでしょう。
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by kazuo_okawa | 2014-01-30 23:09 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
映画「トリック」の感想を書いたブログ(1月15日)中
主役のマジシャン山田のクライマックスの行動に
違和感を覚えた、と書いた。

(以下、「トリック」のラストに触れていますのでご注意)

つまり山田は、ガスの大爆発から村人を救うため、自ら命をかけて
ガス発生源を「小爆発」させて、「大爆発」を防ぐのである。

映画「トリック」では泣かせるシーンであるが
私は、どうにも、この自ら命を落とす、というのが好きになれない。

それは、いくら、村人のため、国家のため、革命のため、何某のため…と
何であったとしても、私は好きになれない。

何かのために死ぬことを尊ぶ思想は、
それは結局、自爆テロ・カミカゼ特攻隊思想に行き着く。

個人ひとり一人の命を大事にするのとは「真逆」の思想であろう。

それにしても近時、この「何かのために死ぬことを尊ぶ思想」が
やたら目につく。

「風立ちぬ」や「永遠のゼロ」のごとく、零戦・特攻隊を題材にした映画が大ヒットし
そしてそれと連動して「何かのために死ぬ」ことがさりげなく尊ばれる。
作者自身は必ずしも意識していないかもしれない。
しかし、無意識のうちに、菰し出している。

そしてそれが娯楽映画「トリック」にまで出てこようとは。

「娯楽映画」はあくまで「娯楽」であり、こういったことに
目くじらを立てるべきではないのかもしれない。

しかし、無意識のうちに、こういう思想が広まることが怖い。

それはやがて、「お国のために死ぬことを尊い」としかねないからである。

無論それは、「戦争が出来る国家作り」を進めている権力者にとっては
願ってもないことだろう。
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by kazuo_okawa | 2014-01-29 22:25 | Trackback | Comments(1)
「イメージと読みの勝負観」シリーズの3巻が発行された。
将棋専門誌「将棋世界」の人気連載シリーズをまとめて再編集したものである。

内容は、基本的にはある将棋の同じ盤面図を、トップ棋士6名に示して
その場面をどう見るか、どのように評価するかの意見を聞くもので
全く同じ盤面図を見ながらも、トップ棋士の感じ方の違うのが面白い。

それが過去の名棋士(例えば升田幸三・実力制第4代名人)の盤面図であったりすると、過去の将棋観との違いも含めて、なお、面白い。

そのシリーズ第3巻を読み始めたのだが、冒頭に出てくる
渡辺明2冠王の「合理主義」的な考え方が印象に残った。
渡辺は、普段の研究でも限られた時間の中で、自己の戦法とかけ離れた研究は余りせず
自己に役立つ研究を効率よく行っていることがわかる。

我々弁護士も専門家として、日々の情報収集・勉強が必要であるが、膨大な情報を
いかに効率よく吸収するかを考えている身としては、渡辺2冠王の考え方は
正直なところ、大変共感を覚えるのである。

また渡辺は対戦においても、闘う相手を見て、こちらの戦法を考える、というものであり
これもある意味で、極めて合理的な考え方と言える。

それを示す発言が面白い。(そのまま引用する)
「振り飛車党相手に僕は初手2六歩と突きますから。だって、それなら余計な心配することないもん。」
「逆にいうと、振り飛車党に対して初手7六歩と突くのはもう意味がないんですよ」

「ないもん」という言い方も含めて面白いですよね。

渡辺のこの言葉の意味するところは、将棋ファン以外には面白くないだろうから省くが
渡辺2冠王は、ここまで割り切って指しているのかと、読んでいて驚く。
ある意味で清々しさを覚えるのである。

ところが、同じ書物で、谷川浩司九段は違う考えを示す。
谷川は「盤上、この一手」を追求する棋士である。
彼はズバリ言う。
「相手を見ながら指し手を変えるという姿勢はどうなのかと思う」と。
わずかな言葉であるが、「谷川美学」が浮かび出ている。

そういえば、将棋界の名エッセイスト老師・河口俊彦が
かつて、谷川を(サムライでなく)お公家様と表したことがある。
これは、谷川の美しさを追求する姿勢を表現したものであり、
そこには評価しつつも、勝負師(サムライ)なのか、との意味も含まれている。

谷川と渡辺には、共に「中学生プロ」(これは史上4人しかしない)であることと
同世代で突出している(同世代のライバルがいない)という共通項がある。
しかし、渡辺は徹底的に合理主義であり、
谷川は美しさを追求するという
違いがある。

私には、どちらも興味深い。
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by kazuo_okawa | 2014-01-28 23:34 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
ヤフー・ニュースを見ていると、1月25日配信記事に
電気こたつの国内生産が激減しているというニュースと共に
一方で、みかんの出荷量も減少していることから
両者に相関関係があるのではないかとの「仮説」も紹介されていた。

昔は電気こたつの上には必ずと言っていいほどみかんが置かれていましたね。
その発想から、こたつが減少すれば、その上にあった、みかん出荷量も
減少したのではないかという、大変面白い「仮説」である。

だが、いくら何でもこの「仮説」は無理だろう。

そもそもこの記事自体、こたつの減少は、マンションなどでエアコンが普及したほか、
部屋の保温性が高くなり、和室が減るなどしたためとみられると分析し
一方、みかんの出荷量の減少の原因も、ほかの果物や菓子などスイーツが多様化したことも原因として考えられるとしている。

つまり両者の減少は、それぞれに理由があり、一方の減少が
他方に影響するという相関関係はあまり考えられない。

無論、こたつの上に、たまたまみかんがあり
何を食べても良いときなど、たまたま、みかんが目の前にあるから食べるが
そうでなければわざわざみかんは食べない、ということもあるだろうから
こたつの減少が、みかん出荷量の減少に全く関係ないとはいえない。

しかしながら、だからといって、こたつ減少との相関関係を結びつけるのは無理だろう。

現に記事の横に添えられた両者の減少グラフを比較すれば
電気こたつは毎年減少しつつも、平成10年に大幅に減少している。
一方、みかん出荷量は毎年順調に減少している。
仮に、両者に相関関係があれば、グラフの形は似ていないと
おかしいであろう。
つまり、グラフを見る限り、両者の減り具合は明らかに異質であり
相関関係有りというのはまず難しい。

とはいえ、電気こたつの上には「みかん」という日本の伝統な
風景に着目した面白い「仮説」であり、その発想には大いに感心する。

こういう自由な思考は、仮に立証されなくても、「仮説」自体が、実に面白い。

シャーロック・ホームズを研究するシャーロッキアーナ(シャーロック・ホームズ学)を
思わす、柔軟な仮説であり、実に楽しい。



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by kazuo_okawa | 2014-01-27 23:53 | パズル・統計・数学 | Trackback | Comments(0)

プロメテウスの罠

朝日新聞が、2011年の福島原発被害について、長期連載している
「プロメテウスの罠」は、これまでも、色々と考えさせられる素晴らしいルポルタージュであるが、
1月26日の記事は、読んでいて、ぐぐっと来た。

原発被災地でも、刑事事件は発生する。
現に、2011年3月14日に相馬市で殺人事件が発生した。
弁護士も含めて、誰もが福島から非難しようとしていた時期である。

そんなときに殺人事件が発生し、当然、被疑者の逮捕と捜査は始まる。
一方、弁護人はどうするのか。

福島の弁護士は、自分自身が、震災、原発で大変な状況であり、誰もが
刑事弁護の余裕などはない。
つまり刑事弁護の成り手が無い。

そんなときに、法テラス福島事務所に所属する弁護士歴3年目と2年目の
2人の若手弁護士、加畑貴義氏と頼金大輔氏に電話が入る。
誰も引き受け手のない殺人事件の国選弁護を引き受けてくれないかと…。

彼ら自身、福島から非難していようとしたときであり、
一方、刑事弁護の重要性は百も承知している。
そこで、彼らは、受任すべきかどうか、2人は、一たん電話を切って考えるのである。

以下は、その2人の場面を、朝日新聞記事からそのまま引用する。

<(略)検事の書く調書に、いわれるままに容疑者が署名押印する事態は避けなければいけない。
そのためには毎日接見し、容疑者の心が「折れない」ように励まし続けることが必要だ。
これだけの高線量のなか、果たしてそうした弁護活動ができるだろうか。
移動の頼りは車だけ。そもそも長時間、外に出ていいのだろうか。
放射能に関する知識は、2人ともまったくといっていいほどない。
 沈黙は5分近く続いた。口火を切ったのは頼金だった。
 「――やるしかないでしょ」
 「――やるか」
 加畑も応じた。
 「俺たちが弁護士避難のしんがりになるな」>

このくだりで、心が動かない刑事弁護士はいないであろう。

原発高度被災地において、わざわざその場所で、逮捕、勾留し、
さらにそこで、取調や刑事弁護を続けなければならないのか、
など根本的な疑問はあるだろう。
或いは、「法テラス」の評価についても色々と議論はあるだろう。
しかし、そんなことをおいても彼らの決断には心を動かされる。

いつ、どこで、どんなときでも、
目の前に、刑事事件の被疑者・被告人が助けを求めるとき、
全力を挙げて、彼らのための弁護をするというが弁護士の心構えである。

しかし、言うは易く、行なうは難し。
ましてや、高度被爆という特別な状況下である。
仮に、彼らが、刑事弁護を断ったからといって誰が彼らを非難し得よう。

そんなとき、彼らは、一瞬迷いながらも引き受けるのである。

朝日新聞の素晴らしい記事に感謝したい。

そして、若き彼らの、正義感、勇気、決断に心から敬意を表する。


 
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by kazuo_okawa | 2014-01-27 00:12 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
「ダボス会議」なる不思議な「会議」のことを、かつて私は全く知らなかった。

いささか不勉強であったが、私がダボス会議のことを知ったのは、10数年前、
かの小泉政権の片棒、竹中平蔵氏が、自らダボス会議に参加したことを
嬉しそうに語っていたのが最初である。

ダボス会議とは、一般には、ビジネス、政治、アカデミアやその他、社会における選ばれたリーダーたちが連携することにより、世界・地域・産業のアジェンダを形成し、世界情勢の改善に取り組む任意の機関と言われている(らしい)。

まあ、平たく言えば、世界レベルで選ばれたエリートが、世界が直面する重大な問題について議論し、世界を動かす場となっている(らしい)。

こういう会議の存在を、それまで全く知らなかったこともあって、
色々と調べたが、調べれば調べるほど、うさんくさい。
実に胡散臭い。

ここでは、その胡散臭さは述べないが、
関心ある方は、インターネットで調べれば、簡単に調べられるであろう。

ともあれ、ここで言いたいのは次のことである。
つまり、私が一番感ずるのは、選ばれたものだけが会議に参加するという
限りなき「エリート臭」である。
このことは、逆に言えば、「民主主義」から最も離れているといえよう。
まあ、しかし、そういう会議があってもおかしくない。

問題は、こういう会議に、喜々として参加し、
喜々として自慢する心情であり、とうてい理解出来ない。
…もとい、いやあ、理解出来る。
小物であればあるほど「君は選ばれた人物だよ」と言われれば嬉しいであろう。
参加を喜ぶのは、まさしく、「小物の証明」である。
加えて、「非民主主義の証明」でもある。

前置きが長くなったが、そんなダボス会議に、通常国会開会前の22日に、安倍首相が参加したという。
招待されたから、らしいが、通常国会直前ですよ。
そのこと自体がどうかと思うが、またもや、問題発言をしている。

ご承知の通り、日中関係は、100年前の英独と同じとのくだりである。

今年が、「第一次大戦から100年」であるということを
よく思いつくものだと感心するが、加えて当時の英独と同じだと言う。
これでは「日中戦争が起きるのか」と誰しも思うのだろう。
仮に、100年前を例に出すとしても、
何故、この人は「当時とは違う」と言えないのであろうか。
「当時とは違い、戦争はしないし、させない」
そのように言うのが、平和主義国家のリーダーの発言たるべきであろう。
いや、この人には平和主義国家との認識は無いのだろう。

この人の発言には暗澹たる思いがする。
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by kazuo_okawa | 2014-01-26 00:43 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
大阪府立大学経済学部で「労働法」を一年間講義してきた。
本日は、その学年末試験である。

私は講義の出席はとらない。
しかし、毎回、出席している真面目な学生には
試験に合格してほしいと思うのは人情である。

試験問題は、4問中2問選択としているので
普通に勉強していれば、まず合格できる。
それでも、毎回、出席している真面目な学生には、是非とも合格してほしい。
しかし講義の中で「ここは試験に出しますよ」などと露骨なことを言うのでは
出席していない学生にもその情報が広まるので、全く意味がない。
従って、そういうことはしない。
そこで、一工夫する。

つまり、本格ミステリファンとしては、講義の中で、うまく
試験問題の「手がかり」を必ず残すようにしているのである。

例えば、本日の4問のうちの1問目は、
労働組合法上の「労働組合」を説明させる問題であるが
講義では、説明しながら、黒板に
①労働者が主体
②自主性
③目的
④団体性
等と、黒板の左端に書きながら説明していくのである。
私は、黒板に字を書いたり、消したりしながら、講義を進めているのであるが
何故か、不思議なことに、左端に書いた前記の4つだけは、
その日、一日中、講義の最後まで黒板に残っているのである。
しかもそれだけではなく、別の日の講義の時も、
たまたま「労働組合」と言う言葉が出たときに
「ここでいう労働組合とは、労働組合法上のもので、その要件はこの前の講義で説明しましたね」と、またまた、前記①②③④の4つが黒板に書かれる。
そして、不思議なことに、その日もその4つは最後まで黒板に残っているのである。
他の3問もほぼ同じである。

重要な「手がかり」は、まさに目の前に大きく示されていたのである。

しかし、こういうことを単純に繰り返すのでは、勘のいい学生は気づくかもしれない。
そこで、2回目、3回目の時は、たまたま、自然に説明したように
という「ミスディレクション」を張って、黒板にさりげなく書くのである。

「手がかり」と「ミスディレクション」
これこそ本格ミステリの核心であり、醍醐味である。

というわけで、私の講義を真面目に出席して
しかも、黒板のノート取りをきちんとした学生は、今日の試験問題を知って
私の、この「手がかり」にきっと、今頃、驚いてくれているだろう。
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by kazuo_okawa | 2014-01-24 23:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

予想の外れる楽しみ

本日、夜の会合に行く前に、ネットで王将戦第2戦を観る。
既にブログに書いたように、渡辺対羽生の大一番である。

その第2戦。
何と!先手羽生の初手2六歩から、
角道を止めて、飛車先交換し、以後相掛かりへ。

う~ん。
参りました。
全く戦型予想が外れました。
それにしても、羽生は広い。大きい。
渡辺も自然に受けて、この一局は実に面白い。

ミステリでも、マジックでも、パズルでも
予想が外れるという「意外性」自体が面白い。
羽生と渡辺、大変楽しみな展開です。

そして、朝日オープン。
「ベスト4」がどうなったか、こちらもネットで調べる。
こちらは、羽生、渡辺、森内の三強の他、
残る一枠を豊島七段が勝利し、ベスト4が揃った。
三強プラス豊島、これは実に興味深い。

将棋ファンならご承知の通り
豊島は期待の若手であり、未来のタイトルホルダーである。
申し分ない準決勝進出である。
いやむしろ、他が、この三強であることを思えば
豊島の為の舞台と言えなくもない。

それは、三強を前に言い過ぎか。
いやそうであってほしい。
朝日オープンは、豊島の初優勝とみた。

予想があたるかどうか、予想する事自体も楽しい。
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by kazuo_okawa | 2014-01-23 23:20 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

私達のそういう政府

私達の政府は、はっきり言って、戦後最低と言っていいくらいひどい政府である。
つまり、政権の成り立ちがもっとも民意から離れているにもかかわらず
(つまり選挙制度のインチキでたまたま多数をとったに過ぎないにもかかわらず)
逆にもっとも民意を無視した横暴を重ねている。

かねてより、そのように思っていたところ
1月20日付け朝日新聞朝刊記事に面白い表現があった。

記事は沖縄名護市長選の結果を報ずる内容で、ご承知の通り
普天間基地移設先としての辺野古反対派である稲嶺氏が当選した。
辺野古移設を推進する自民党石破幹事長は、この選挙でも
自民党の移設を推し進めるために、金を突きつける、つまり
500億円で名護市民の頬を叩くという戦術をとったが
名護市民の多数はそれにノーと突きつけたのである。

みんなが嫌なことは何処にも押しつけない。
果たして日本に米軍基地が必要なのか、根本的な議論が始められるべきである。

無論、辺野古移設はない。
つまり、普天間基地の移設反対が民意なのであるから、
当然、辺野古移設は行われないであろう。
これが民主主義というものである。
「デモをテロと同じと言い放つ」石破幹事長も
さすがに選挙の結果は重視するだろうと、普通は思いますよね。

しかし、朝日の記事は興味深い。
次のように指摘しているのである。

「(辺野古移設が)ついえたとは、残念ながら私には思えない。沖縄の問題ではない。私たちの政府がそういう政府だからである」

民意を尊重しない「私たちの政府」、恥ずべき政府を見事に批判している。

こんな恥ずべき政権は、一刻も早く退陣させなければならない。
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by kazuo_okawa | 2014-01-22 23:26 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)