私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
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一仕事終えて事務所の帰り際。

王位戦の結果が気になり
インターネットでアクセスする。

終局場面を見て驚く。
羽生の「圧勝」である。

今期王位戦が興味深いことは
私のブログ(7/10)に書いた。
長年低迷してきた天才が
一念発起してどこまで変わりうるか、という興味である。

実際、「遅れてきた天才」ともいえる行方が
羽生にどこまで迫るのか、
というのは大変興味深いものがあった。

しかも行方は今期にはいっても俄然強いのである。

しかし、勝負の世界は残酷である。
羽生は王位戦7番勝負を4勝1敗で防衛し、
しかもその最終局は完勝である。

常に努力を重ね、途切れることなく
長年にわたって第一人者であり続けてきた
羽生にとって見れば
ここ数年強くなったにすぎない
行方には、とうてい負けるわけにはいかない
ということであろう。

数字だけを見れば、羽生は、行方に
「所詮、相手でないよ」
と突きつけているかのようである。

果たして、行方は、これで終わるのであろうか。
別の興味が残る。

それにしても羽生は強い。
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by kazuo_okawa | 2013-08-29 01:19 | 将棋 | Trackback | Comments(0)
京大ミス研、
私の素晴らしき後輩、綾辻行人氏の新作
「アナザー・エピソードS」が発行された。

本来なら、その感想を書く予定だったのだが、
多忙のため、十分に読み切れていない。

そこで、
綾辻氏へのお礼を込めて
本格ミステリ作家クラブのことを書く。

私自身、シャーロック・ホームズと本格ミステリファンである。
知的な謎があって、意外性がある作品が大好きである。
無論、論理的であればあるほどよいが
そこはそれ、エンタテインメントである以上
退屈させないことは不可欠である。

ということで、そういう本格ミステリが好きなのである。

2009年12月、シャーロック・ホームズ・クラブ関西支部で
「シャーロック・ホームズと京大ミステリ研」と題して講演した。
(ホームページ・趣味の欄の通り)

このときの模様を綾辻さんに伝えていたのだが
その後、綾辻さんが、2010年9月に行われた
「本格ミステリ作家クラブ10周年記念フェア」で
ディスカッションを行い、そこで
京大ミステリ研のことを話題にして頂いている。

大変ありがたい。
そして、京大ミステリ研創始者の1人として大変喜ばしい。

シャーロック・ホームズと京大ミステリ研、
それが本格ミステリ作家クラブへとつながるとしたら
これほど嬉しいことはない。

本格ミステリ作家クラブを是非応援してください。
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by kazuo_okawa | 2013-08-28 00:23 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
先のブログに「集団的自衛権」のことを書いた。

安倍首相の、解釈改憲があまりにひどいからであるが
今、アメリカがシリアを攻撃しようとしているとき
「集団的自衛権」を認めるということは
近く、我が国の自衛隊が戦争に参加しかねないからである。

アメリカは、シリアに対して、化学兵器を使ったと批判し
それを攻撃の口実にしようとしている。

これは、大量破壊兵器を口実にイラク攻撃したことを
デジャブ現象のように思い出すが、それは別としても、
このようなアメリカの無法は決して許されない。

しかし、しかし、日本の集団的自衛権を認めれば
単なるアメリカの無法問題にとどまりません。

攻撃を受けたシリアが、アメリカに反撃したとき、
我が同盟国日本はシリアに交戦することになるのです。

いいんでしょうか。

平和憲法の我が国で
インチキ選挙制度で「多数」を占めたにすぎない
安倍自民党が勝手に「解釈」して
戦争に突入することになりかねない。
こんなことで本当にいいんでしょうか。

解釈改憲、集団的自衛権は決して許してはなりません。
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by kazuo_okawa | 2013-08-27 23:40 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
憲法9条は次のように規定している。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

京大法学部で憲法を学んでいた頃、この9条に
いくつもの解釈のあることに大変感心したものである。

無論、この「感心」とは、屁理屈に対してあきれた(感心)、という
皮肉も込めている。
まあおよそ、人が解しうるあらゆる考えが
発表されていると言ってよいであろう。

これまでの政府解釈は
1項は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
「国際紛争を解決する手段としては」永久にこれを放棄するとあり
国の自衛権そのものは否定されていないとされる。

2項は、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。」
とあり、ここだけを見れば、意味するところは明瞭であるが、
その前に
「前項の目的を達するため」という文言が付加されているために
巧妙な解釈が出てきます。
つまり、この目的を達成する限りで「陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とするもので
そうではなくて、、
もっぱら防衛のための自衛権としての武力行使は認める、
という解釈である。
いわゆる「専守防衛論」というものですね。

この解釈ですら相当無理があると思います。

しかし、しかし、ですよ。
9条の文言から、集団的自衛権が読み取れますでしょうか。

そもそも2項は普通に読めば、全くの「非武装」ですが
仮に、「.前項の目的を達するため」とあるから、
専守防衛が許されるとしても、それはいくら何でも
我が国だけが対象でしょう。

これまでの自民党政府も
集団的自衛権は認められないとしてきました。

それを安倍首相は、解釈で、9条を変えようとしている。

これでは、最高法規たる憲法の意味は全くない。

こんなことは決して許してはいけない。
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by kazuo_okawa | 2013-08-27 23:17 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
ビッグイシューを時々買う。
「ホームレスの仕事を作り自立を応援する」という目的で
路上で販売している冊子である。

売り上げの一部が販売者の収入になることで
支援している。

そのビッグイシューが今年9月で創刊10周年を迎えるという。
その221号の記念特集に、将棋の羽生三冠が
大きく表紙に出るとともに、10周年スペシャル企画として
ビッグイシュー日本代表と対談している。

将棋ファンでミステリ好きのシャーロキアン
(シャーロックホームズファンのことです)の私としては
何やら本当に心地よい気分なんですね。

対談を読んでいても大変気持ちがいい。

この対談を、羽生は6月29日に応じているのであるが
タイトルマッチの忙しい時を思えば驚異的であると
同時に、こういう企画を快く引き受ける羽生に
心から敬意を表する。

そして、記念の号は「221号」

大抵の方には、何の事かと思われるかもしれない。
しかしシャーロキアンにとって見れば
221はシャーロックホームズの住んでいた場所
(正確には221B)であり、221は
シャーロックホームズファンにとっては
一番馴染みのある数字なのである。

ちょっとした偶然は人を気持ちよくさせる。

ビッグイシュー221号は
将棋ファンでシャーロキアンには実に気持ちがいいのである。

ちなみに、羽生の日本将棋連盟登録番号は175。
そして私の日本シャーロック・ホームズ・クラブの登録番号も175。

だからどうした、
と言われても困りますが、まあちょっとした偶然で
私にとっては大変気持ちがいいのです。
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by kazuo_okawa | 2013-08-22 19:09 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

警察の無断GPS捜査

新聞報道によれば
警察が、捜査対象者に無断で
その車両にGPS端末機をつけて
約一年間その人物の位置情報を把握していたという。

プライバシー侵害もはなはだしい。

こういうことを言うと、
「悪い」ことをしているのだから仕方がない、という人がいる。

しかし、悪いことをしているかどうかは
最終的には裁判所が判断することであって
警察が一方的に判断してよいものではない。

加えて悪いことをした人物であったとしても
(正確にいえば、犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があっても)
それだけで人権侵害にわたる捜査をしてはいけないのである。

それは、逮捕や盗聴に裁判所のチェックにかからしめていることから
わかるように、
法は、捜査が人権侵害にわたるとき
裁判所のチェックを必要としていると考えられるのである。

ところで今回の報道で一番怖いのは
今回たまたま捜査対象者がGPS端末機を見つけたから
このような捜査手法が発覚したのであるが
仮に端末機が見つからなければこういう捜査手法は
国民に全く知られなかったわけである。

ということは、他にも、国民に知られないところで
広範囲にこういう捜査をしているかもしれないということである。

それが怖い。

そして、冒頭に述べた通り、個人の位置情報を勝手に把握するのは
プライバシー侵害なのである。
しかし警察はプライバシー侵害(人権侵害)と意識していない。
そうであればその人権意識の希薄さが怖い。

あるいは人権侵害を意識しながら、こっそりやってばれなければいい、と
考えたのかもしれない。

実は、これが一番怖い。
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by kazuo_okawa | 2013-08-20 23:52 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
安倍首相の8/15戦没者追悼式の式辞その他を報ずる記事を
読んで絶望的になる。

ほとんどのメディアが指摘するとおり
アジアへの加害と不戦の誓いの言及を、
無くしたことは
きわめて重要な意味を持つ。

不戦の誓いを、わざわざはずしたのは
憲法を改正して、国防軍設置を願う
安倍首相の「戦の誓い」と
勘ぐられてもやむをえまい。

そして、ジブリ「風立ちぬ」効果であろう、テレビなどでは
ゼロ戦カミカゼ特攻隊について繰り返し報じられている。

特攻隊は「自爆攻撃」であり、そこには、空軍特攻兵の
「個人」の尊重はどこにもない。

「個」を捨てて、国体のため、天皇のために
命を捨てるのが先の戦争だったのである。

それ故に、先の戦争の反省のもと生まれた
現在の日本国憲法が基本的人権として「個人の尊重」を
保障したのは大きな意味を持つのである。

ところが、ところがである。
その「個人の尊重」を安倍自民党改憲草案では
すっぽりと落としているのである
(人の尊重、という言葉でごまかしている)。

そして「靖国」である。
安倍首相は、8/15参拝を外交的に控えただけであり、
本当は公式参拝したいことを示している。

こららをつなげるとどうなるか。

「個」を捨てて、国のために命を捨てる軍人を擁する
国防軍を設置し、「戦の誓い」をたてる。
国のために、命を捨てたものには、靖国に祀り、
国が奉る。

安倍首相の言葉からは、戦争が出来る国家を作る
というものしか思い浮かばない。

果たして、国民の多くは、子や孫が
戦争に行くことを本当に望んでいるのであろうか。
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by kazuo_okawa | 2013-08-16 20:06 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「終戦」と「敗戦」

8月15日付朝日新聞の「天声人語」を読むと
いわゆる終戦記念日について、
「終戦」というか「敗戦」というかのこだわりについて記載されている。
角川源義氏は「あれは敗戦だ。終戦なんて簡単に言うな」と
怒ったという。

私も、高校生時代だったか(若き日に)、
「終戦」ではなく、「敗戦」とはっきりと言うべきであるという
意見に感銘を受けて、以後、基本的には「敗戦」という言葉を使ってきた。

しかし1985年の中曽根氏靖国神社公式参拝違憲訴訟を担当し
以後、色々な方と先の戦争の意味を議論するにつけ
ことは簡単でない、と思うようになった。

侵略された側はもとより、
真の意に反して、戦争に巻き込まれたものにとっては
「やっと戦争が終わった」というのも正直な気持ちなのである。

その意味では「終戦」とういう呼び名も
分からないではないのである。

無論これは侵略戦争を否定したり、
敗戦を認めたくない気持ちを是認するものでもない。

むしろそういう文脈では、「敗戦」という言葉を使えと
指摘すべきであろう。
その意味では、角川源義氏は正しい。
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by kazuo_okawa | 2013-08-16 19:18 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)
学生にとっての夏休みは
講師にとっては前期試験の採点期間である。

「労働法」を教えている大学の前期試験の採点をしているのだが
いつも考えさせられてしまう。

できばえの良くない答案に、共通の間違いがあるのである。

それが、今年は「使用人」である。
回答者は、労働者を雇っている側のつもりで答案を書いている。

つまり、「使用者」と書くところを「使用人」と書いている答案が
いくつも散見されるのである。

この原因は、学生の間で出回っている「虎の巻」
(大川講座用試験対策のレジュメ)
自体が間違っているからである。

「使用人」という言葉は、使用者を示すこともあるが
労働法の分野では、「使用人兼務取締役」という
テーマがあるとおり、一般には「従業員」の意味である。

ましてや、私は、講義で「使用人」などという言葉は一度も使ったこともない。
言うまでもなく「使用者」という言葉を使っている。

従って、答案に「使用人」という言葉を使って回答すること自体
「私は講義に出ていません」と自白するようなものなのである。

そこで考えてしまう。

ひょっとすれば、この大川用の「虎の巻」を作った人は
いくら何でもあまりに不勉強なものは不合格とするように
巧妙に、ただ一点、わざと「使用人」との言葉を使って
私に「暗号」を送ったのではあるまいかとも思うのである。

なぜなら、「使用人」は、両者の意味があるから
授業に出ていない学生にとっては気づかないからである。

そのような「暗号」なら大変素晴らしい。

実は、私は、ミステリ好きで「ダブルミーニング」(二重の意味)が
大好きなのである。

ダブルミーニングの暗号なら実に素晴らしい。

「虎の巻」作成の筆者に、是非とも、その真意を聞きたい。
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by kazuo_okawa | 2013-08-16 18:34 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
朝日新聞の「BE」という土曜特集記事(7月27日付け)を読んでいたら
著名な社会学者・上野千鶴子の人生相談の回答が
出ていた。

その大きな見出しが
<「いま・ここ」でできることを>
である。

皆さん、なにやらよく聞く言葉と思いませんか。

そうですね。

一つは、東進ハイスクール林修先生の流行語、
「いつやるか、今でしょ」

そしてもう一つは
渡辺和子師の110万部大ベストセラー
「おかれた場所で咲きなさい」

無論、私は、上野先生が流行をパクっていると言いたいのではありません。
むしろ上野先生の論考にはいつも感心しています

私の言いたいのは、社会学者上野先生ですらこのように書くとおり、
これが、時代の空気だと言うことです。

一方、私は、宮崎駿氏の「風立ちぬ」についても、ブログに
色々と書いてきましたが、実際、「風立ちぬ」はヒット作となり
そのメッセージは「力を尽くせ」です。

いまの「はやり」を並べるとこうなります。

「おかれた場所で咲きなさい」
「今でしょう」
「力を尽くせ」

正直なところ、それぞれのメッセンジャーには
私は心から敬意を表し
またその発言にも大いに賛同するところがあるものです。

しかしこう並べるとどうでしょうか。

おかれた場所で力を尽くせと言うのですから、
「目の前の体制を変えよ」
「社会を変革せよ」
というものではありません。

自らの不遇を感じたとき
「社会を変えよう」というのではなく、
さらにその場で努力せよというのは
結果的には、体制の存続派には都合のいい話です。

おかれた場所で咲きなさい、
力を尽くせ。

先に述べた通り
論者の思いには、共鳴をおぼえます。

しかし、これらをまとめて聞くと
私は、なにやら危険な雰囲気を感じてしまいます。
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by kazuo_okawa | 2013-08-14 02:18 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)