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by kazuo_okawa
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カテゴリ:本・書物( 45 )

「安倍政権を笑い倒す」

「労働情報」最新号(915号)を読んでいたら、佐高信氏が巻頭エッセイ「時評自評」で自身と松元ヒロ氏との共著「安倍政権を笑い倒す」(角川新書)を紹介していた。

その一文の中に、校門圧死事件で、松元ヒロ氏の先輩マルセ太郎が、「校門というのはそもそも閉めてはいけないものなんだ。学校、教会、お寺というのはいつでも誰でもいけるように、つねに開けておかなきゃいけない。門を閉めてはいけないところだ」とその本質を喝破していたという。

う~ん。
実は、私は、平栗勲弁護士に誘われ、同弁護士とともにその被害者遺族代理人をしていた。そのときにマルセ太郎氏のこの発言を知っていたらとしばし思ったものである。

ともあれ、早速購入。

いやあ、面白いです。
お薦めです。
対談形式なので読みやすく、安倍首相の、ウソ、でたらめ、インチキぶり、或いはその無能ぶりが、笑いと共に繰り返し述べられる。
本当に、これで首相なんですから、笑うしかない。

無論、笑っているだけでは「やがて悲しき…」である。

本の表題の如く、安倍政権を笑い倒さねばならない。
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by kazuo_okawa | 2015-07-18 21:14 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
ミステリについては、色々な出版社が、毎年年末にその一年に発行されたミステリの作品ランキングを発表している。
週刊文春が毎年行う「ミステリーベスト10」は比較的有名だろうがその文春ベスト10で、2014年ランキング一位になったのみならず、他社のベストテンでも軒並み一位になり、史上初の6冠王になったという2014年の最高傑作が「その女アレックス」である。

その話題作「その女アレックス」を読む。
6冠王となっただけあって確かに面白い作品である。
とはいえこの種の作品の性格上、これから読もうとする読者の為に、何も語らないのが一番であろう。
以下、ミステリとしての内容には触れない。

本稿で触れたいのは、「その女アレックス」の中に出てくるフランスの警察の取調時間である。
本書は、昨年の話題作ゆえ、普段、ミステリを読まない人も数多く手にしたに違いない。
そして本書を読み進み、警察の取調時間(何と原則24時間)に驚かれたのではないだろうか。
引用する。

<警察留置は時間との闘いにほかならない。猶予は二十四時間しかない>
(文春文庫「その女アレックス」ピエール・ルメートル訳橘明美)

何で、警察の取調が24時間しかないの?

警察の下で拘束しての取調は制限する。
世界的にはこれが当たり前である。
おそらくせいぜい1~2日というところであろう。
実は日本も逮捕による警察留置場での拘束は最大72時間である。
ところが日本の場合、世界に類を見ない「代用監獄」というインチキ抜け穴制度がある。
本来逮捕の後の、裁判所の行う勾留になれば(警察留置場でなく)拘置所で拘束されるものが、これを例外としてそのまま警察留置場で「代用」できるということになっており、しかもその「例外」が実際は原則化しているのである。
世界に恥ずかしいダイヨーカンゴク制度は廃止されなければならないのに未だ無くならず
冤罪の温床となっている。

「その女アレックス」の同じような場面で、日本の警察ならこう言うだろう。
<猶予は23日間。たっぷりある>
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by kazuo_okawa | 2015-06-23 11:39 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
私がブログで繰り返し批判しているのが「選挙制度」と「世論調査」であるが、このほど表題の「世論調査とは何だろうか」(岩本裕・岩波新書)が発売された。
著者は,NHK職員として、長く世論調査を報道する側にあった人である。

世論調査は、社会に対する影響の大きいものであるが、しかし現行の世論調査は必ずしも正しいものでない。
読売や産経の世論調査を見れば、あたかも安倍首相の政策を後押しするかのようである。

本書は、世論調査についてわかりやすく解説した書物であるが、同時に世論調査の問題点も指摘している。

ランダムにサンプリングするRDD調査は固定電話対象なので、一般に固定電話を持たない若者をとらえきれない。
選択肢を選ぶ質問では、中間選択肢を選びがちである(従ってどのような選択肢を作るかで答えを左右する)。
質問の言い回しで回答が変わる。
質問の順番で回答が変わる。
そして、調査主体のバイアス(例えば、調査主体が読売新聞であれば、読売にシンパシーを持っているものが答えがちになる)。
など的確な指摘がなされている。

質問の言い回し・順番を巧みに用いて「世論操作」する例が実に面白い。
それが次の例である。

消費税引き上げに賛成かどうかを聞くときに、いきなりそう聞くのではなくて、まず
「日本の借金は1000兆円を超えました。あなたは日本の財政についてどう思いますか?」と聞く。
この後、消費税引き上げに賛成かどうかを聞いただけでも、賛成の意見が増えるが、もう一問重ねる。
「政府は消費税の使い道について、福祉に限定すると説明しています。これについて、あなたは賛成ですか、反対ですか」
これで操作は万全、7割が消費税増税に賛成となるだろうという。

本書では、これは良くない例としてあげられているのですが、しかしねえ、「これまでの手法じゃないか」と、つっ込みたくなりますが…。

というわけで、世論調査に騙されないためにも、本書はお薦めです。

もっとも、著者の岩本さんはNHK内部の人だから、NHKの報道の仕方に、もっと頑張ってよ、とも言いたいのですが…。
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by kazuo_okawa | 2015-06-11 01:44 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
表題の書は、集英社新書としてこの2月に出版された柳澤協二氏の著作である。

柳澤氏の講演を私自身は2回聞いたが、本書はそれを分かりやすく解いた極めて現実的な安倍集団的自衛権批判でありその内容には共感を覚える。

柳澤氏は、これまで権力の中枢にいながら、今日では安倍首相の危険性を指摘している。
その内容は、この私のブログでも紹介させて頂いたところであるが、本書はその考えを分かりやすく説明したものである。

そもそも、安倍首相が、集団的自衛権が必要だとして、茶番ともいえるイラストを利用した説明(ありましたよね、日本人救出のための絵)に対し、その事例の場合、わざわざ集団的自衛権がなければ助けられないことはないということを説明している。
つまり、安倍首相が集団的自衛権が必要であるとしてあげた事例は、インチキであることが分かる。

またそもそも、軍事力によって抑止出来るものは何かと分析し、最後に、日本は平和国家(戦争が出来ない国)だからこそ成功してきたと締めくくる。

そして最後の最後に、イスラム国の人質殺害事件にふれ、発端は安倍二億ドル支援発言だが、このときに安倍首相は「イスラム国と戦う国への支援」と言ったが(そしてそれゆえにイスラム国の暴挙につながる)何故に「人道支援に徹する」と言えなかったのかと、柳澤氏は指摘している。

大変素晴らしい著である。

我が国を戦争が出来る国にしてはならない。

本書を強くお薦めする。
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by kazuo_okawa | 2015-03-11 12:43 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
11月29日付け朝日新聞に、28日に総務省が公表した2013年の政治資金収支報告書の内容を報じている。
見出しを見るだけでその本質がわかる。
「自民へ 企業年金42%増」
「献金額 恩恵と連動」
「企業に有利な施策 続々」
まさに<カネで政策を買う>「買収政治」であることがわかる。

ときあたかも、上脇博之神戸学院大学教授が「財界主権国家・ニッポン~買収政治の構図に迫る」(日本機関紙出版センター)を出版された。
より詳しく「買収政治」の内容が書かれている。

原発マネーの効果や民主党の公約反故に向けた策動など大変興味深い。

買収政治を無くすためにも上脇教授の提唱される通り
企業・団体献金の全面禁止、企業・団体の政治資金パーティー券購入禁止を実現することだろう。

上脇教授の著をお薦めする。
是非ともお読み頂きたい。
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by kazuo_okawa | 2014-11-29 19:58 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
「国家と秘密」は、久保亨・瀬畑源両氏の共著(集英社新書)であり、昨年、安倍自民党が強引に成立させた特定秘密保護法を批判する著である。

そもそも我が国では、秘密保護以前に、情報の管理自体が極めてずさんであることや、公文書を平気で廃棄してきた歴史、或いは、一方の「情報公開」は世界レベルから極めて遅れていることなどが指摘されている。
これだけでも衝撃的であるが、自民党のハト派の代表たる谷垣元総裁も、スパイ防止法のときはその問題点を的確に批判しながら、今回の秘密保護法には賛成に回ったという指摘なども「総動員体制」を想像させて怖い。

もっとも長年水俣病訴訟に関わってきた身としては、冒頭のエピソードが印象に残る。

即ち、公文書のずさんな管理は、時として人を殺めるという指摘である。
1956年に発見された水俣病では、発見から遡ること4年前の52年に、熊本県水産課の担当者がチッソの廃水の危険性を指摘しており、「公文書管理の原則に基づき公開されていたならば、水俣病の甚大な被害はくいとめられていた可能性が高かった」と的確に指摘しているのである。

本書ではその報告者の名前は記されていないが、水俣病の歴史では余りにも有名な三好礼治報告書である。

昭和 26(1951)年から昭和27(1952)年にかけて水俣市の百間港付近の汚染はますますひどくなり、生簀の魚が死んで腐臭が漂ったり漁獲が減ったので、水俣市漁協は実態調査を熊本県水産課に要望した。それを受けて、昭和 27(1952)年8 月、三好礼治県水産課係長が現地を調査し、漁業被害は水俣工場からの直接の排水と長年月に堆積した残渣によって漁獲が減少してきたものと結論づけ、排水に対して必要によっては分析し成分を明確にしておくことが望ましいと報告したのである。
世に言う三好報告書であるが、実際にはこの報告書は伏せられ(後に熊大に研究を依頼したときも伏せている)、結局何らの対策も講じられなかったのである。

秘密にしたことが、水俣病被害を拡大させた。

水俣病の歴史から学ぶべきことは余りにも多いが、この、隠された三好報告書もその一つであろう。



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by kazuo_okawa | 2014-10-27 23:26 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
私の知り合いのT弁護士が「棚橋選手の最近の著書を読みましたが、すばらしいの一言でした」と絶賛していたのが、表題の著である。

彼が薦めるくらいだからと、早速購入して読んだ。
成る程面白い。

若き棚橋が、スーパースター武藤敬司の付き人だった頃、武藤に「お前は、俺にサインを求めに来るファンを断れよ」と指示される。
そして、実際に、武藤にサインを求めるファンに、棚橋が「すみません、今、食事をしているので」と断ると
何と、武藤が「いいよ、いいよ」とサインに応じるわけである。
これで、ファンは喜び、武藤の株は上がる。
つまり武藤はこういう芸の細かいことをしていたわけである。

まあ、こういうエピソードが面白いが
無論、本書の真骨頂は棚橋の生き方、人生論である。

新日本プロレス低迷期に、彼は、多くのブーイングを受けながらも
プラス思考(ポジティブシンキング)で生きようとする。
しかしそれでも繰り返されるブーイングの前に彼は落ち込む。

そんなときにプラス思考だけでは駄目と気づかされる。
つまり、プラス思考はともすれば、都合の悪い部分を見ないようにしてしまいがちゆえ
ポジティブシンキングする前に、まず「全てを受け入れる」ことが重要と教えられるのである。

彼がそういうことを気づいたエピソードも記されているのだが
実際に重要なのは、ちょっとした出来事から、深遠な意味に気付くかどうかである。
何ら気付かぬものが多いだろう。
しかし彼は、プラス思考だけでは駄目と気付くのである。
そこが素晴らしいところである。
おそらく彼は「プロレスをどうするべきか」ということを、常に、常に、考えていたからに違いない。

今日、新日本プロレスは再び活性期にあるという。
その為に、棚橋が努力してきた事柄は経営論としても面白い。

いや、何よりも、彼が常にどうするべきかと「思索」してきたということが一番心を打つ。
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by kazuo_okawa | 2014-08-10 18:46 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
池氏は学生時代のサークル仲間にして古き友人である。
その彼が表題の作品をこのたび発行した。
日本の歴史的競技「蹴鞠」の全てを解説した本である。

実に凄い。
よくぞこれだけ調べられたものだと感心する。

作者は、医師にして僧侶。
多忙であろうことを思うと、
日本の心「けまり」を伝え残したい、という熱い思いが伝わってくる。

私が印象に残ったのは次のくだりである。
著者が、第一章冒頭に書いているように、
丸くて適当な大きさのものがあれば蹴りたくなるのが人の本性であろう。
だからこそ、世界中で、ボールを蹴る遊びが広がるのは自然である。
サッカーの世界的人気はそれを裏付ける。

だが、蹴鞠のように、勝ち負けを競わない、むしろ「勝負をつけないゲーム」という遊びは無いだろう。
著者が指摘するようにそれは「和の精神」に通ずるものである。
こういうゲームが、世界の中で、日本だけに広がったというのは文化的に大変興味深い。
あたかも、インドを発祥の地とした将棋が東西に広がりつつも、世界で日本だけに、取った相手の駒を使うという「独自ルール」を作ったことを想起させる。
これは「捕虜を虐殺しない」という平和思想の表れだという者もいる。

池氏の本書は、心得や禁止事項などの項も面白い。
そして、本書の「帯」の言葉の通り
「千年の時を超えて現代に伝える日本の心」というものを改めて考えさせてくれる。

「和と尊ぶ」
「お互いを思いやる」
「謙虚に」
「うぬぼれない」
…そして「勝ち負けを競わない」
それが「蹴鞠」であり、「日本の心」である。

今こそ、是非多くの方にお薦めしたい。
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by kazuo_okawa | 2014-07-05 00:07 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
表題の「辞書になった男」(文芸春秋社)は大変面白い。
まるでミステリを読むような趣きがある。

発端の謎、中段のサスペンス、そして結末の意外性、
これを十分にみたす本書はまさしく、良質のミステリそのものともいえるであろう。
辞書ファンはもとより、ミステリ・ファンも必見である。

天才・見坊豪紀(ケンボー先生)と鬼才・山田忠雄(山田先生)は、いずれも、(普通は複数で作る)辞書を一人で作ったという偉業をなしている。
(昔の辞書には常に名前の出ていた金田一京助先生は、単に名前を貸していただけという)

ケンボー先生は、その語釈は、短文・客観的だが、現代に寄り添う観点から現代語を積極的に取り入れる。その姿勢が、例文145万例集めるという神業を成し遂げている。
一方、山田先生は、従来の辞書の弱点とも言える「言い換え」や「堂々巡り」の語釈をやめると心がける。それがユニークな語釈を生み、赤瀬川原平の「新解さんの謎」で話題となったように、実際に大変面白い語釈がならぶ。

このようにこの二人は辞書界にそびえ立つ二大巨匠であるが、もとは親しい間柄でありながら、ある時から決別する。このテーマにNHKが取り組み、「二人の編纂者の友情と決別」というノンフィクションをテレビ放映したのである。
私はそれを見たのだが(正確には録画で)大変面白い内容であった。

このように先にテレビを見たため、本書をなかなか読まなかったのであるが
とある機会に「三国」(ケンボー先生著)と「新明解」(山田先生著)の語釈の違いを知って、ふと気が変わって本書を買って、読んだのである。

いやあ、実に面白い。
先にテレビを見ていても面白い。

この二人は、いずれも一人で辞書を作ったように、辞書に対する思いと実行は共通である。
それぞれの斬新な語釈が冒頭にあげられるのであるが、それゆえ一挙に引きつけられる。
しかしそれでいながら、辞書に対する、考えの違いから二人は「決別」する。

とはいえ、その二人の「決別の理由」が、本書の謎であり、それを
それぞれの辞書の、語釈を手がかりに、解き明かすのが実に素晴らしい。
まさしくミステリタッチである。

つまり随所随所にそれぞれの語釈の例文があり、その例文が何とも「意味深」なのである。

例えば、本書、冒頭に出てくる「新明解」(山田先生)の「時点」の例文が「謎」である。
山田先生は「新明解」で次の例文をあげる。
「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」
実はこの「一月九日」が二人にとって重要な意味を持つ日なのであるが、物語の興味をそぐので、以下省略する。

まあ、本当に、それぞれの書の「例文」が謎を解く「鍵」となっており、そしてそれを説き起こしていくのが大変面白い。

本書は、間違いなく、お薦めの一作である。
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by kazuo_okawa | 2014-06-30 22:03 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)
中島俊郎氏は甲南大学文学部教授であり、英文学の専門家である。
シャーロキアンでもあり、日本シャーロックホームズ倶楽部で親しくさせて頂いている。

その中島先生から、「ウォーキングの文化史」(甲南大学紀要)という論考を頂く。
副題に、「イギリス人はいかに歩き、何を生み出したか」とあるように
イギリスにおける、「歩く」歴史、「歩く」文化を興味深くまとめたものであり
読んでいて面白い。

イギリス人にとって「歩く」ことは、祈りであり、自己実現であるというその文化が興味深いが、それは同時に、自然保護であり、余暇活用などとも結びつくという。
まあ、難しいことを言わなくとも、
自然の中を「歩く」のは確かに気持ちが良い。

しかし、私が特に関心をもったのは、イギリスにおいて市民の「歩く権利」を認めたというくだりである。

公有地を「歩く」のではない。
私有地を「歩く」権利を認めたのである。

これは画期的なことである。
何せ、「私有地」ですよ。
日本では考えられない。
日本では、所有権は、ほぼ絶対ですからね。

例えば、日本では、憲法上の「表現の自由」があるにもかかわらず
郵便ポストに反戦ビラを入れただけで(私有地であるということを理由に)
逮捕されるんですからね。

もっとも、イギリスの「歩く権利」も
私有地に入ったことで逮捕されるという事件を機に、
却って市民の「怒り」から「歩く権利」を認められたというのであるから
警察の不当逮捕に対する市民の「怒り」の違いにあるのかもしれない。

「歩く文化」の違いとともに、
日英の「民主主義」の違いがあるようにも感ずる。
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by kazuo_okawa | 2014-05-08 00:08 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)