私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa

カテゴリ:大学あれこれ( 19 )

龍谷大学法学部で約20年講義を行っている。

そのうち12年間、龍谷大学はロースクールを開校している。
私は学部の講義のほかに、このロースクールにも協力した。
そしてそのロースクールは、2016年度をもって閉校した。

2016年3月18日にはその慰労会に参加させてもらった。

そこには私の教え子ともいえる若き法曹が同じく参加していた。

彼は、私の法学部時代の講義(「裁判と人権」)を聞いて、法曹を志したという。
非常に嬉しい。
彼とは、今も親しくさせて貰っている。

私が若い人に伝えたいことはたくさんあり、どれだけうまく伝えられたか分からない。
しかし、少しでもその人の人生に、良い影響を与えたなら、これほど素晴らしいことはない。

2017年度、新しく、学部での講義が始まる。
先に述べた「裁判と人権」である。

若い人たちに、私の思いを伝えたい!


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by kazuo_okawa | 2017-04-12 21:57 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

監視とプライバシー

龍谷大学法学部での私の講義「裁判と人権」の試験の答案を採点している。

今回、不合格答案で目についたのは、監視とプライバシーの混同である。

私たちは主権者であるが、私たちのひとり一人の幸福を目指すために、選挙で一時的に権力を託し、また行政にその役割を託す。
行政や権力者(政権)の仕組みはあくまで主権者のために動いてもらう為に委託したのである。
それゆえ、この場合、権力者や行政が本当に、主権者たる私たちのために働いてくれるのかチェックが必要である。
これが行政への監視である。
(これは公務員のプライバシー権とは何の関係もない。
あくまで、公務のチェックであり、公務員の仕事を終えた後のプライバシー領域においては、そこではプライバシーは保たれるべきである。)

一方、国民は主権者として自由を有している。
誰からも、自由を制限する「監視」を受ける理由はなく、ましてや、権力者に監視されるいわれはない。

繰り返すが主権者は私たちなのである。

まとめて言えば、
行政には監視を
市民には反監視(プライバシー保護)
となるのである。

試験の採点は私自身の教え方のチェックでもある。
つまり学生の理解の悪いのは私の教え方が悪いともいえる。
まあ、多くの学生は理解してくれているが、う~ん。
…少しばかり反省。



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by kazuo_okawa | 2016-08-06 00:54 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
司法書士をしている連れ合いから嬉しいニュースを聞いた。
連れ合いが新人司法書士向けの研修に講師として講義したときである。

終了後、その新人司法書士は、連れ合いのところへ来て「先生のご主人は大川一夫先生ですね。」と尋ねる。
連れ合いは無論、その通りですと答える。

するとその司法書士は「実は私大阪府立大学の経済学部生だったときに、大川一夫先生の講義を聞いて、法律というのがこんなに重要で、また面白いものだと知って、法律家を目指しました。そして司法書士になれました。大川一夫先生に宜しくお伝え下さい」と私宛のメッセージを伝えてくれたという。
しかも「大川一夫先生の熱い講義をまた聞きたいです」とも添えてくれたらしい。

昨年度をもって、龍谷大学のロースクールとともに大阪府立大学経済学部の労働法講義も終了した。
(あとは龍谷大学の法学部生向けの講義のみである。)
法律を勉強していない経済学部生への講義というのは講師をしていてもそれはそれで刺激的であった。

そしてその学生の中に、それまで法律に関心の無かった方が、関心を持って頂くだけでなく、法律家を目指されたとは…。

私の講義によって、その人の人生にいくばくかの力を与えたとすれば、講師としてこれほどの喜びに優ることはない。




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by kazuo_okawa | 2016-03-26 23:06 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
2009年から引き受けてきた大阪府立大学経済学部での労働法の講義が先週で終了した。
1年間の講座でしたが、教えることは学ぶことでもあると改めて思いました。
1年間ですと、一応労働法の全分野に及びます。
私自身の知識の整理にも成りました。

と同時に、この7~8年の労働法・労働政策の移り変わりの激しさを改めて思います。
この経験は、今後さらに生かしていきたいと思っています。

このような素晴らしい機会を与えて頂いた関係者や
質問や意見を頂いた学生の皆さんに感謝します。
また、私の話が、学生の皆さんの人生にほんのわずかでもお役に立てば嬉しいです。

取り急ぎ御礼まで。
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by kazuo_okawa | 2016-02-07 23:50 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

学び、そして伝える

7月25日は大学2校の補講を連続して講義した後、京都での奥田会に出席する。
奥田会とは、京大法学部時代に奥田昌道教授のゼミで学んだ全ての期の同窓会である。
私の師である奥田先生のことはこのブログで何度も書かせて頂いた。

奥田先生は御年82歳のはずだが、いつまでもお若くお元気であり、未だに逆に勇気づけられる。
奥田先生曰く「100歳以上はごまんといる。いや、5万人いるんですよ。」
「私も学問の集大成『債権総論』を書き上げます。まだ1%しか出来ていませんが」
「私には他にも夢があります。」
「皆さんも夢をもっていますか。なかなか実現できない、そういうものでないといけないですよ。実現出来るんなら、夢じゃないですから」

師が「夢」を持っているというのに、教え子たちが「夢」を持たなくて何としよう。
奥田会に集まり、集まった教え子が一様に述べるのが、みんなの話を聞いて互いに元気を貰うと言うことである。

一年に一度の集まりであるが、楽しい集まりである。

先達に学び、そして、後進に伝えていく。
私もその流れの一人でありたい。

大学の補講と奥田会の一日であっただけに改めて思う。
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by kazuo_okawa | 2015-07-26 12:20 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
私が担当している龍谷大学法学部の「裁判と人権」と題する講座で、半年に一回だけ特別ゲストをお呼びすることが出来る。

今年は周防正行さんをお招きした。

周防さんは映画監督であり、代表作には、大学の相撲部を扱った「シコふんじゃった。」、大ヒット作「Shall we ダンス」、そして日本の刑事裁判制度の本質を描いた「それでもボクはやってない」などがある。
そして法制審の特別部会の委員に選ばれた。
その内容はこのたび発行された著書「それでもボクは会議で闘う」に詳しい。

可視化を中心とした、その刑事法制改正案が今国会に上程されている。
周防さんは、講演の前日には、その法務委員会で参考人として意見を述べられた。
かように多忙な中、龍谷大学生の為に来て頂いた。
大変有り難い。
大教室で、私のインタビューに答えるという形での講演である。

最初は「それでもボクはやってない」を作られたきっかけなどから質問し、そして、日本の刑事裁判の問題点、裁判員裁判の評価等を経て、特別部会の評価、今国会の法案の評価を話して貰った。

印象に残る言葉。
「『十人の真犯人を逃すとも一人の無辜も罰する無かれ』という格言に対して、十人の真犯人も捕まえる、という人がいるが、そういったとたん、この格言の意味を分かっていないことが分かる」
「裁くことの怖さを、裁判官自身が知らない」
「判決の瞬間、真実を知っている被告人に、実は裁判官自身が裁かれている」
「裁判員裁判も従来の裁判よりはいい」
「今回の法案は、不十分だが、可視化を義務づけただけ少しでも前進である」
「警察、検察に裁量をゆだねるのは大変危険である」
「重要なのは裁判官であり、弁護実践である」
「(若い人へ)世界はあなた達が思っているよりもずっと広い」

話に感銘を受ける。
周防さんは、実に魅力的で、大変素晴らしい。

実は、学生の見ていないところで、密かにサインを貰いました。
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by kazuo_okawa | 2015-06-11 22:03 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
19年にわたって講義している龍谷大学法学部での私の講義「裁判と人権」の前期講義が終了した。
あとは試験だけである。

講義の最終日は、学生達の「アンケート」をとることになっている。
いつも興味深く、参考にさせて貰っている。

今年の学生アンケートの回答に、私の講義は「批判が多い」という批判があった。
この指摘は、例年にはないコメントである。
言われてみれば確かに、今年は授業で「安倍首相批判」をしていた気がする。

安倍政権は、集団的自衛権の「解釈改憲」や秘密保全法の制定などを強行し、
今「人権」は最大の危機に瀕している。

「人権」を語る今年の講義で「批判」が多いのは、言わば当然であろう。

一方、私は授業で「合理的に考えよ」「批判的精神をもって」とも
日々、講義している。

とすれば、「批判が多い」と、私に「批判」した学生は
私の授業をよく聞いている証でもあるし
ある意味で、批判的精神を身につけたともいえる。
私の講義の学生として、実にいい指摘である。

その批判的精神を、真に批判を向けるべき対象に、更に生かしてほしい。
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by kazuo_okawa | 2014-07-22 22:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)

押収物が少なすぎる?!

本日、龍谷大学の私の講座「裁判と人権」でゲストをお招きした。
袴田事件の弁護団の一人、間光洋弁護士による特別講演である。

袴田事件とは3月28日のブログにも書いた通り約47年ぶりに死刑から「生還」した冤罪事件である。

すなわち1966年に静岡県清水市で一家4人を殺害したとして、1980年に強盗殺人罪などで死刑が確定した元プロボクサー、袴田巌元被告人の第2次再審請求審で、静岡地裁(村山浩昭裁判長)は本年3月27日に、再審開始を認める決定をしたのである。
犯人と結びつけた証拠の衣類(鉄紺色ズボンなど5点)に付着した血痕が、最新のDNA鑑定によって、逆に、袴田さんと一致しないことが判明し、それが無罪の決め手となったという。
村山裁判長は、これらの証拠を、捏造の疑いがあると述べ、さらにそれは警察しか出来ないと批判した。
以上の点は、ニュースでも報じられたところである。

一年後に発見された衣類の血液が犯人のものとされ有罪になったが、その後のDNA鑑定術の発展により、それが逆に無罪の証拠となった。
本日の講演では新聞などのニュース以上に詳しく説明がなされたが、私が興味を持ったのは次の下りである。

すなわち、袴田さんの自宅にあった「端布」が、鉄紺色ズボンと一致したことから
(つまり鉄紺色ズボンの端布であったことから)
その鉄紺色ズボンは袴田さんのものとされたのだが、
鉄紺色ズボンなどの衣類に捏造の疑いがあるなら、この端布は何、となる。
実は、これも捏造の疑いが強いのだがそれを指摘する判決の次の下りが面白い。

「鉄紺色ズボンの端布が袴田の実家から押収されたが、その際、一緒に押収された物は、捜索差押許可状の目的物となっていたバンドだけである」

つまり、警察は捜索差押許可状をとって袴田宅の捜索をしながら、押収したのはバンドと端布のみだったのである。

これの何がおかしいの?と思われるでしょう。

それを知るには、警察の捜索押収実務を知らなければならない。
つまり、警察というところは、裁判所から捜索差押許可状をとって、被疑者宅を捜索するのだが、その際に、その目的物と関係ありそうな物はとかくやたらと押収するのである。
言い換えれば目的物以外に事件に関係ありそうな物は、やたらと押収するのが警察の一般的な運用なのである(本当は、許可状を逸脱するのではないかとの問題はある)。

なのにこのときは目的物以外に、わずか「一点」しか押収していない。
しかもそれが「鍵」を握る端布なのである。

押収物が少ない。
それが却って怪しい、というわけである。

「その晩、犬が吠えなかった。それがおかしい」という
かの名探偵シャーロック・ホームズの名推理を思わす着眼点である。
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by kazuo_okawa | 2014-07-03 22:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
新年度、今年も新たに大学での講義が始まった。
私が、龍谷大学法学部で講義を持たせて頂くようになって19年目である。

実は、若い人達を前に喋るのは大変新鮮であり
私にとって、仕事とはいえ、楽しみな時間である。

4月10日、新年度の講義がスタートしたが、みんな熱心に聞いて頂き嬉しい。

私の講義は「裁判と人権」であり、
広く裁判実務から「人権」に関する問題を取り上げている。
大学からも、実務家の視点から、学生にとって刺激的な話をしてほしいと要請されている。
…ということで、実際は自由に話をさせてもらっている。

しかし、目的は、学生に日本における人権状況を知ってもらった上、
人権尊重と、合理的な思考法を身につけてもらうことである。
そういう観点で講義している。

初回は、人権とは何か、という総論の話をした。

人権については通説である「天賦人権説」を前提に話している。
つまり、人は生まれながらに誰にも侵されることのない人権を有している、という考えである。
ご承知の通り、2012年4月に発表された自民党改憲草案は
この通説たる「天賦人権説」をとらないとしてる。
とんでもない説であるが、これが実現されたら、日本は、不自由な国となるだろう。

それは若い人達にとって大きな問題のはずである。

私はその点を力説した。
若い人に、是非通じてほしい。

(追記)
龍谷大学では、社会人コースというのがあり、時折、若い人に交じって
社会人風の人が講義を聞かれていることがある。
社会人の方が、好きな講義だけを聞くと言うことで大変面白い制度だと思うのだが
今年は大教室を見渡した限り、オール学生風であった。
このブログで、宣伝しておけば良かった。
残念。
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by kazuo_okawa | 2014-04-16 23:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)
大阪府立大学経済学部で「労働法」を一年間講義してきた。
本日は、その学年末試験である。

私は講義の出席はとらない。
しかし、毎回、出席している真面目な学生には
試験に合格してほしいと思うのは人情である。

試験問題は、4問中2問選択としているので
普通に勉強していれば、まず合格できる。
それでも、毎回、出席している真面目な学生には、是非とも合格してほしい。
しかし講義の中で「ここは試験に出しますよ」などと露骨なことを言うのでは
出席していない学生にもその情報が広まるので、全く意味がない。
従って、そういうことはしない。
そこで、一工夫する。

つまり、本格ミステリファンとしては、講義の中で、うまく
試験問題の「手がかり」を必ず残すようにしているのである。

例えば、本日の4問のうちの1問目は、
労働組合法上の「労働組合」を説明させる問題であるが
講義では、説明しながら、黒板に
①労働者が主体
②自主性
③目的
④団体性
等と、黒板の左端に書きながら説明していくのである。
私は、黒板に字を書いたり、消したりしながら、講義を進めているのであるが
何故か、不思議なことに、左端に書いた前記の4つだけは、
その日、一日中、講義の最後まで黒板に残っているのである。
しかもそれだけではなく、別の日の講義の時も、
たまたま「労働組合」と言う言葉が出たときに
「ここでいう労働組合とは、労働組合法上のもので、その要件はこの前の講義で説明しましたね」と、またまた、前記①②③④の4つが黒板に書かれる。
そして、不思議なことに、その日もその4つは最後まで黒板に残っているのである。
他の3問もほぼ同じである。

重要な「手がかり」は、まさに目の前に大きく示されていたのである。

しかし、こういうことを単純に繰り返すのでは、勘のいい学生は気づくかもしれない。
そこで、2回目、3回目の時は、たまたま、自然に説明したように
という「ミスディレクション」を張って、黒板にさりげなく書くのである。

「手がかり」と「ミスディレクション」
これこそ本格ミステリの核心であり、醍醐味である。

というわけで、私の講義を真面目に出席して
しかも、黒板のノート取りをきちんとした学生は、今日の試験問題を知って
私の、この「手がかり」にきっと、今頃、驚いてくれているだろう。
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by kazuo_okawa | 2014-01-24 23:08 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)