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by kazuo_okawa

カテゴリ:司法・ニュースその他( 514 )

タイトルは、朝日新聞大阪版7月5日付け朝刊の見出しそのままである。

事件当時小学校5年生の子が、自転車で老女をはねて寝たきりにさせた事件で
その小学生の親が責任を負うかどうか問われた事件で
7月4日に神戸地裁(田中智子裁判官)の判決が出された。

朝日新聞記事はそういった事実経過を報じた上
「判決は母親が唯一の親権者としての監督義務を十分に果たしていなかったと
判断した。そのうえで、女性が事故に遭ったために得ることができなくなった
逸失利益や介護費などを考慮し、母親には女性側へ3500万円、
損保会社へ6千万円の賠償責任があるとした。」

結論に関する記事はこれだけである。

何故、損保会社への賠償責任が命じられたのか、記事本文には
どこにも理由が出ていない。
従って、これだけでは全くわからないであろう。
もっとも、見出しに続くリード文で、「損害保険金を女性側に支払った」と
あるために、わかる人にはわかる。

つまり、保険会社は、損害賠償金を被害者に支払ったから
その分を、加害者(この場合は、小学生自身ではなく、その親であるが)に
求償請求したのだろうと、わかるのである。
しかしこれは、わかる人にのみわかるのであって
求償の仕組み知らない人には全くわからないであろう。
まして、リード文と本文に分かれているのですからね。

そして、見出しにあるように、親に9500万の支払い命令である。
それも損保会社に6千万円と女性側に3500万円となっているから
私は保険会社の支払い限度額6千万円であり、足らない分を加害者側が
払うのだろうと思った。

つまり、寝たきり女性の損害賠償額として9500万円と思ったのである。

そう思いませんか、皆さん。

しかし私は、朝日新聞の文章のわかりにくさが何となく気になり、
帰宅時に読売新聞朝刊を買った(朝刊を売ってくれる店があるのが嬉しい)。

なんと、読売新聞を読めば、寝たきり女性に対する損害賠償は6000万円であるが
3500万円は、寝たきり女性の夫に対する損害賠償金なのである。

う~ん、といわざるを得ない。

一人の被害者に対する損害賠償金が6000万円か9500万かで大きな違いである。

改めて朝日新聞を読み直す。

「女性側」となっている。
つまり「夫」のことである。
朝日新聞は、「女性」と「女性側」を使い分けているのである。
その意味では間違いでない。

しかしね、といいたい。

これでは、見出しと相まって読み間違うでしょう。

朝日も読売も、記事の字数はほとんど変わりない。
にもかかわらず、読売がわかりやすい。

朝日新聞を読んで、誤読するのは私だけでしょうか。
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by kazuo_okawa | 2013-07-06 00:41 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
産経新聞6月27日付け夕刊に
万引き犯写真張り出しの記事が掲載されている。

この事件は朝日新聞が最初に問題化し
私もそのときにコメントした。
その記事については、このブログでも
述べたとおりである。
そして反響が大きかったことも述べた。

朝日は万引き犯といえども写真張り出しには
やや批判的であったが、
今日の、産経新聞は「法律家も見解分かれる」としている。
そして「見解分かれる」法律家の3人の一人として
私のコメントも掲載されている。

すなわち「大阪弁護士会の大川一夫弁護士は
『プライバシー権や肖像権の侵害として、
訴訟が起きてもおかしくない』と指摘」と報じている。

私が説明したのは簡単に要約すれば
「顔写真掲載は、プライバシー権、肖像権の侵害にあたる。
しかし、真に同意していたら、違法性はない。
とはいえ、万引きしたという『負い目』の中で
真に同意したといえるかどうかは問題になる可能性がある。
それを問題にすれば、かつて、未成年被疑者の顔写真掲載で
訴えられたケースがあように訴訟になる可能性はある。」
と述べたのである。

まあ、産経掲載の私のコメントが、私の発言の一部であること自体は
間違いありませんが、ここだけ抜き出すというのはどうなんですかね。

産経記事は、私のコメントの後、顔写真張り出しに批判的な中川彩子弁護士の
コメントを掲載し、その後、次のように続ける。

「一方、人権問題に詳しい伊東秀子弁護士(札幌弁護士会)は
『違法性はない』と判断。『店が警告しているのに万引きしているのだから
顔写真の張り出し自体はプライバシー権の侵害にあたらない。
罰金も民事上の損害賠償にあたる』とみる」

本当に弁護士がこのようなコメントをしたのであろうか。
にわかに信じられない。

本当に、人権問題に詳しいのであれば、このようなコメントは考えにくい。

まず「店が警告しているのに万引きしているのだから」というのは
何ら理由にならない。
これは例えば「万引きすれば、指を詰めてもらいます」と警告していれば
捕まえた万引き犯の、指を詰めてもいいことになる。
こんなことをしてはいけないことは誰でもおわかりいただけるであろう。

警告すれば何でもできるというわけではないのである。
こんなことは誰でもわかることと思うが
ましてや「人権問題に詳しい」弁護士が行う説明とはとうてい思えないのである。

次に「罰金が損害賠償にあたる」というのはそのこと自体はその通りであり、
私も朝日の取材のほか、何度も同じ説明をしている。

しかし問題は、一方が決めた、損害賠償額が
当然にそのまま損害賠償額になるかという問題である。

無論、当然にはならない。

皆さん、町で見かけますよね。
例えば、「違法駐車には1万円頂きます」という表示。
このようにあっても、これはそのまま損害賠償額にはなりません。

無論こういう表示は、警告としては、社会的に許容されており、合法でしょう。
しかし、そのことと、それがそのまま損害賠償額になるかどうかは別問題なのである。

第一、もしも、当然に書かれた金額が損害賠償額になるのであれば、みんな
「違法駐車には1億円頂きます」と書きますよね。

このように、警告と実際に実行するかどうかは別問題なのです。

産経の記事における、この弁護士のコメント部分は、疑わしいのであるが
仮に、伊東弁護士が本当にこのようにコメントしているのなら
その見解は間違っている、と私は思う。


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by kazuo_okawa | 2013-06-28 00:24 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
朝日新聞の吉浜織恵記者から電話で取材を受けた。

万引き犯を捕まえた店がその犯人の顔写真を
店に掲載し、1万円の罰金を店に払わないと
ずっと写真掲載を続けるという。
そこに法的な問題点はないか、という質問である。

商売をしておられる経営者が万引きに悩まされる話は
よく聞き、それはそれで大変だなと思うが
だからといって何をしても許されるというものではない。

「私は万引き犯だ」とした顔写真を掲載するのは
プライバシー権・人格権の侵害にあたる。
それは例えば、事実であっても「あの人は前科者だ」と
言いふらしてはいけないのと同じ。
無論、万引き犯はそれなりの責任をとらなければならないが
私的リンチは許されず、損害額も被害者が一方的に
決められるものではない。

というようなことを電話で数分間喋ったら
5月25日付夕刊で要領よく
まとめられていた。
さすが新聞記者である。

実は朝日の夕刊記事を読んで初めて「鮮魚店」の事案と知った。
また、万引き犯をみつけた通報者に1万円払う、ということも。

刑事事件における重罰化と並んで
リンチ(私刑)化、相互監視化がじわりじわりと
広がりつつある、と私は感じている。
この事案はその兆候ともいえるだろう。
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by kazuo_okawa | 2013-05-26 12:39 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

橋下氏の詭弁

「慰安婦は必要であった」という橋下氏の暴論に対し
先日、このブログで、「必要」と述べること自体が
「評価」を含んでいると指摘した。

22日の報道によれば、橋下氏は、
「世界各国の軍が必要としていた」との
過去を直視していただけであり、
「慰安婦制度には反対している」と述べたという。

どこに過去を直視しているのかと言いたい。

発端となった元のコメントは
「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、
精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、
慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」
というものである。

確かに、軍を例に挙げているが、
必要性については「誰だってわかる」と一般化しているのである。

繰り返すが、慰安婦や慰安婦の家族、そして、軍によって殺される側にとっては
慰安婦制度は、全く「必要」でない。
「必要なのは誰だってわかる」ということは、およそあり得ないのである。

国が関与し、植民地の女性をも慰安婦とする旧日本軍の慰安婦を、
世界各国の軍の場合と同視できるかという問題もあるが、
ことの本質は、何故に、軍にとっての必要性を
あたかも一般的な必要性のように言うのかという点である。

「ナチスにとってガス室は必要であった」

では、橋下氏は、「ユダヤ人を虐殺しようと思ったら
ガス室が必要なのは誰だってわかる」
と世界に向けて発信できるのであろうか。
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by kazuo_okawa | 2013-05-23 01:50 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

橋下徹氏の非論理性

橋下徹氏が、慰安婦は必要であったと
とんでもない暴言をはいた。

それに対する、朝日新聞、毎日新聞、さらに続く
各種の批判は正しい。

しかし、それに対して橋本氏は、
朝日、毎日の大誤報だと開き直っている。

橋下氏いわく、「当時、必要だ」と言ったのであり
朝日は、「当時」という言葉を落としている、
また「必要であった」というだけであり
「許容」しているわけでない、
従って、朝日は大誤報しているというのである。

詭弁としか言いようがない。

私が気になったのは
朝(20日)テレビを観ていると、この、橋下氏の詭弁に
押されているとしか思えない報道である。

橋下氏は確かに「慰安婦は、当時、必要だった」と言ったのであろう。
しかし、橋下氏は、アメリカ米軍に風俗を使ってほしいと述べており
「当時」どころか、現在でも必要であると考えているのである。

そうであれば橋下氏の考えを伝えるという意味では
『当時』を省いたととて、どこが間違っているというのであろうか。

さらに、「必要」と「許容」は違うという。
橋下氏は、私は許容しているわけではない、
「当時、必要であった」と言っているだけであるという。

ここに矛盾がある。

そこには「当時、必要」という判断をすること自体が
価値評価を含んでいることを全く欠落している。

例えば、慰安婦自身にとって「必要」であったか、
あるいは、慰安婦の家族にとって必要であったか。
さらには大きく言って、殺される側にとって「必要」であったか。

決して「必要」でない。
こんなことは考えてみれば直ちにわかることであろう。

つまり誰にとっても「必要」であったわけではない。
にもかかわらず「必要」と決めつけること自体
そこに評価(殺す側に立つ)が入っているのである。

橋下氏の開き直りを許してはならない。

大誤報と批判された、朝日、毎日はこの暴言を許してはならない。
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by kazuo_okawa | 2013-05-21 00:59 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「96」の意味

定期購読している「週刊金曜日」最新号(943号)が
送られてきた。

投書欄を見れば、窪田晃一さんという方が
長嶋茂雄、松井秀喜両氏に国民栄誉賞が
与えられたその式で、安倍首相がはしゃいでいた様子を
憲法96条改憲批判と絡めて鋭く指摘している。

式で安倍首相は、96番の背番号をつけていたらしいが
私自身は、テレビのニュースを見ても
全く気付かなかった。

正直なところ、窪田さんの指摘には感心しました。
無論、中身の96条改憲批判も正しい。

憲法改正をなし得るのは国民だけであり、
憲法尊重擁護義務を負う首相が
改憲の旗振りをしてはいけない。
正論である。

「洗脳は気付かないうちに進んでいく」というのも
その通りであろう。

それにしても、式典で、阿部首相が
背番号に「96」をつけるとはね。

安倍首相の意図は、まさに窪田さんご指摘の通り
「96条改憲」アピールであろう。

しかし、
大相撲の世界なら
「96(クンロク)」は、駄目な首相、もとい
駄目な大関の見本なんですがね。
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by kazuo_okawa | 2013-05-17 23:23 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

体罰という傷害罪

弁護士として、
「学校問題」「学校事故」を特に専門にしているわけではない。

しかし、学校事件、とりわけ「体罰」の相談は後を絶たない。
裁判も何件も行った。
加害者教師側もあれば、被害者生徒側もある。

どちらからの相談の場合でも私が気になるのは
体罰をした教師の、加害意識の低さである。

被害者(生徒)側で不快に思うのはもちろん
加害者(教師)側でも意識の低さを感じることがある。

加害者(教師)側の相談の時は、まさしく依頼者たるその先生に
良かれと思ってアドバイスする。

損害賠償の場合、
一般にその賠償額は交通事故をもとに「相場」ができている。
しかし、交通事故は「過失」である。
一方、体罰は、力関係の上下のある中で、しかも、「故意」である。
そうであれば交通事故の相場より、損害賠償額を
増やすのが普通であろう。
ましてや被害者側に満足してもらうには若干プラスアルファしても良い。
日本の損害賠償額は低い、と感じているものが
多いからである。

そして加害者たる先生にそのようなアドバイスをするのは
被害者側と円満に示談解決することが
何よりも優先されるべきと考えるからである。

学校の先生の場合、最悪のケースでは
刑事事件として起訴され、有罪となり、
職を失うことすらあるのである。

そこで最悪の事態をさけるためにも
先のようなプラスアルファしても良いとのアドバイスをするのである。

それは、私自身が、被害者側、加害者側の
両方をいくつも経験してきた上でのアドバイスなのである。

しかし、どうも腑に落ちない、という反応の先生もいる。
中には、交通事故よりも軽い、と思っているのではないかと
感じられることもある。

体罰は、決して「教育的指導」ではない。
暴行あるいは傷害罪である。

賢いはずの、学校の先生相手であるが、
このように、はっきりと言った方がよいのかな、と時折思ってしまう。



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by kazuo_okawa | 2013-05-16 01:10 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
ゴールデンウィーク前の話題であるが
皆さんは、全柔連不祥事と安倍首相発言を覚えておられるでしょうか。

指導実態のない指導者が助成金を受けとり
そこから全日本柔道連盟に上納していた問題で、
4月26日、この助成金問題を調査する第三者委員会は中間報告を行い、
組織としての遵法精神の欠如やガバナンス(組織統治)の甘さを厳しく指摘した。

報道によれば、この問題で安倍首相は全柔連を批判して
「青少年に悪影響を与える」とコメントしたという。
お笑いである。

確かに、不正に受け取った金の、更にその上前をはねるとあっては
安倍首相のコメントの通りであろう。

しかしこの助成金はスポーツ振興センターが配分するものであるが、
その原資の一部は、元をたどればTOTOことスポーツ振興くじ、即ち博打である。

では博打そのものは青少年に悪影響は与えないのであろうか。

努力をこつこつ続けるよりも一攫千金を狙う。
博打の本質はそこにある。
格差社会といわれて久しい我が国で、本当に必要なのは
真面目な努力が報われる社会の実現であろう。

中央省庁の天下り問題その他スポーツ振興センター制度の根本的なところを批判せず、
うわべだけを批判する安倍首相のコメントは滑稽である。

それにしてもこういう安倍発言に、マスコミなど、何故誰も批判しないのであろうか。
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by kazuo_okawa | 2013-05-09 23:32 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)

「蒸し返し」の功罪

長く続いた「安定」はそのまま保護する。
これが時効制度の意義である。

このように書くとなにやら難しく聞こえますが、
「あんたのお父さんに30年前に100万円貸した。
ここに証文がある。お父さんを相続したあんたが
払ってくれ」とか
「あんたの住んでる建物の下の土地はワシのもんや。
ここに古図があるやろ。あんたの先代も認めて
ここに判子押しとる」とか突然言われたらどうします。

そんな古いこと言われても、とたいていの人は思うでしょう。
しかもそんな古いことを、今頃言うのは、怪しい、
かえってインチキだということも多いわけです。

あれやこれやで、結局、現在までの「安定」した状態を保護しようとした、
これが時効制度です。

要するに、平たく言えば、
そんな古いことは(たとえ真実でも)蒸し返したらいけない、のです。

さて前置きが長くなりました。

最近、増えている法律相談に、忘れた頃に債権者から
貸金返還請求されるという事案があります。
(債権者と言っても多くは、債権者から、債権を譲り受けた回収会社ですが)

相談者(債務者)にしても古いこととはいえ、
覚えがないわけではありません。
債権者も(最初は)優しく、「1000円でいいですから払ってくださいよ」と
言います。
そこで、1000円くらいなら、と払ってしまう。

実はこれが大きな意味を持ちます。

皆さん、ご注意ください。

すでに時効(相手が業者なら5年、そうでなくとも10年経過していたら)が
完成して、本来払わなくてもいいものを、この1000円を払うことによって
残りもすべて、払う義務が生ずるのです。

無論、そういう意味をわかった上で支払うならかまいません。
しかし、そういう意味を知らずに1000円だけと思って支払うのは
大変危険なのです。
是非ともご注意ください。

それにしても最近何故この種の事件が増えてきたのでしょうか。

ここから先は、全く私の推測です。

近時、いわゆる過払い返還請求が相次ぎました。
これは法律上決められた利息以上の高利の利息を取り戻すというものです。
「払いすぎた利息は取り返せます」と大々的に宣伝されていますね。

中には既に払い終えて何年もたち、それなりに
安定していても、一部の弁護士や司法書士が、
事件を掘り起こしているケースもあります。
そこで、こんどは業者が、ならばこちらも、古い債権を
掘り起こすと、思ったのではないでしょうか。

私の思い過ごしかもしれませんが。
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by kazuo_okawa | 2013-05-07 22:59 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)
安倍首相は、憲法改正をきたる参議院選挙の争点にするという。

しかもその改正案とは、まず憲法96条(改正の発議要件)の改正である。
現行の憲法は、憲法改正案を発議しようとしたら、
国会議員の3分の2以上の賛成がいる。
このハードルはかなり高い。
そこで、その要件を過半数として、ハードルを下げようというものである。
つまり憲法改正をしやすくするわけである。

安倍首相の悲願が、憲法9条を「改正」して
国防軍を設置することであることは広く知られている。
しかしそれをストレートに目指して
直接の9条改憲発議をするのではなくて
まず手続きから変えようというのであるから
全く姑息としかいいようがない。

そもそも憲法は国の基本的な有り様を定め、
国を動かす権力者が暴走しないように
歯止めをかけるものである。
従って、一時の感情で簡単に変えられることのないように
慎重に議論すべきことを意図して改正手続きを厳しくしているのであり
私はそれが正しいと思う。
諸外国の憲法でも改憲手続きは厳しいのが少なくない。

改憲派は、これまで我が国で、一度も、憲法改正が
行われなかったことを指摘する。
しかしそれは改正手続きが厳しいからではない。

平たく言えば、多くの国民にとって
憲法を改正する必要がなかったからである。

一方、諸外国で憲法改正が何回も行われているのは
改正手続きが緩やかだからではない。
それはその国にとっては改正の必要があったからである。
例えば、ドイツでは59回、フランスでは27回も改正が
行われているが決してこれらの国で改正手続きが緩やかだったわけではない。
改正手続きが厳しくとも、真に改正すべき時は
改正されるのである。

さて、以上の点もさることながら、私が一番、問題にしたいのは
そもそも安倍政権自体が、小選挙区制という
民意を反映しないインチキの制度によって
生まれているということである。
私はこの点は何度も主張してきた。

マスコミがこの問題を取り上げないのは残念であるが
何よりもまず選挙制度を批判しなければならない。

民主主義とは、民意を反映させるということである。

民意を反映しない国会議員によって憲法が改正されるなどということがあっては
私に言わせればそれはクーデターとしか言いようがない。
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by kazuo_okawa | 2013-05-04 18:55 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)