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by kazuo_okawa

2017年 11月 30日 ( 1 )

石油化学コンビナート推進という国策から生じた公害である水俣病。
加害者はチッソであるが、被害発生を防止しなかった国・熊本県にもその責任がある。
(その責任が法的に認められたのは、水俣病公式発見48年後の2004年の事であるが…)

昭和40年代の反公害運動の盛り上がりの中で、水俣病と認定されればチッソが救済するという補償協定方式の確立は画期的なものであった。
その運用において、水俣病患者が正しく「水俣病」と認定されていれば、その後何十年にわたって続く混乱はなかっただろう。

1973年7月、環境庁事務次官通知において「水俣病の認定基準」は著しく狭められ以後水俣病認定は患者にとって厳しくなった。
ではこの73年7月までに、何があったのか…。

久我正一とは、1972年からチッソ副社長を務めていた人物である。
実は彼が残したメモによって、1972年から、チッソが、国の関係省庁、熊本県の関係者に働きかけていたことが判明したのである。
水俣病事件史に名を遺す久我正一メモである。

翻って、モリ・カケ疑惑。

役所の担当者がメモを残しているであろうことは、多くの経験者が述べている。
「メモを残さないことはあり得ない」と断言するものもいる。
モリ・カケの担当職員(財務省、文部科学省)もおそらくメモを残しているであろう。
そのメモの提出も含め、安倍首相が、調査を命じれば、真実は明らかになるだろう。
安倍首相がそのような調査を求めないのは、そのこと自体が安倍氏にとって「不都合な真実」が出てくることを
安倍氏自身が知っているからだろう。

いまや限りなくクロに近いこの段階で、調査を命じないこと自体で、安倍氏は首相退陣モノである。

私や木村真氏がモリ・カケを追及すると、まだやっているのか、という声も聞く。

しかし、国策からの公害・水俣病の責任追及はすでに60年である。
モリ・カケは、疑惑発覚後まだ一年にも満たない。

水俣病の戦いに比べれば、モリ・カケ追及もまだ始まったばかりである。

モリ・カケにおける「久我正一メモ」も出てこなければおかしいだろう!


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by kazuo_okawa | 2017-11-30 21:49 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)