私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

水俣病公式確認60年~国策の被害を全面救済しない日本

水俣病は1956年5月1日、熊本県水俣市で原因不明の病気発生が保健所に報告されたことで公式に確認された。
今年で丁度60年となる。
5月1日に水俣市で慰霊祭が行われたことからも各紙報じられている。

水俣病とは、患者に手足のしびれや視野が狭くなるなどの症状が出て、重篤な場合は死に至った。
国は公式発見12年後の68年になってようやくチッソ水俣工場の排水に含まれたメチル水銀が原因だと発表した。
原因企業チッソは石油化学コンビナートを有する我が国高度成長期の国策のシンボルといって良い会社であった。
だからこそ国は、原因発表をチッソが排水を止めるまで発表しなかったのである。

水俣病は公害の原点と呼ばれるが救済の道は遠かった。
患者の長い戦いを経て、患者の救済は、公害健康被害補償法(公健法)が制定され、同法に基づく認定がなされると、補償協定に基づき、チッソが慰謝料や医療費などを支払うという枠組みとなった。

しかし現実には、今なお多くの人が患者認定を待ち、損害賠償を求める訴訟は続いている。水俣病事件は決して解決していないのである。

何故、解決していないのか。
ひとえに国に責任がある。
第一に、水俣病被害が発生したとき、国が全面調査をしてこなかった。それ故、被害の全貌が把握できていないことによる。
第二に、患者に対する差別と偏見が温存されたため、患者の声が届いていない。
第三に、ようやく声をあげた患者に対しても、前述の認定基準が厳しいため真に救済になっていない。

我が国の不幸なことには、国は、その構成員たる患者の救済どころか、常に幕引きを図ってきたことである。

この水俣病患者の全面救済なかりせば、今後も、我が国においては、「国策被害」は全面救済されないことになろう。

水俣病60年の意味を、「国策被害」の救済との観点から捉えなければならない。

【5月8日追記】
長年の習慣で5月1日を「公式発見」と呼ぶことが多いが(私もそう呼ぶことがあるが)本文記載の通り、「公式確認」である。




.
[PR]
トラックバックURL : http://okawakazuo.exblog.jp/tb/24349247
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by kazuo_okawa | 2016-05-02 23:14 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)