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by kazuo_okawa
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山本義隆「理工系にとっての戦争」

11月7日、「10・8山崎博昭プロジェクト」主催による講演会が開かれた。
元東大全共闘議長であり、『磁力と重力の発見』(2003年)などの著作でも知られる山本義隆氏の講演が目玉である。
開始ギリギリに飛び込んだが会場は超満員。
私は立ち見で講演を聞いた。
立ち見でも値打ちのある内容であった。

技術科学の面から見た日本の近代史であり、理工系が戦争と関わりを持つことが示される。極めて興味深い。

アヘン戦争などに見る列強の軍事力の強さに明治国家は驚き、近代科学技術を取り入れようとするのだが、その科学技術の取り入れ方には日本だけの3つの特色があるという。
一つめは、科学と技術が一体で入ってきたこと。
本来、科学と技術は歴史的には別々に発展してきたが16世紀ころから交錯し、1840年代の熱力学の誕生のこらから一体となったが、日本に入ってきたのはその絶妙のタイミングであった、という。
50年早ければ、両者の一体化はまだであり、50年遅ければその発展ぶりに日本はついていけなかったであろうという。
二つめは、軍事偏重であったこと。
それは「戦争のための科学」となり、この軍事偏重は総動員体制、総力戦体制につながる。
そして三つめは、権力のイニシアティブによる理工系の養成。
国立大学の「工学部」などは、ヨーロッパにはないという。
そして、日本はアジアへの優越をもってナショナリズム化していく。

その基本的構造は戦後も変わらない、という。
「戦争のための科学」が「民主主義のための科学」に変わっただけであり、総力戦体制は高度成長を生んだ。
そして、総力戦体制は、ある程度の犠牲をはじめから想定しており、それは戦後では、公害被害者や土地を収奪された者などである。
軍事偏重、権力のイニシア、そしてアジアの人への優越、何ら変わらない。

山本氏の講演は、科学史(化学史)における著名な出来事も交えつつ、テンポ良く話される。
「大学の自治」とか言う人がいるが、そんなものは元々ない!
山本氏が言い切ったとき、会場には苦い笑いが広がった。

主催者は「10・8山崎博昭プロジェクト」
1967年10月8日、日本のベトナム戦争での米軍支援に反対して、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問を阻止しようと羽田空港に通じる弁天橋でデモが行われた。この羽田闘争では機動隊との激しい衝突が起こり、その中で京都大学一回生の山崎博昭氏が死亡した。
このプロジェクトは、2017年、事件から50年となるのを期に、山崎氏の鎮魂碑を作るなど企画されたものである。

【11月21日追記】
「週刊金曜日」最新号(11月20日号)を見ると、このときの講演が4頁にわたってまとめられている。




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by kazuo_okawa | 2015-11-08 17:51 | 出来事いろいろ | Trackback | Comments(0)