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by kazuo_okawa
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辞書になった男~ケンボー先生と山田先生

表題の「辞書になった男」(文芸春秋社)は大変面白い。
まるでミステリを読むような趣きがある。

発端の謎、中段のサスペンス、そして結末の意外性、
これを十分にみたす本書はまさしく、良質のミステリそのものともいえるであろう。
辞書ファンはもとより、ミステリ・ファンも必見である。

天才・見坊豪紀(ケンボー先生)と鬼才・山田忠雄(山田先生)は、いずれも、(普通は複数で作る)辞書を一人で作ったという偉業をなしている。
(昔の辞書には常に名前の出ていた金田一京助先生は、単に名前を貸していただけという)

ケンボー先生は、その語釈は、短文・客観的だが、現代に寄り添う観点から現代語を積極的に取り入れる。その姿勢が、例文145万例集めるという神業を成し遂げている。
一方、山田先生は、従来の辞書の弱点とも言える「言い換え」や「堂々巡り」の語釈をやめると心がける。それがユニークな語釈を生み、赤瀬川原平の「新解さんの謎」で話題となったように、実際に大変面白い語釈がならぶ。

このようにこの二人は辞書界にそびえ立つ二大巨匠であるが、もとは親しい間柄でありながら、ある時から決別する。このテーマにNHKが取り組み、「二人の編纂者の友情と決別」というノンフィクションをテレビ放映したのである。
私はそれを見たのだが(正確には録画で)大変面白い内容であった。

このように先にテレビを見たため、本書をなかなか読まなかったのであるが
とある機会に「三国」(ケンボー先生著)と「新明解」(山田先生著)の語釈の違いを知って、ふと気が変わって本書を買って、読んだのである。

いやあ、実に面白い。
先にテレビを見ていても面白い。

この二人は、いずれも一人で辞書を作ったように、辞書に対する思いと実行は共通である。
それぞれの斬新な語釈が冒頭にあげられるのであるが、それゆえ一挙に引きつけられる。
しかしそれでいながら、辞書に対する、考えの違いから二人は「決別」する。

とはいえ、その二人の「決別の理由」が、本書の謎であり、それを
それぞれの辞書の、語釈を手がかりに、解き明かすのが実に素晴らしい。
まさしくミステリタッチである。

つまり随所随所にそれぞれの語釈の例文があり、その例文が何とも「意味深」なのである。

例えば、本書、冒頭に出てくる「新明解」(山田先生)の「時点」の例文が「謎」である。
山田先生は「新明解」で次の例文をあげる。
「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」
実はこの「一月九日」が二人にとって重要な意味を持つ日なのであるが、物語の興味をそぐので、以下省略する。

まあ、本当に、それぞれの書の「例文」が謎を解く「鍵」となっており、そしてそれを説き起こしていくのが大変面白い。

本書は、間違いなく、お薦めの一作である。
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by kazuo_okawa | 2014-06-30 22:03 | 本・書物 | Trackback | Comments(0)