私の趣味やニュースの感想など好きなことを発信するブログです


by kazuo_okawa
カレンダー

奥田昌道先生に学ぶ

奥田昌道先生は、京大民法教授を経て、その後
最高裁裁判官になられた方である。

私は、その9期目のゼミ生であり、
言い換えれば、私の人生に影響を与えた「師匠」の一人である。
実際、奥田先生から学んだことは少なくない。

さて何故、奥田先生のことを書くかといえば
先の、雨宮氏のコラムに触発されたからである。

雨宮氏は、正しいことを大声で言う人はウザがられる、と指摘したあと
「人は、たぶん、一方的な主張よりも「迷い」や「ゆらぎ」に共感する」
と述べているのである。

ここで私は師奥田先生を思い出した。

奥田先生は、ゼミにおいて、当時、学生のどんな質問でも
(学生からすれば、どんなに他愛ない質問でも
それを最大限、善意に了解した上で)真正面から受け止められ、
その質問から展開される難しい論点にも指摘して、
(ときには「迷い」「ゆらぎ」を含みつつ)
真摯かつ最善の回答をされたからである。

私は、奥田先生の「迷い」「ゆらぎ」には、大変印象に残っている。
それはあらゆる論点を考えつくすから故なのであるが、
学生の他愛ない質問に、そこまで次々と展開していくのかとの思いも含めて
印象に残っているのである。

しかし、ここが、学者としての良心であり、
実は、それこそ奥田先生から私が学ばせて頂いたことのひとつなのである。

それはそもそも、奥田先生の学者としての謙虚な姿勢が
「迷い、ゆらぎ」に現れ、未熟な学生をすら共鳴させるのであろう。

雨宮氏の言う「人は、迷い、ゆらぎに共感する」という、一場面かもしれない。

雨宮氏のコラムから、私は奥田先生のゼミ時代を思い出し、
そして同時に、我が身を振り返った。

私自身は、今、龍谷大学と大阪府立大学の2つの大学に
出講している。

学生からの質問は大歓迎で、それはそれで楽しいのであるが
いささか「正しいことを大声で」いっていないか、と
我が身を振り返ったのである。

同時に、奥田先生の、考え抜きつつも謙虚である、という
その姿勢は、私も、是非、継承していきたい。

雨宮氏のコラムを読み、つくづくと思う次第である。



.
[PR]
トラックバックURL : http://okawakazuo.exblog.jp/tb/20728810
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by kazuo_okawa | 2013-06-30 01:58 | 大学あれこれ | Trackback | Comments(0)