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by kazuo_okawa

橋下氏の詭弁

「慰安婦は必要であった」という橋下氏の暴論に対し
先日、このブログで、「必要」と述べること自体が
「評価」を含んでいると指摘した。

22日の報道によれば、橋下氏は、
「世界各国の軍が必要としていた」との
過去を直視していただけであり、
「慰安婦制度には反対している」と述べたという。

どこに過去を直視しているのかと言いたい。

発端となった元のコメントは
「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、
精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、
慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」
というものである。

確かに、軍を例に挙げているが、
必要性については「誰だってわかる」と一般化しているのである。

繰り返すが、慰安婦や慰安婦の家族、そして、軍によって殺される側にとっては
慰安婦制度は、全く「必要」でない。
「必要なのは誰だってわかる」ということは、およそあり得ないのである。

国が関与し、植民地の女性をも慰安婦とする旧日本軍の慰安婦を、
世界各国の軍の場合と同視できるかという問題もあるが、
ことの本質は、何故に、軍にとっての必要性を
あたかも一般的な必要性のように言うのかという点である。

「ナチスにとってガス室は必要であった」

では、橋下氏は、「ユダヤ人を虐殺しようと思ったら
ガス室が必要なのは誰だってわかる」
と世界に向けて発信できるのであろうか。
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by kazuo_okawa | 2013-05-23 01:50 | 司法・ニュースその他 | Trackback | Comments(0)